日本は決して終わっていない。
「失われていない30年」を経て、
グローバルで新たな地位を確立した日本企業

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私たち日本人は、バブル崩壊後の日本経済の長期的な停滞を「失われた30年」と悲観的に表現しがちです。これに対し「失われた30年ではない。転換の30年である」と、日本経済のあり方を高く評価するのが、カリフォルニア大学サンディエゴ校教授のウリケ・シェーデ氏です。全国各地の企業を訪問し、経営者たちとのヒアリングを重ねて日本企業の姿を独自の視点で研究してきたシェーデ教授に、日本企業の真の強みとは何か、不確実性の高い経営環境の中で中小企業が飛躍するヒントはどこにあるのか、語っていただきました。

なぜ日本は強いのか──「失われた30年」の本質

日本では、バブル崩壊後の経済状況を「失われた30年」という言葉で表現します。確かにバブル崩壊から10年ほどは、不良債権問題に起因する金融不安などにより、日本は大変な苦難を経験しました。そして今もなお、少子高齢化や国家財政の巨額赤字など、さまざまな課題を抱えていることも事実です。

けれども、それだけで日本経済の本質を語ることはできません。例えば「失われた30年」を経ても、なぜ日本は依然としてGDPで世界第4位の地位を保っているのか。ほかの多くの経済指標でも、日本がいまだに世界のトップ5に入る分野が多いのはなぜか。私はこの疑問を解くために、日本の経済・ビジネスが歩んできたリインベンション(再興)のプロセスを、より深く研究する必要があると感じていました。

また一方で、どうして日本人はここまで自国を悲観的に捉えるのか?それも疑問でした。私はドイツ出身ですが、日本のほうがドイツより企業の底力は強いと感じています。2023年に「ドイツのGDPが日本を上回った」と話題になりましたが、これも円安による統計上の影響が大きいのです。にもかかわらず日本国内ではネガティブなニュースばかりが目立ちました。

私がこのように日本への関心を強めていたころ、幸運なことに日本政策投資銀行(DBJ)設備投資研究所の下村フェローから声をかけていただき、2010年、日本の高収益企業を研究するプロジェクトに参加する機会を得ました。約半年間、集中的に日本のことを勉強しました。

当初は書店で参考文献を探しましたが、日本の課題を指摘する本は数多くあっても、「なぜ日本は今もなお強いのか」を説明する本にはなかなか出合えません。そこで自らデータを集め、営業利益率や経常利益率のランキングを作成。その後、数年をかけて来日を繰り返し、ランキング上位の企業の経営者に直接ヒアリングを行いました。例えばファナック、ヒロセ電機、富山県のコーセルなど。いずれも、その業界では世界に突出する技術を誇る、素晴らしい企業です。

そうした中で見えてきたのは、「失われた30年」とは決して“停滞”の30年ではなく、“転換”の30年だったということです。その転換とは、「メイド・イン・ジャパン(Made in Japan)」から「ジャパン・インサイド(Japan Inside)」へのシフトです。

グローバルサプライチェーンで鍵を握る「ジャパン・インサイド」

高度成長期、日本が得意としていたのは、消費者向け最終製品の大量生産でした。海外から原材料を輸入し、さらに先進国の製造技術も積極的に取り入れて日本流に磨き上げ、質の高い製品として輸出する。この「メイド・イン・ジャパン」のビジネスモデルによって、日本経済は目覚ましい発展を遂げました。

しかしバブル崩壊を契機に、日本経済の成長は急速に鈍化しました。それと入れ替わるかのようにして、韓国や台湾、続いて中国が台頭します。日本流のビジネスモデルや匠の技を学び取り、しかも労働コストが低かったため、日本と同様の成果を上げることができました。

こうして、メイド・イン・ジャパン型のビジネスモデルの強みは終焉を迎えます。これは「スマイルカーブ」で説明できます。スマイルカーブとは、製品のバリューチェーンの各段階で、利益率が異なることを示した仮説です。グラフにすると、中央の製造工程の利益率が最も低く、上流(開発・設計)と下流(物流・販売)の利益率が高くなるので、グラフは口角が上がったかのような、文字どおり“スマイル”の形状になります(図)。中国などの新興国が台頭したことで、日本が得意としてきた組み立て工程の利益率が大幅に低下したのです。

ここで注目したいのは、ビジネス環境の変化に直面した日本の先頭ランナー企業が、自社の強みを見直し、上流または下流の工程へとシフトすることで、利益率の高い新たなビジネスモデルを再構築していったことです。この際の戦略の1つが、「ジャパン・インサイド」のメーカーになることでした。成長性の高い市場セグメントを見極め、そこでカギとなるような原材料や中間財、部品の開発・製造に注力して、技術力を磨き上げる戦略です。

WindowsOSのパソコンには、“intel inside”(インテル・インサイド)という小さなステッカーが貼られています。「インテル、入ってる」というキャッチコピーは有名ですね。今では自動車や飛行機から、電動歯ブラシまで、世界で普及しているあらゆる製品には日本製の高品質な原材料や部品が用いられています。これが「ジャパン・インサイド(日本が入ってる)」です。いずれも容易には模倣できないような複雑な部品と素材であるため、強い価格決定力を持ちます。

ただ、インテルと違って目印となるステッカーがないので、ジャパン・インサイドは見えにくく、残念ながら日本人の間でもその強さが十分認識されていません。これが自国を悲観的に捉えてしまう遠因かもしれません。しかし間違いなく、「ジャパン・インサイド」は日本の国際競争力を支える大きな強みです。そのことを日本の多くの人々に再認識してほしいと思っています。

日本企業の新たな強みを実現した「舞の海戦略」とは?

過去30年という期間をかけて、「ジャパン・インサイド」への移行を実現した日本の戦略を、私は「舞の海戦略」と呼んでいます。もちろん大相撲の元力士、舞の海にちなんだ呼称です。力士としては小柄な体格でしたが、賢くて機敏。さらに「技のデパート」と呼ばれるほどの豊富な技術を持ち、なおかつ新しい技術を常に習得して、相手にとってサプライズとなるような取組の展開で、小錦や曙など巨大な体格の力士たちを見事に倒していきました。

私は彼の大ファンでしたが、同時に彼の姿は日本企業の強みと重なって見えました。中国など強大な新興国が台頭する中で、かつての事業多角化と規模拡大を追うやり方では勝ち残れない。規模は追わず、自社の強みを見極めながら、他社に模倣されにくい技術領域を磨き上げ、グローバルサプライチェーンの中で優位性を確保していく。

舞の海戦略を実践して新たな成長段階に移行した代表的な企業の1つが、ソニーです。ソニーはかつてウォークマンを世に送り出し、消費者向けの最終製品で世界をリードしていました。スマートフォンの時代に入ってからは、ソニーはiPhoneのような革新的な製品を自ら生み出すことはできず、その点を見て「成長チャンスを逃した」と指摘する人もいるかもしれません。

しかし今日のグローバル市場を見渡すと、世界のスマートフォンの約半数に同社の技術が入っています。携帯端末用のカメラに使われるCMOSイメージセンサーがそれで、ソニーセミコンダクタソリューションズは50%近い世界シェアを獲得しているのです。つまりソニーは、AV家電の完成品中心のビジネスモデルから、高付加価値の中間財領域へとピボット(方向転換)したといえる。その結果、グローバルサプライチェーンの中で欠かせない存在となり、力強い競争力を新たに確立したのです。

企業のサイズは勝敗の決定要因ではない。技術力と俊敏さを磨くべき

舞の海戦略の考え方は、実は日本の多くの中小企業にとっても大いに参考になるのではないでしょうか。

まず経営規模の大小は、企業の勝敗を分ける決定要因ではないこと。中小企業庁が発行する『中小企業白書』などでも、「プライシングパワー(価格決定力)を持つために、中小企業もM&Aや経営統合によってある程度の規模を追うべき」といった論調が見られますが、私は必ずしもそうは思いません。むしろ大切なのは舞の海のようにアジャイル(機敏)であること。経営規模が小さく、組織の階層構造がシンプルな中小企業の方が、意思決定のスピードも速いですし、人材のマネジメントやチームビルディング、モチベーション向上などもやりやすいはずです。

現在、「クレイジー」ともいえるような米トランプ政権の関税政策が話題になっていますが、これも日本企業にとっては前向きなオポチュニティー(機会)と考えられます。ロボティクスや航空機など、ハードウエアの分野で信頼性の高い素材の開発ができれば、関税の高さなど関係なく、必ずグローバル市場で確かな地位を獲得できるはずです。日本でも、ややもすればGAFAMのビジネスばかりが注目されがちですが、シリコンバレーの経営スタイルをまねる必要はありません。日本の中小企業のみなさんには、ぜひとも自社の優れた技術力を磨き、世界で勝負していってほしいと思います。

お話を聞いた方

ウリケ・シェーデ 氏

米カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院教授

日本を対象とした企業戦略、組織論、金融市場、企業再編、起業論などが研究領域。一橋大学経済研究所、日本銀行などで研究員・客員教授を歴任。9年以上の日本在住経験を持つ。著書に” The Business Reinvention of Japan”(第37 回大平正芳記念賞受賞、日本語版:『再興 THE KAISHA』2022年、日本経済新聞出版)『シン・日本の経営 悲観バイアスを排す』(日本経済新聞出版)など。ドイツ出身。

[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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