「Me」から「We」へ――渋沢栄一が目指したもの

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約500社の企業の設立・育成に関わり、日本の近代化に尽力した渋沢栄一。渋沢が提唱したのは、道徳と経済が一致した正しい経営であり、富の独占ではなく社会への還元でした。現在のステークホルダー資本主義やSDGs投資にも通じる考え方です。渋沢栄一が考える経済とは、投資とは。渋沢の玄孫にあたり、長期投資のファンドであるコモンズ投信を経営する渋澤健氏に伺いました。

■渋澤健氏登壇 オンラインセミナー『渋沢栄一「論語と算盤」に学ぶ、100年企業の本質』を開催

逆境は「大丈夫の試金石」

渋沢栄一が主人公のNHK大河ドラマ「青天を衝け」――いいタイトルだと思います。渋沢が生まれたのは、現在の埼玉県深谷市です。関東平野の真ん中で、はるか彼方まで平らな大地が広がっています。実家は藍玉を製造販売する農家で、栄一は少年の頃からその手伝いをしていました。遠くは信州まで売りに行っていたそうです。

関東平野から山を目指して歩き、そこから信州まで行くには、いくつもの山を越えなければなりません。1つ峰を越えれば、次の峰が見える。「あの山の向こうには何があるんだろう」――そんな好奇心に駆られる環境に、少年栄一は置かれていたのではないかと思うのです。

その後の渋沢は、幕末維新の激動の時代を生きることになります。倒幕運動、一橋家への仕官、幕臣として渡仏、明治新政府に出仕、そして実業の世界へ転身――次々と現れる“時代の峰”を、キャリア変更を繰り返しながら乗り越えてゆきました。

当然、“逆境”といわれるような状況にも何度も遭遇したはずです。それにどう対処するかについて、渋沢はその代表的著作である『論語と算盤』で、「大丈夫の試金石」つまり「立派な人間が、その真価を試される機会だ」と述べています。

逆境には2種類あります。1つは地震や水害といった自然的な逆境です。これは人の力ではどうすることもできません。したがって「足るを知る」「分を守る」という心がけで、やるべきことをやったならば、あとは心静かに天命にゆだねることだといいます。

もう1つは人がつくる逆境です。渋沢はこれを誰かのせいにするのではなく、自分がやったことの結果だと受け止めます。したがって人為的な逆境に対しては、自らが志を立て、自分が成し遂げたいと思うことに奮励すべきだと言うのです。そうすれば「大概はその意のごとくになるものである」と言っています。

われわれは逆境に直面すると、「できるか、できないか」という軸で考えがちです。一方、渋沢が言うのは「やりたいか、やりたくないか」という軸です。「できる」と考えていることなら、何の問題もありません。「やりたい」ことなのに、「できない」と思っていること、これが問題です。

もし、これが自然的逆境でないならば、「お金がない」「時間がない」「経験がない」などと理由をつけてあきらめるのではなく、未来に目を向けて取り組むべきだ――それが、渋沢が考える幸福な運命を招き入れるための秘訣でした。

誰のために、何のためにお金を使うのか

農家の倅から倒幕の志士、幕臣から新政府の官僚、そして実業家へと、渋沢栄一は立場を変えていきますが、目的は終始一貫していました。それは「より良い社会をつくりたい」という思いです。そのために何が最適な方法なのかを考え、実践し続けてきた結果だと思います。

渋沢の考える良い社会とは、生まれや身分によって機会が奪われることなく、努力した者が正当に報われる社会、一握りの人間が富を独占するのではなく、多くの人が豊かさを享受できる社会でした。

良い社会、豊かな社会を考える上で大切なことは、お金の流れが潤沢でスムーズなことです。『論語と算盤』の中には、次のような一節があります。
「よく集めてよく散じて社会を活発にし、従って経済界の進歩を促すのは有為の人の心かくべきことであって、真に理財に長ずる人は、よく集むると同時によく散ずるようでなくてはならぬ」

そこで問題になるのは、お金の使い方です。渋沢の中にいつもあったのは、私益(Meのため)ではなく公益(Weのため)という意識でした。

お金の使い方は、4つに分類できます。「買う」「貯める」「寄付する」「投資する」です。このうち「買う」「貯める」は、自分のため、すなわち「Me」の使い方です。

一方、「寄付する」は「We」のための使い方です。日本は欧米に比べると寄付への関心が低いと言われてきました。ですが、ここ20年ほどの動きを見ると、日本人の寄付への意識は確実に高まっています。ひと昔前に比べれば、どこでどのような寄付ができるのかという情報も豊富になり、クラウドファウンディングなどの仕組みも発達したことで、その気があれば誰でも寄付ができる土壌が育っています。

私が会長を務めるコモンズ投信では、子供向けのお金のセミナーを開いています。その中でも、お金の4つの使い方を説明します。「使う」「貯める」は子供でもすぐに理解できますが、「寄付する」は子供にはあまりなじみがありません。

でも、詳しく説明すると、必ず自分にも関係があることとして理解してくれます。子供たちはみんな「困っている人がいたら助けたい」と思っているのです。でも、自分の力では助けることができない場合がある。そのとき、助けることができる人たちに、自分の代わりに行って困っている人を助けてもらう。そのために必要なのが寄付なのだと理解します。

「自分が助けることはできなくても、自分にもできることがあるんだ」――そのことに気がつくと、子供たちの表情がパッと明るくなります。「Me」から「We」へと意識が切り替わった瞬間です。これからの日本には、さらに寄付文化が育っていくはずだと期待しています。

世の中を「ありがとう」で満たす「We」志向の投資

4つ目の投資はどうでしょうか。投資を「何を買い、いつ売ることでどれだけ利益を出したか」という次元の話にしてしまうと、「Me」の使い方になります。私たちが開催している子供向けセミナーでは、そのような説明の仕方はしていません。

その代わり、こんな話をします。
「世の中にはすばらしい商品やサービスを提供する会社がたくさんあります。お客さんは『ありがとう』と言って、それを受け取ります。会社は『ありがとう』と言って代金を受け取ります。そして『ありがとう』と言って、そこで働く人たち(皆さんのお父さんやお母さん)に給料を渡します。働く人は『ありがとう』と言ってお金を受け取り、家族が生活していくのに必要なものを買います。このように、お金とは『ありがとう』のつながりと一緒に流れています。社会の中を流れる『ありがとう』が増えるように応援するのが投資です」

投資の本質は、ここにあるのではないでしょうか。

お金とは、水のような存在です。水がなければ私たちは生きられませんが、飲みすぎてもおなかをこわしてしまいます。また、水は流れが止まると濁ってしまう。水は循環することで、つねに清らかさを保ち、生命を生かしてくれるのです。

今の日本には約50兆円のタンス預金があると言われています。国内に流通する紙幣が100兆円ですから、およそ半分が社会経済に参加せずに眠っていることになります。この「よどんだ水」が市中に流れ出せば、日本経済はもっと元気になるはずです。「We」の考え方に基づく投資は、渋沢栄一が目指した良い社会、誰もが豊かさを享受できる社会へとつながっているのです。

著者

渋澤 健氏

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役
/コモンズ投信株式会社 取締役会長・創業者

1961年、神奈川県生まれ。87年にUCLAでMBA取得。JPモルガン、ゴールドマン・サックス等を経て、米ヘッジファンド、ムーア・キャピタル・マネジメントの日本代表に就任。2001年に独立し、同年シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。2007年コモンズ株式会社を設立し、代表取締役に就任(2008年コモンズ投信へ改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、UNDP(国連開発計画)SDG Impact Steering Committee Group 委員、金融庁サステナブルファイナンス有識者会議委員、岸田内閣「新しい資本主義実現会議」 メンバーなどを務める。『渋沢栄一 100の訓言』、『渋沢栄一 愛と勇気と資本主義』、『人生100年時代のらくちん投資』(以上、日本経済新聞出版)、『SDGs投資 資産運用しながら社会貢献』(朝日新聞出版)、『33歳の決断で有名企業500社を育てた渋沢栄一の折れない心をつくる 33の教え』(東洋経済新報社)、『超約版 論語と算盤」(ウェッジ)など著書多数。

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