経営者の腹決めと発信が長寿企業に導く ~感覚に頼らない老舗食堂のDX革命~

三重県伊勢市で長く地元で親しまれてきた老舗大衆食堂である「ゑびや大食堂」。かつては食券制でレジもないお店でしたが、わずか数年でIT化の推進が評価され、その取り組みが世界的に注目を集めています。先進的なDXモデルを活用した中小企業として、最前線を歩む代表取締役の小田島春樹氏に、老舗飲食店復活の経緯を伺いました。

そろばん計算からPOSレジの導入へ

大正時代から伊勢神宮の参道に店を構える、ゑびや大食堂。ここをITを駆使することで「世界的に有名な食堂」へ一変させたのは、4代目に当たる小田島春樹氏です。東京のIT企業を退職し、2012年、妻の実家が営む「ゑびや大食堂」を継いで以来、店舗経営のDX化を推し進めています。

独自に開発した来客予測システムの的中率は9割を超え、地元の食材を提供するこだわりも話題を呼び、町の食堂から、観光客が集まる人気店に生まれ変わりました。売り上げは、7年間で5倍、利益も50倍にまで増加。100年企業のDX化の成功例として、連日、全国の企業や自治体から多くの関係者が視察に訪れています。

「私が入社した頃は、食券を基に1日の売り上げをそろばんで計算して、手書きで台帳に記入するような状態でした。正確な創業の時期も実は記録があいまいです。確実に営業していたことを確認できたのが1912年のため、この年を創業としていますが、実際は、さらに50年ほどさかのぼるだろうといわれています」

小田島氏が義父から経営を継いだころ、「ゑびや」は、転機を迎えていました。毎年、数百万人もの参拝者が訪れる伊勢神宮のほど近く、宇治橋から徒歩1分という場所にあり、立地には恵まれてはいたものの、そばやカレーを中心としたメニューには地域性やオリジナリティーの要素は薄く、観光客を引きつける訴求力はありませんでした。さらに1億円近い売り上げがありながら、勘と経験に頼った仕入れのために食材のロスも多く、年間の利益額は150万円程度だったといいます。

その頃は義父の体調が思わしくなく、廃業も視野に入れた経営の見直しを迫られていました。そうした状況で、小田島氏が入社します。

「近隣の繁盛店にはお客様が並んでいて、その行列が『ゑびや』の入口をふさいでいる光景を見るたび、悔しく思ったことを覚えています。同じようにがんばって働いても、なぜ『ゑびや』は相応に報われないのか。改善点を見つけるには、客観的なデータが不可欠だと思いました。そのために、まずは紙の台帳ではなくExcelで売り上げを管理することにしたのです」

小田島氏はIT企業に勤務していたとはいえ、特別な専門知識があったわけではありません。プログラミングやデータ解析の知識や技術は、必要に応じて独学で身につけたといいます。

POSレジの購入資金は、店先に出店した屋台の売り上げで捻出するなど試行錯誤。そのときに販売した「あわび串」は、新たな看板商品としても定着しました。

伊勢神宮のおひざ元、おはらい町で老舗食堂を営む「ゑびや大食堂」

メニューを変えるだけでお客様が増える

そうして徐々にIT環境を整えながら、天候や気温に関する情報、メニュー別の売り上げ、グルメサイトのアクセス数や近隣の宿泊者数など、多面的にデータを収集しはじめます。店舗前にセンサーやカメラを設置して通行量を測定するようになると、性別や年齢層といった通行者の属性に関するデータの蓄積も進めました。これが、独自に築き上げた来客予測システムの精度向上につながります。分析を推し進めた結果、天候や気温に応じて、店舗前に設置するメニューを変えるだけでも、来客数の増加につながるようになったといいます。

DX化に取り組む一方、新メニューの開発も進めました。松坂牛や伊勢海老など、地元産の食材を中心にしたこだわりのメニューへと一新し、生産者からの直接買い付けによってコストの削減にも努めました。現在では食材の9割以上が三重県産に変わり、客単価は850円から2,500円へと大きく向上しています。

「データはあくまで過去の情報と捉えています。大事なことは、データを基に『こうすれば売れるのではないか』と仮説を立て、実行し、うまくいかなければ別の方法で再びチャレンジする。このサイクルが大切なのです。私自身も、何度も繰り返してきました。ITがすべてを解決してくれるわけではないのです」

小田島氏は、その上でITの必要性を説きます。
「ただ、こうした検証作業を実施するにはITが有効です。世の中にはさまざまなクラウドツールがありますが、『ゑびや』でも人事、経理など、それぞれ違うツールを駆使して管理しています。自社に合うものを見つけるために、多くのツールを何度も試しました」

新しいことを始めるのは経営者にとっても勇気の要ることです。小田島氏はぶれずに思いを伝え続けることで、それが周囲を巻き込み、相互理解につながると語ります。

「新しいことを始めるときは、経営者自身が腹決めし、はっきりと意思を示すことが大切です。そしてアクションを起こし、しつこいくらい周囲にも言い続けてください。結果が出てきたら、自然と雰囲気も変わってきます」

材料予測のデータを確認して食材の仕入れに生かす

業務の効率化で1人当たりの売上高が増加

小田島氏は食品ロスの問題にも取り組んでいます。データの蓄積と試行錯誤が功を奏し、ますます精度を高めた来客予測システムの活用で、従来の2割程度にまでロスを削減しました。業務の効率化によって生産性も向上し、従業員1人当たりの売上高は400万円から1,400万円に拡大しています。また、従業員の労働環境も改善され、残業ゼロや完全週休2日、有給休暇の15日連続取得などが実現しました。

2018年には、来客予測システムの知見を活用したシステム開発企業の「EBILAB(エビラボ)」を設立し、店舗データの可視化・分析ツールの商品化に成功しています。

「データ分析によって、人間がいかに思い込みや錯覚にとらわれやすいのかを実感します。たとえば、関東圏から伊勢神宮を訪れる参拝者は、午前帯よりも午後帯のほうが多いと感じていました。ところがデータを確認すると、そのような傾向はまったく認められませんでした。また、午後1時以降は比較的若いお客様が多い時間帯です。メニューは、肉系が好まれると思っていたところ、実際は、魚系メニューの看板を出すとお客様が増えるといったこともありました。感覚だけに頼らず、きちんとしたデータに基づいて判断すれば、失敗は減ります。そうして少しでも成功の確率を高めていけば、地方の企業や商店にもやりようはあるはずです」

かつて「ゑびや」は食堂経営と並行して車屋を営んでいた時期がありました。さらに、戦前には旅館業に進出したこともあったそうです。当時から試行錯誤は続いていたのです。

「その時々の経営者が、生き残るために変化を恐れなかった、ということでしょう。いろいろな事業に挑戦してきたからこそ、100年以上、事業を継続することができたのだと思います」

お話を聞いた方

有限会社ゑびや 代表取締役社長/株式会社EBILAB 代表取締役 小田島 春樹

1985年生まれ。日本大学商学部を卒業後、ソフトバンクに入社。2012年、妻の実家である「ゑびや」に入社。専務を経て、17年より現職。18年にEBILABを設立。2022年春に三重大学地域イノベーション学研究科博士号取得。DX化により「ゑびや大食堂」を繁盛店に育て上げ、その知見から飲食店向けのクラウドサービス「TOUCH POINT BI」の開発・販売も手がける。「ゑびや」は1912年創業。従業員55名。年商5億円。

 

[編集]株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ