中小企業こそ、経営者の考え方次第で会社を変革できる
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大手生命保険会社を経て60歳でライフネット生命保険を開業、その後上場し、業界に革命を起こした後は、大学の学長へ転身した出口治明氏。企業人、起業家、学識者というキャリアを通じてつちかわれた経験と洞察は深いものがあります。2021年からこの先、日本企業が乗り越えなくてはならない重要課題をあげていただきました。
「女性、ダイバーシティ、高学歴」 日本経済を救う3つのキーワード
僕は日本経済の成長を促すキーワードは「女性、ダイバーシティ、高学歴」の3つであると思っています。日本は製造業でもってきた国です。しかし、いまや製造業がGDPに占める割合はわずか20%、雇用は16%しかありません。しかもその数字は一貫して下がっている。このデータを見て、ものづくりでこれからも日本を引っ張れると考えられるでしょうか。これからは新しいサービス産業を作っていく以外に日本を発展させる方法はありません。
世界を見ると、サービス産業のユーザーは7割が女性です。つまり産業構造がサービス産業にシフトすれば、ユーザーが自ずと女性にシフトしていく。だから世界の130カ国以上がクオータ制を導入しているのです。クオータ制の本質は、男女同権は当然のこととして、実は需給ギャップの調整にあります。ところが日本での女性の地位は、世界経済フォーラムの調査では世界153カ国中121位です。かつて小泉内閣は2030(ニイマルサンマル)計画をつくり、2020年には女性のリーダーを30%にする目標を掲げましたが現時点で7%台に過ぎません。このように女性の社会進出が進んでいないことが経済成長を抑圧しています。3つのキーワードの最初に「女性」をもってきたのは、女性に頑張ってもらわなければこの国の未来はないと思うからです。
歴史を学ぶと、そもそも日本の女性の地位は決して低いものではなかったことがわかります。それなのに、明治政府が国民国家をつくる際に天皇制とイエ制度をセットにして、それを朱子学で理論づけたことが、男尊女卑の始まりとなりました。そのうえに戦後の製造業の工場モデルが男女差別を推進しました。工場では筋力の強い男性労働者に長時間労働をさせたほうが都合が良かったので、女性の社会進出を阻む所得税の配偶者控除や年金の第3号被保険者などという歪んだ制度をつくり、3才児神話をデッチあげるなどして、男は仕事、女は家庭という性分業を推進したのです。その意味で日本の男女差別はものすごく根が深いのです。
いまや男女差別はなくなったという人がいますが、とんでもありません。アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)による男女差別が色濃く残っています。これは男性ばかりではなく、女性の側も同じです。日本の女性はいまだに、パートナーは家事も育児も手伝ってくれるから感謝しているなどといいますが、手伝うという発想自体が、家事や育児は、本来は女性の仕事であるという偏見にもとづいているのです。そんな社会では、女性は子どもを産めば産むほど苦しむことになる。男女差別は少子化の根本原因にもなっているのです。クオータ制を逆差別などといっている場合ではありません。
※クオータ制……会社役員や議員などに女性を増やすため、一定数を割り当てるしくみ。海外の議会では、比例区の名簿順位を男女交互にするなど130以上の国で採用されている。
サービス産業はアイデアが勝負 人を混ぜるといいアイデアが出る
「ダイバーシティ」には、個人差は性差や年齢差を超えるという考え方が大前提としてあります。2018年のワールドカップラグビーで、日本がなぜベスト8になれたかというと、メンバーの半分を外国人にしたワンチームだったからです。人は混ぜることで強くなるのです。ところが日本の企業は50代、60代のおじさんばかりが幹部になっているわけですから、世界を相手にして勝てるわけがありません。
「高学歴」は意外に思われたかもしれませんが、そもそも日本は他の先進国と比較して大学進学率が約54%とかなり低い国です。もっと深刻なのは、18歳から22歳の人口を分母に取り、分子に高等教育機関で学んでいる学生数を置いた高等教育比率で、世界の100位以下という事実を直視しなければなりません。
そのうえ、大学に行っても勉強しない。これは企業が大学時代のアルバイト経験やサークル活動でのリーダーシップのようなものばかりを重視して、肝心の成績を採用基準に置いていないからです。なまじ勉強してきた奴は使いにくいからなどと大学院卒も避けようとする。サービス産業はアイデアが勝負です。勉強して教養を身につけておかないとアイデアは出ません。
人間の考える材料となるものは知識です。僕は常々「人、本、旅」といっていますが、多くの人に会い、たくさん本を読み、いろんな場所に出かけることで知識を蓄えることを推奨しています。そうしないとイノベーションが生まれないからです。それなのに日本のビジネスマンは2000時間も働いており、勉強する時間が取れません。
日本はこれまで、偏差値が高く、素直で、我慢強く、協調性があって(空気が読めて)、先生のいうことをよく聞くという5要素教育を行ってきました。その話を経営者にすると、「いい人材じゃないですか」といわれますが、こんな人間ばかりを育成していて、スティーブ・ジョブスが生まれますか。GAFAやユニコーン企業の幹部の多くは2つ以上の博士号や学位を持つ高学歴者です。アイデアは様々な高度な知識を持つ人がたくさんいたほうがいいものが出るのです。
企業は長寿であっても 低成長では意味がない
一括採用、終身雇用、年功序列、定年制度がワンセットとなった日本独特の労働慣行も経済の発展を阻害しています。そもそもこれらは、高度成長と人口の増加がなければ成り立たない歪んだ制度です。
たとえば定年制度ですが、人生100年時代といわれるなか、20歳前後で社会に出たとすると60歳は折り返し地点に過ぎません。それなのにいまは60歳になると多くの人が「社会人生は終わり」のように考えてしまう。それは定年というガラパゴス的な労働慣行が日本人の意識を蝕んでいるからで、そこには何の根拠もありません。
最近、日本の生産性の低さに対し、中小企業の多さにその原因を求め、合併を促すことなどで効率性を上げようという提案が出されています。そこには一定の根拠もあります。
ドイツのシュレーダー政権は、2003年に社会保険制度の大胆な構造改革を実施しました。そのとき、同じくドイツの「鉄血宰相」の異名を持つビスマルクの言葉を引用しながら「人を雇うということは、その人の人生に責任を持つということだ。社会保険料を払えないような企業はそもそも人を雇う資格がないのだ」と言い切りました。その施策はメルケル政権に引き継がれ、現在のドイツの強靱な経済体質の基盤となっています。
今後、日本でもパートやアルバイトへの厚生年金保険の適用拡大が議論されることになるでしょう。単に規模を大きくすればいいというわけではないものの、シュレーダーのいう通り社会保険料を払えないような企業は淘汰されても仕方がないでしょう。そのことが結果として中小企業の体質や競争力強化につながるのです。
日本は長寿企業が多いことで知られていますが、それは世界商品を持たない島国で、世界から人が来ず市場の流動性が低くなり、長寿企業が生まれやすい環境にあったということにほかなりません。たしかに長寿企業はいい経営をしていますが、長寿企業が多いから社会全体が高度成長するとは限らない。そこは分けて考えなければなりません。
幸い、トップダウン型の多い中小企業は経営者の考え方次第で会社を大きく変えることができます。経営者には高い成長を成し遂げる生産性の高い長寿企業を目指してほしい。そのためにも、「100年企業戦略研究所」は科学的なマネジメントを中小企業に広めていただきたいと思います。
お話を聞いた方
出口 治明 氏
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険相互会社に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任し、2006年退職。2008年、ライフネット生命保険株式会社を開業、代表取締役社長に就任。2012年、上場。2017年、同社を退任。2018年1月、立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊を超える。主な著書に『全世界史(上・下)』(新潮文庫)、『人類500年史(Ⅰ~Ⅲ)』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義』(古代篇、中世篇、戦国・江戸篇)(文藝春秋)、『生命保険入門(新版)』(岩波書店)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『還暦からの底力』(講談社)、『自分の頭で考える日本の論点』(幻冬舎)など。