レアメタル依存から脱却するゲームチェンジャー、Kyuluxの挑戦
~次世代技術が切り拓く、より鮮やかで持続可能なディスプレーの未来~

「レアメタル依存から脱却するゲームチェンジャー、Kyuluxの挑戦<br>~次世代技術が切り拓く、より鮮やかで持続可能なディスプレーの未来~」のアイキャッチ画像

目次

スマートフォンやテレビの映像体験を支える有機EL(OLED)。大きな成長市場である一方、そこに使われている主流技術は、レアメタル(希少金属)への依存や、青色発光の限界という構造課題を抱えています。そのような業界の常識を覆そうとしているのが、九州大学発のスタートアップである株式会社Kyulux(キューラックス)です。同社が開発した次世代発光技術「Hyperfluorescence™」は、レアメタルフリーで高効率・長寿命・高色純度を実現し、有機ELの普及範囲そのものを押し広げようとしています。福岡から世界へ――“研究開発会社”からグローバルで戦う“事業会社”へと変わろうとする変革の道筋に迫ります。

課題を抱える有機ELの世界

スマートフォンやテレビなど、私たちの日常を彩るディスプレーには、希少で高価なレアメタルを用いた有機ELが使われている製品が数多くあります。しかし、レアメタルは今や金を超えるほどの高価な資源であるうえ、供給リスクに加え、さらに環境破壊や紛争鉱物をめぐる課題も抱えています。そのようなレアメタルに頼る産業構造を大きく変えようとしているのが、九州大学発のスタートアップである株式会社Kyuluxです。

有機ELは、1980年代に米コダック社が革新的技術を発明して以来、画質やデザイン自由度の高さなどから、スマートフォンやタブレット、テレビ、PC、車載ディスプレーなど、さまざまな分野で採用が進んできました。有機ELディスプレー市場は2021年に400億ドルに達しており、2035年までに2,371億ドルを超える規模に達するという予測もあります。

しかし、現在主流となっている有機ELはその発光技術の方式によって一長一短があります。「第1世代」とされる蛍光方式は、純度の高い発光色を実現できるものの、発光効率が非常に低い。「第2世代」のりん光方式は、効率は高いものの、色純度が低く高価なレアメタルが必要なうえ、深い青色発光の実用化が難しい。これらの理由から、現在のディスプレーは蛍光とりん光を組み合わせた発光方式が採用されています。そんな現状に対して、代表取締役社長の李炡佶(リ・ジョンキル)氏はこう語ります。

「いま市場に出ているすべての有機ELディスプレーは、依然として第1世代の青色蛍光に頼らざるを得ない状況です。そのため、高効率で長寿命、かつ色純度の高い『青色』の実用化こそが、業界で最大のテーマとなっているのです。加えて、レアメタルが不要で色純度の高い緑色と赤色の実用化への要求も高まっています」

そうした中、Kyuluxは効率的な青色発光とレアメタルを使わない緑色、赤色発光を商品化するための実用的な解決法の開発に取り組んでいます。

Kyuluxが描く、環境負荷低減と市場拡大のロードマップ

Kyuluxの開発の中核にあるのが、次世代の発光技術「Hyperfluorescence™」です。この技術は、九州大学の安達千波矢教授とその研究グループが2009年に開発したTADF(Thermally Activated Delayed Fluorescence、熱活性化遅延蛍光)という「第3世代」にあたる発光体と、第1世代の蛍光材料を組み合わせて作られています。そして、このHyperfluorescence™が「第4世代」の発光技術として位置づけられています。

この技術の大きな特徴は「レアメタルを使わない」「高効率」「長寿命」「高色純度」「既存のメーカーの生産ラインを大きく変えずに使える」点です。これらの特徴こそが、業界を大きく変える可能性を持っています。

これらによって、市場に最も本質的な変革をもたらすのが「希少資源への依存からの脱却」です。レアメタルを必要としないことで、採掘や製錬に伴う環境負荷を大幅に軽減できるだけでなく、原材料の安定調達とコスト構造の最適化が可能になると李氏は話します。

「この技術が社会に浸透することで、有機ELはスマートフォン、大型テレビといった限られたアプリケーションから、中小型テレビ、ノートブック、タブレット、ウェアラブルデバイスから車載ディスプレーに至るまで、あらゆる製品にとっての『標準』へと進化していくでしょう。環境への配慮と優れた表現力を両立したデバイスが、より人々の身近な存在になるはずです」

また、サステナビリティの観点だけでなく、従来の技術では到達できなかった発光効率を実現することで、人間の目が捉える色彩をより忠実に、より鮮やかに再現する「次世代の視覚体験」をも可能にするといいます。

「実は、今のスマホやテレビが映し出している色は、人間の目で見える色の世界を十分には再現できていません。しかし私たちの材料を使えば、次世代の色域の規格であるBT.2020により近い色表現が可能になります。色の再現性という意味でも、これまでとはまったく違うディスプレーの世界が拓けるはずです」

産業を変えるゲームチェンジャーに

Kyuluxの設立は2015年。九州大学に隣接する福岡市の産学連携拠点の一角に本社を構え、量産一歩手前ともいえる設備を整えてきました。

「ここまで来られたのは、投資家や福岡県、福岡市からの支援、国の補助があったからこそです。正直に言えば、そうした支援がなければ、途中で会社が立ち行かなくなっていたかもしれません。多くの人からの期待によって支えられてきたことを思うと、同時に大きな責任も感じています」

2023年には、本社隣接地の複合施設「いとLab+」に生産管理拠点を移転。量産に向けて、プロセス開発や品質管理体制を本格的に整備しています。2024年には日本曹達株式会社と資本業務契約を締結し、TADFの量産と安定した供給体制の実現に向けてのパートナーシップを強化しました。

Kyuluxはこれまでに総額約128億円の資金調達を行いながら開発を進め、実用化に向けて着実に歩みを進めてきました。その現在地について、李氏はこう語ります。

「10年以上かけて、ようやく実用化が見えてきました。私たちは産業のあり方そのものを変える“ゲームチェンジャー”になりたいと考えています」

研究開発の会社から、グローバルで戦う事業会社に

これまで研究開発を進めてきたKyuluxですが、新たなフェーズへ進むうえで必要となったのが、「グローバル化」と「ビジネス化」でした。2025年10月1日付で同社は社長交代を行い、新たなトップに就任したのが李氏です。

李氏は1997年に慶應義塾大学大学院を修了後、サムスン電子にエンジニアとして入社。グループ中枢の「会長室(未来戦略室)」で全社のM&Aを担当し、経営統合や組織再編を現場で経験してきました。また、2016年には映像ディスプレー事業部の常務に就任し、グローバルプロダクト責任者として、世界市場向けテレビ価格・商品戦略の立案、国内外メーカーとの交渉などを任されてきました。

「当時、サムスン電子はQLED(Quantum Dot LED、量子ドットLED)などの液晶ディスプレーの技術を磨いていましたが、技術的には有機ELに勝てないと感じていました。それから数年後に、自分が有機ELの最前線に立つことになるとは思ってもいませんでした」と話します。

グローバルな市場で経験を積んできた李氏の、Kyuluxにおけるミッションは、研究開発が主体となっていた従来の組織から、グローバルで戦える組織へと変革することだと言います。

Kyuluxの社員は現在約80名。その大半がエンジニアです。技術のポテンシャルは高いものの、グローバル市場で渡り合えるようなビジネス人材がおらず、事業としてスケールさせるための経営体制が整っていませんでした。そこで、それまでになかった「グローバルで戦うための窓口」として、李氏が舵取りを任されたのです。

ただし、李氏は「いきなり全部を変えることはしない」ことをポリシーに掲げています。サムスン電子時代、李氏が日本企業の買収に関わった際に、スピード感を重視したために現場のやり方を十分に把握せずに環境を一変させた結果、何人もの社員が退職してしまったのを目の当たりにしたと言います。その経験が、現在のKyuluxでの経営スタイルにもつながっています。

「現場に何も知らせないまま勝手に進めると、大きな悪影響が出てしまうのだと学びました。いくらよい会社でも、人がいなければ事業は大きくなりません。ですから、何かを変える場合は自分がわかる範囲から行うことにし、まずは知ることを重視しています。一方で、投資家がいなければこの会社は存在しませんから、投資家の期待にしっかり応え、変わっている姿を見せることも大切です。慎重さと変化のバランスを取ることが重要だと考えています」

「日本流のきめ細かさ」と「グローバル流のスピード」を両立

慎重さと変化のバランスは、経営だけでなく、事業を進めるうえでも求められる感覚です。

今後の成長を見据えるうえでは、Appleやサムスン電子など世界規模のデバイスメーカーの市場に入らなければなりません。そのためには「市場のタイミングを見逃さないよう、スピード感を持ち、時にはリスクも覚悟した選択が必要です」と李氏は話します。

「品質が高いことを売りにしている日本企業は多くあります。しかし、時として顧客の要求を超えて完璧さを追いかけて120%の品質を目指した結果、意思決定が遅れ、市場に出すタイミングを逃してしまっては意味がありません。私たちが大切にすべきは、スピード感を持って、まさに今、顧客が必要としているものを届けることです。まずは市場の期待に応える形で世に問い、走りながら磨き上げていく。グローバルな競争の中で勝機を掴むためには、そうした機動力を持った判断こそが求められているのです」

そこで、李氏は現場のエンジニアとコミュニケーションを取りながら、「このレベルなら行ける」という判断を下すようにしていると言います。現場とグローバルのバランスを見極めるセンスこそ、李氏がこれまで積んできたキャリアの賜物です。

世界のメーカーと肩を並べる企業へ

「日本には宇宙分野やSaaS(Software as a Service)などでさまざまなスタートアップがありますが、純粋な“マテリアル(材料)”でここまで来ているディープテックはほとんどないでしょう」

李氏はKyuluxが持つ可能性をこう話し、現在、Kyuluxの技術を守るためにさまざまな取り組みを行っていると言います。

そして、グローバル化と実用化の体制が整った時には、Kyuluxの有機EL技術を使用した斬新な技術やディスプレーが次々と登場し、世界を変えていくかもしれません。李氏は、未来への期待をこう話します。

「現在使用されている蛍光・りん光材料が、今後数年間で私たちの技術にどんどん置き換わっていくと信じています。私自身、どんな未来が訪れるのか楽しみです」

福岡から世界を目指すKyuluxの挑戦は、単なる一社の成長戦略ではなく、世界規模の産業をも変える大きな可能性を秘めています。研究開発主体の組織から、世界の巨大メーカーと肩を並べる「事業会社」へ――。Kyuluxはいま、未来を変える大きな一歩を踏み出そうとしています。

お話を聞いた方

李 炡佶 氏(リ ジョンキル)

株式会社Kyulux 代表取締役社長

1997年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了後、韓国サムスン電子株式会社入社。2020年9月、韓国ハンファソリューションズ、同年11月、ハンファジャパンを経て、2025年10月Kyulux代表取締役社長に就任。

[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

経営戦略から不動産マーケット展望まで 各分野の第一人者を招いたセミナーを開催中!

ボルテックス グループサイト

ボルテックス
ジャパンオフィス検索
駐マップ
Vターンシップ
VRサポート
ボルテックス投資顧問
ボルテックスデジタル

登録料・年会費無料!経営に役立つ情報を配信
100年企業戦略
メンバーズ