ソニー元社長兼CEOの平井一夫氏が語る
強い企業に必要な「モチベーショナル・リーダーシップ」
~経営者や上司はEQの高いリーダーを目指せ~

目次
登壇者
平井 一夫 氏
ソニーグループ シニアアドバイザー
1960年東京生まれ。父の転勤で米国ニューヨーク、カナダなどで海外生活を送る。1984年国際基督教大学(ICU)卒業後、CBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社。ソニーミュージックニューヨーク(NY)オフィス、ソニー・コンピュータエンタテインメント米国法人(SCEA)社長などを経て、2006年ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)社長。2009年ソニーEVP、2011年副社長、2012年社長兼CEO、2018年会長。2019年より現職。2021年に一般社団法人プロジェクト希望(Project KIBO)を設立、子どもの支援活動を行う団体へのファンディングと、次世代を担う子どもたちと語り合う場をつくるプロジェクトを実施。著書に『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』(日本経済新聞出版)
平井一夫氏はソニーを6年間にわたって社長兼CEOとして率い、事業構造の転換や組織改革を通じて、業績のV字回復へと導きました。平井氏は、経営者は企業が目指すゴールや目的を実現していくために、社員のモチベーションを上げていくようなリーダーを目指すべきだと話します。そのような「モチベーショナル・リーダーシップ」を発揮して強い企業へと導き、激動の時代を生き抜いていくために、経営者にとって重要なことを紹介してもらいました。
成長し続けていくために経営者に必要なリーダーシップ
今日のハイパーコンペティション(超競争)といってもよいビジネス環境下では、今まで安定して事業を行ってきた環境が一夜にしてガラッと変わったり、全く異なる事業分野から競合企業が参入してきたり、といったことは珍しくありません。グローバル化が進む社会においてはこうした事業環境の突然の変化が世界規模で起き、好調だった事業が一気に苦境に立たされることすらあるのです。
そうした厳しい環境下でも、企業が成長を続けていくには、社員が自分の仕事に対して誇りと自信を持って高いモチベーションを保って事業に取り組んでいけるような制度や仕組み作りが必要です。
企業を率いる経営者にとって必要なリーダーシップとは、組織として同じゴールや目的に向かって協力し合い、社員同士や上司が自由闊達に議論することができ、常に革新的な取り組みを進めながら一定のリスクを取ることが許される環境を作っていくことです。
会社そのものが変革を続けることが求められる中で、現状のビジネスモデルのまま10年、20年と続けていくことはできません。社員にとっても安定して同じ仕事を5年、10年と続けることができず、常に変革の中に身を置いていなければいけないのが現代のビジネスです。
事業そのものだけでなく、事業を支える間接業務も含めて、企業がビジネスを行う上であらゆる分野でデジタル・トランスフォーメーション(DX)が進展しています。事業構造の改革が求められ、事業ポートフォリオを入れ替えたりすることも必要になってきます。
そうした時代に求められているのは、部下に指示を出したり叱咤激励したりして目標を達成していく従来型のリーダーシップではなく、社員に寄り添ってモチベーションを高め続けていくことで、会社の成長と同時に個人の成長にも導いていけるような「モチベーショナル・リーダーシップ」なのです。
社員が求めているのはEQが高い上司
私は1984年に大学卒業後、CBS・ソニーに入社しました。その後、ソニーミュージックの米NYオフィスや、SCEA社長などを経て、2006年SCEI社長に就任しました。2009年にはソニー本体のEVPに就任し、副社長を勤めた後、2012年に社長兼CEOに指名されました。2期6年を務めて退任し、2018年から1年間会長を務めた後、2019年からシニアアドバイザーとしてソニーグループの成長を見守っています。
ソニーは「エレクトロニクス」「エンターテインメント」「金融」という3つの主力分野で、11万人の従業員が「SONY」という傘の下で事業活動をしています。
こうした大きな組織を率いていくためには、経営者自身がモチベーショナル・リーダーとして組織を率いていくだけでなく、次期経営層と目される候補者や若手の社員などもリーダーシップを発揮できるようスキルを磨いていくことが求められます。
与えられたポジションの業務と責任を120%果たしていけるような社員であれば、企業からも高く評価される求められる人材といえるでしょう。営業職であれば売上などの目標を常に達成し、新しい顧客を獲得するような人材ですし、マーケティング職であれば新しい手法で製品やサービスをアピールし、新しい市場を開拓するような人材が求められます。財務や法務、人事のような間接部門であれば事務処理能力が高く、業績を支えるために有利な交渉ができたりするような人材であれば、上司の信頼を得ることでしょう。営利企業である以上、実績を上げ続けていくような社員であれば昇格させて、高い報酬を提供し、働き続けてほしいと考えるものです。
反対に社員の側から見て、上司に求めていることはなんでしょうか。ある調査では、社員が「上司に期待していること」という質問に対して、「自分の意見や考えに耳を傾けてくれる」「公平・公正に評価してくれる」「明確な判断をしてくれる」「具体的なアドバイスをくれる」という回答が過半数を超えました。つまり、仕事の成果や業績、実績を上げることよりも、自分のことを理解し、意見や考えに耳を傾けてくれるような上司を求めているのです。
こうした点をきちんと理解しておかないと、経営者や上司と、部下や社員との間でうまく意思の疎通ができず、会社としてパフォーマンスが発揮できないということにもなりかねません。社員の側は上司に対して他人の感情を感じ取り、自分の感情をうまくコントロールできる「こころの知能指数」と呼ばれるEQの高い上司を求めています。現代の企業はEQが高く、社員のモチベーションを高く維持していけるようなリーダーを「モチベーショナル・リーダー」として求めているのです。
個人的な経験ですが、この人のためなら自分の120%の能力を発揮して頑張ろうと思う上司と、80%の力で仕事をすればよいと思うような上司に分かれます。その違いは、上司の肩書きや年功、ポジションの差ではなく、人として尊敬できるかどうか人間力の違いであり、EQの高さの違いです。
部下の手柄を自分のものとして取り上げたり、朝令暮改を繰り返したり、失敗の責任をなすりつけたりするような上司の下では社員は能力を発揮しようとは思いません。この上司のためなら、自分の能力を最大限に発揮して仕事に取り組みたいと思わせるようなモチベーショナル・リーダーであれば、部下とともに会社を成長に導くことができるのです。
会社だけでなく部署や個人もMVVを持つべき
企業には、創業者や経営層が考える「その企業が果たすべき使命」であるミッション(Mission)、ミッションを果たすために目指す将来の理想の状態や具体的なゴールであるビジョン(Vision)、そのビジョンを目指す上で企業の構成員に求められる思考や行動の指針であるバリュー(Value)からなるMVV経営が求められています。あるいは企業の経営理念として自社の存在意義を明確にして、社会にどのように貢献していくかというパーパス(存在意義)を掲げるパーパス経営を推進する企業も増えています。
会社にパーパスやMVVがあるように、部署やグループなどの組織もMVVを決めるべきです。同様に社員一人ひとりにもどのような将来像を持っているか、どのようにキャリアアップしていくかといった個人のMVVがあります。会社と部署、個人のMVVがきちんとつながって、目指すべき方向が合致していれば、その企業はとても強くなることができます。
そのため、経営者は掲げたミッションについて、毎日でも社員に伝え続けていくべきです。たとえば現在、ソニーグループでは吉田さんのもと「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことをパーパス(存在意義)に掲げています。私は会議の場や、商品の企画提案の際に、どこに感動するのか、なぜ感動するのか、ミッションやパーパスに合っているのかを常に問いかけていました。こうした経営者の取り組みは部下にも伝わり、事業が変革され、商品そのものにも考え方が反映されていくのです。
私はソニーの社長を務めていた6年間の72カ月間で、世界中のグループ企業の拠点を回り、タウンホールミーティングを合計70回実施しました。単に現場を訪問して、スピーチ原稿を読んで想定質問に答えるのではなく、ライブで現地の社員と語り合って正直に自分の考え方や現在の状況を伝え、何を聞いてもらってもいいというように腹を割って話すことで、上司と部下の関係ではなく、対等な人間同士の関係を築いていきました。ソニー社長の平井ではなく、一人の人間である平井個人に関心を持ってもらって信頼してもらうことで、平井の話なら聞いてみようと思ってもらえるようになりました。
また、上司は部下のMVVにも目を配るべきです。例えば私がソニーの社長兼CEOを務めていたときにとても優秀なスタッフがいました。優秀な部下であればあるほど、手放さずに身近に置いて仕事をしてもらいたいのが人情ですが、本当にその社員個人のMVVに合っているのか、次のキャリアに向けて別の仕事も経験した方がいいのではないかなど、本人からもヒアリングをした上で人事部を通して異動先を決めました。そのスタッフはその後、米国のグループ企業に移ってとても活躍をしてくれています。
上に立つ人は、部下や部署のことをきちんと目配りして、リーダーシップを発揮できるように人間力を高め、自分の感情をコントロールできるようEQを高めていくことが大変重要です。
とはいえ経営者も人間です。トラブルが起きたり業績が悪かったり好ましくないような状況のときでも、プラス思考でいるのは難しいでしょう。けれども実はネガティブな状況のときこそ、自分のEQを高めてモチベーショナル・リーダーシップを発揮していくチャンスなのです。完璧なマシンのような経営者ではなく、弱みも見せながら、社員とともに成長していってほしいと思います。間違った決断をしたときには、その間違いを認めて方向を改める勇気も持ってください。自分の知らないことを部下から学んでもいいのです。真のモチベーショナル・リーダーを目指して行動していくことが、マネジャー層のキャリアアップにもつながるのです。