コンビニエンスストア配送と食品物流のプロフェッショナル
~関東運輸の「情熱と挑戦」

目次
群馬県前橋市に本社を構え、全国54カ所に拠点を展開する関東運輸株式会社。コンビニエンスストアの配送から食品センターの運営まで手がける食品物流のプロフェッショナルとして成長を遂げてきました。規制緩和による過当競争や「2024年問題」に代表される人手不足など、厳しさを増す物流業界にあって、事業拡大を力強く牽引してきたのが代表取締役社長の髙瀨雅企氏です。ドライバーからのたたき上げで物流業界に入り、30代で取締役に抜擢された経歴を持つ同氏に、同社のこれまでの歩みと、経営の舵取りを担ううえで大切にしていることなどを聞きました。
牛乳輸送とコンビニ配送で磨いた「提案力」
関東運輸は、70年前に創業者が個人で始めた運送業が始まりです。初期は段ボールや古紙の回収もしていましたが、中心で取り組んでいたのが牛乳輸送でした。酪農家から原乳を受け取って、乳業メーカーへ配送していたのです。昔は、『アルプスの少女ハイジ』に出てくるような牛乳缶で出荷していました。
牛乳は、非常に繊細な食品です。牛乳に含まれる乳脂肪球はデリケートな構造をしていて、強い振動や衝撃を受けるとそれが崩れ、風味が変わるだけでなく脂肪分が分離するおそれもあります。だから、輸送にはかなりの配慮をしていました。特に冬場は、雪道を走るのにチェーンを巻かなければなりません。当時は今よりもゴツゴツとした金属製ですから衝撃が起きやすく、それを防ぐためワラを巻くこともあったと聞いています。
そうした品質保持への取り組みが評価され、牛乳以外の輸配送も行うようになりました。食品物流に特化するようになったきっかけの一つは、コンビニエンスストアの配送を手がけたことです。本社を置く群馬県前橋市から始めて、宮城県仙台市や茨城県に拠点を展開していきました。
このタイミングで、物流センターの運営にも乗り出します。コンビニエンスストアの店舗数が急激に増えたため、輸送効率の向上を図る必要性が高まり、群馬共配センターを1986年に開設したのです。配送だけでなく入出荷や在庫の管理まで手がけるようになり、できることが大きく広がりました。
しかも、コンビニエンスストアは多様な食品を取り扱います。保管温度や賞味期限がそれぞれ異なる食品を、適切に管理するノウハウを獲得したことで、その後物流業界に押し寄せる大きな変化にも対応できるようになりました。
物流センター運営で培ったノウハウが特に生かされたのは、荷主企業に代わって倉庫保管から流通加工、輸配送まであらゆる物流業務の最適化・効率化を提案する3PL(サードパーティ・ロジスティクス)事業です。1990年代後半から2000年代前半にかけて、インターネットが普及しグローバル化が進んだこともあり、リードタイム短縮につながる3PLのニーズは急激に高まりました。
弊社は、そうした時代の動きに先んじて、1998年に館林センター、1999年に仙台センター、2004年に県央センター(群馬県佐波郡玉村町)と、3PL対応が可能な物流センターを立て続けに開設しました。それによって、主要取引先のコンビニエンスストアだけでなく、食品メーカーの3PL原材料物流や外食産業の3PLおよび店舗配送など幅広いニーズに応えられるようになりました。
物流業界は、2003年から規制緩和の影響もあって過当競争が進みましたが、弊社はその前に輸配送だけでなく3PL事業の基盤を築き、「提案力」を高めたことによって荒波に耐えられたのではないかと思います。
投資ファンドの参入が、飛躍の契機に
事業基盤を従来よりも広げていった2009年からの6年間は、経営体制においても重大なターニングポイントを迎えた時期でした。それまで創業家の一族経営でしたが、初めて一族以外から社長が生まれ、2011年には投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループに買収されたのです。
その頃は「ハゲタカファンド」という言葉が流行し、ファンドにはネガティブなイメージがありました。しかし、ポラリス・キャピタル・グループはそれとは真逆で国内系投資ファンドだったこともあって、そういう雰囲気は全くありませんでした。私はこのとき、取締役になっていたので密接にやりとりをしていましたが、経営をするうえで見当違いの横槍を入れられるようなこともなく、むしろ成長のための変革の手助けを全面的に受けて加速できたと考えています。
特に、業務フローの改善や業務効率化といった経営支援を受けたことで、各営業所の所長までExcelベースで数字を見ながら動けるようになりました。当時、物流業界はIT活用が非常に遅れていたので、現場を含む全社で迅速な情報共有と実行ができるようになったことで、競争力が磨かれたと感じています。実際、売上高は、セイノーホールディングスに株式譲渡されるまでの4年間で、約3割も増えました。
先ほども申し上げたように、弊社にはもともとお客様とのコミュニケーションを密接に行う文化が根づいています。情報共有が進んだことで、その強みをさらに生かせるようになりました。物流の温度管理について、常温・冷蔵・冷凍の「3温度帯」にとどまらず、定温(10~25℃)とパーシャル(0~3℃)を加えた「5温度帯」へいち早くシフトできたのも、そのおかげだと思っています。
対話と「5つの心得」で高めた組織力
お客様に対してだけでなく、社内のコミュニケーション活性化にも力を注いでいます。現在、54カ所に拠点を展開し、従業員数は2,000人を超えていますので、全員とじっくり話ができていないのは歯がゆいところですが、管理職とは四半期に1回は必ず1対1の面談をするようにしています。
そうやってコミュニケーションの機会をつくっているのは、「よい意味で適当に頑張り、いつも自分なりにかっこよくあり続けることが大切」というのが私の持論だからです。よい意味で適当に頑張るには、適度な息抜きが必要ですが、トップがその必要性を伝え続けないと無理をしてしまう社員もいます。困っていることや悩みごとを気楽に伝えてもらえるように、コミュニケーションをとり続けることが重要だと思っています。
また、私自身ドライバーからキャリアを積み重ねてきましたので、安全・安心で安定した物流サービスを提供するには、情熱を持って新しいことに挑戦し続ける気概が不可欠だということを肌身で知っています。特に昨今は、気候変動の影響で「適切な温度管理」が年々変わっています。トップダウンの指示だけでなく、各現場が状況に応じて随時最適解を導き出さないと、鮮度維持や品質保持はできません。
だからこそ、社員心得として「①情熱 物事に対しエネルギーを燃やし続ける」「②挑戦 新しい事に果敢に挑み続ける」「③信念 コンプライアンスを遵守し、基礎を曲げない強い心を持ち続ける」「④謙虚 常に謙虚であり続ける」「⑤育成 責任感が強く、創造力溢れる人材育成を継続する」を策定し、その意義を伝え続けています。
DXと協業のさらなる推進で、1,000億円企業を目指す
今後は、適切な温度帯管理ができるコールドチェーンネットワークを全国に構築することを目標としています。気候変動の影響と申し上げましたが、特に夏の酷暑は、食品のみならず、現場で働く人たちの健康にも大きく影響します。あらゆる面で安全・安心・安定の食品物流網を確立することは、社会の持続可能性を高めることにつながります。関東運輸グループが磨き上げてきたノウハウと技術は、それに大きく貢献できると確信しています。
そのための重点施策として位置づけているのがDXの推進です。受発注システムや倉庫管理システム、運輸管理システムなどを各協力会社さんのシステムにて刷新し、さらにスピーディーかつ精度の高い物流サービスを実現します。そして、セイノーホールディングスコールドチェーングループ売上高1,000億円を達成することが、直近の目標です。
また、物流は輸配送や倉庫保管でどうしてもCO2を排出してしまう事業です。環境負荷をできるだけ低減するため、すでに各センターの照明はすべてLEDとし、冷蔵庫の冷媒を自然冷媒に切り替えるほか、エコ走行を徹底し、共同配送サービス「フレッシュライナー」も開始しています。時代に合わせて適切な対応を随時行うため、協力会社さんとの連携も今以上に広げていきたいと考えています。
70年の歴史を経て成長を続け、こうして未来に向けた数々の取り組みを進められるのは、よいお客様と、社員や協力会社さんなど社内外のすばらしい仲間に恵まれているからです。これこそが関東運輸グループの成長の糧であり、一番の財産です。「2024年問題」といわれたように、物流業界は人手不足も深刻ですが、お客様満足(CS)と従業員満足(ES)を日々高め、協力会社さんとの強固なネットワークを広げていくことで、さまざまな課題を解決し、社会に貢献する企業としてさらに成長していきたいと思っています。

お話を聞いた方
髙瀨 雅企 氏(たかせ まさき)
関東運輸株式会社 代表取締役社長
1970年宮城県石巻市生まれ。1991年、宮城西濃運輸株式会社にドライバーとして入社。その後1994年、関東運輸株式会社仙台支店(現仙台営業所)に入社。2008年に30代で取締役に抜擢され、2015年に代表取締役社長に就任。
関東運輸:https://kanto-unyu.co.jp/










