名古屋が100年企業の宝庫となったワケ ~大不況を乗り切る強さは「不動産」にあり~

日本には、約2万5,000社におよぶ「100年企業」が現存するといわれています。中でも愛知県は1000年を超える企業も存在するなど、長寿企業を抱える県として知られています。時代の変化に適応できずに多くの会社が消えていく中、なぜ彼らは代々、事業承継を成功させ、生き延びることができたのでしょうか。多くの長寿企業をクライアントに持ち、自身も一代で愛知県大手の社会保険労務士法人を育て上げた北見昌朗氏が、円滑な事業承継を実現するためのポイントを解説します。

 明治維新や太平洋戦争も土地があれば乗り切れる

世界有数の長寿企業大国として知られる日本でも、特に愛知県は100年企業が多いといわれます。私のクライアントにも、大正や明治、それ以前の時代から代を重ねた経営者が少なくありません。しかも、従業員が数十名規模の手堅い会社が多い。

もともと、愛知県はものづくりが盛んでした。木曽や飛騨といった木材の産地が近く、例えば木曽ヒノキの入手が容易で、それによってさまざまな職人が集まってきました。いわば、製造業の集積地だったわけです。

また、古くから商業も発展していました。江戸時代には名古屋城下に「碁盤割」という商人街が形成され、そこに店を構えることが名古屋商人にとってのステータスと認識されていたようです。そのメインストリートである本町通りは尾張侯の参勤交代ルートでもあり、城に近いほど格式が高かったといいます。

やがて、時代の変化にともなってビジネス街はJR名古屋駅周辺へと重心を移しますが、逆に伝統ある企業ほど本社を移転しない傾向もあります。たとえば1669年(江戸時代前期)創業の岡谷鋼機は、現在も創業の地(栄市)に本社を構えています。そのあたりにも、多くの100年企業を生んだ愛知県の地域性がうかがわれます。

その一方で、現存する長寿企業の数をはるかに上回る膨大な企業が、時代とともに消えていきました。歴史への関心から、私はかつての名古屋版電話帳を所蔵しています。終戦の前年である1944年版と終戦後の1950年版を比較すると、企業の激しい盛衰をうかがうことができます。多くの企業が第二次世界大戦を生き延びることができませんでした。同様の危機が、幕末の混乱期にも訪れました。1882年発行のいわゆる長者番付を見ると、江戸時代の豪商の多くが姿を消しています。このような時代の転換期は、富が社会的なスケールで移転するタイミングともいえるわけです。

ただし、そうしたピンチを乗り切った企業をよく調べてみると、ある共通点が浮かんできました。それは「土地」です。優良な不動産を所有する企業は、時代の淘汰を乗り切っています。

この史実は、単に不動産のすぐれた資産価値だけを物語っているのではありません。企業を永続させる上で、「本当に大切な資産」を見極めることの重要性を示しています。

資産の過大評価を防ぐ清算貸借対照表

多くの企業にとって、永続の鍵は経営環境の変化を乗り切る「体力」にあります。私の存じ上げている企業にも、創業70年を超えながら、2年連続の赤字であっけなく潰れた企業がありました。経常利益は毎期約5,000万円と安定していたにもかかわらず、コロナ禍の影響で5億円の赤字に転落し、翌年も7億円の赤字を計上して、経営者は自己破産に追い込まれてしまいました。危機に直面したことで体力不足が露呈したのです。

では、その体力を事前に確認するにはどうしたらいいでしょうか。健康面では診断の数値に表れるように、企業の体力は財務諸表に表れます。100年企業を目指す経営者ならば、貸借対照表に注目しましょう。

貸借対照表には、資産と負債、自己資本が表れます。危機を乗り切るために必要なのは自己資本ですが、財務諸表を見慣れていない経営者は錯覚を起こしやすいのです。

表1

表1は、ある中小企業の貸借対照表です。総資産10億円のうち負債は7億円で、自己資本は3億円です。優良企業といっていいでしょう。しかし、あくまで“帳簿上の優良”といわざるをえません。換金不能な科目が計上されているからです。それらを排除した現実的な貸借対照表が、表2です。

表2

このような貸借対照表は、本来、企業の清算を前提として作成されるため「清算貸借対照表」と呼ばれます。私は、クライアントには必ず清算貸借対照表の作成をすすめています。清算貸借対照表によって自己資本の実態を的確に見極めることは、スムーズな事業承継にも不可欠だからです。これを見れば、実質的に債務超過とわかります。ところが、通常の貸借対照表を表層的に眺めるだけでは、自己資本がマイナスに陥っている状況に気づきにくい。このままコロナ禍のような危機に直面したら、経営を維持することは難しいでしょう。

承継に値する企業とはいつでも廃業できる企業

多くの経営者にとって、次世代への円滑な事業承継は最大の課題でしょう。多くの経営者が後継者の問題で足をすくわれる姿を、私も目の当たりにしてきました。一方、経営を託される若い世代の苦労も見ています。双方に言い分があり、互いに家業の発展を願いながら、理解し合えず衝突してしまう。

その事情は百人百様ですが、案外、経営者自身が後継難を招いている例が少なくありません。客観的に見て、「そもそも次世代が承継すべき価値がある企業かどうか」、そこを疑問に感じることが多いのです。

知り合いの会社は東京の一流企業に勤務していた一人息子を、30歳前後で呼び戻して会社を継がせました。ところがその会社は、経常利益が毎期300万円程度でありながら、数億円もの借入金を抱えていました。結果、親子関係は決裂し、息子は身を引き、会長が社長を兼務するしかなくなってしまった。会長は気の毒ですが、借金まみれの家業を託された側にも同情を禁じえません。

こうした事態にいたらないよう、次世代が継ぐに値する企業にすることは、事業承継を成功させる上での前提条件です。その際、自社の状態を確認する有力な指標となるのが、先の清算貸借対照表です。清算貸借対照表とは、もともと関係各所(取引先や金融機関など)に迷惑をかけることなく、廃業できる状態かどうかを確認するツールでした。したがって、財務状況が健全で、いつでも廃業できる企業こそ、じつは承継に値する企業といえます。このことは、きわめて示唆に富んでいます。

不動産を含む換金可能な自己資本の充実がスムーズな事業承継につながり、やがて100年企業を実現するのです。

お話を聞いた方

北見 昌朗株式会社北見式賃金研究所 代表取締役

1959年名古屋市生まれ。大学卒業後、新聞社に入社し、経済記者として数千社を取材。1995年に株式会社北見式賃金研究所を設立。中小企業を対象に、賃金・人事に関するコンサルティングを行う。戦国時代の「恩賞」を研究する歴史家としても活躍。主な著書に『織田信長の経営塾』(講談社)、『豊臣秀吉の経営塾』(幻冬舎)、『愛知千年企業 明治時代編』(中日新聞社)などがある。

[編集]株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所
[企画・制作協力] 東洋経済新報社ブランドスタジオ