DXで拡大するビジネスチャンス
レイヤー化する世界に適応せよ【セミナーレポート】
目次
2021年7月14日、弊所主催のオンラインセミナー『「変革Xの思考法」と100年企業』が開催されました。ともにDXを主題にした書籍を上梓された西山圭太氏と冨山和彦氏の対談と、弊所所長の堀内勉が加わった3者対談の2部構成で活発に行われた議論の中から、エッセンスを抜粋してレポートします。
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人間社会とデジタルの間のシームレス化
DX推進が企業にとって必須の課題となる中、経営者にはどのような素養が求められているのでしょうか。西山圭太氏は、そのエッセンスを料理に例えました。
「プロの料理人と、料理を選んで食べて楽しむ客の立場では、料理への向き合い方が違う。客は必ずしも調理の方法や最新の調理器具について知らなくてもよいように、エンジニアやSIerが入門時に学ぶのと同じことを、経営者が1から学ぶ必要はありません」
しかしながら経営者はDXを自分ごととして理解する必要があり、またDXを核とした経営改革を主導していく必要があります。現代においては経営とITシステムとは双方向に影響しあっており、その結果、「経営がシステムに近づいている」状況にあるのです。なぜそのようなことが起きているのか。その橋渡し役となっているのが、ITシステムの基盤構造である「レイヤー構造」です。
ここでいうレイヤー構造とは、システム全体に関わる基本的な機能の上に、目的ごとに個別の機能が付加的に積み重ねられた幾重もの層を、さながらミルフィーユのように形成するアルゴリズムのこと。ITシステムとの境界がシームレスになるうち、人間社会にも影響を与え、企業のレイヤー構造化も進んだのです。企業に今求められるのは、ITシステムを最新のものにグレードアップすることではなく、世の中の構造が大きく変化していることに気づき、自社の事業構造を見直し、会社の構造をレイヤーに置き換えていく作業です。
DXの真髄は「事業構造のレイヤー化」
既存の構造をどのように分解・変換していけばいいか、西山氏はラーメン店を例えに解説しました。
「ラーメンの特徴は、麺の硬さ、脂の加減、トッピング、スープの種類などに分解することができて、その個々の要素がレイヤーに相当します。逆にいえばレイヤーを積み重ねて行くことで完成形になります」
レイヤーは他のメニューにも転用できる要素であり、レイヤーに分けることができれば、それだけたくさんのメニュー展開ができます。一方、店自慢の「特製〇〇ラーメン」がどれだけ絶品でも、分解しなければそれ以外のメニュー展開ができません。美味しいけれどそれ1種類しか作れないのが、従来の垂直統合型・ピラミッド型の組織なのです。
レイヤーは誰もが共通に使える層であり、次々と重なることで、より便利なものになります。従来の価値観のもとでは、自社で築いたノウハウをタダで流出させているような抵抗感を持たれるかもしれませんが、実際には新しいレイヤーが乗ることで、新しいビジネスが誕生し、富が生まれます。
冨山和彦氏は、自身が携わる「みちのりホールディングス」のケースを紹介しました。公共交通ネットワークの最適化を狙い6つの交通インフラをグループ化した同社は、業務をレイヤー化し、企業の枠を超え各社でレイヤーを共有することで、6社の事業再生を実現。各社とも本来のコアバリューを変えることなく、横串で強化され、単独ではなし得なかった改善効果を生み出しています。
弊所所長の堀内勉は、レイヤー化の概念とそのメリットは理解できると前置きした上で、
「情報管理やコンプライアンスの基準は厳しくなる一方で、企業は壁をどんどん高くしている。企業どころか産業や国との境界すら取り払うレイヤー化の考え方は、真逆の流れのように思える。特に日本のビジネスマンにとっては心理的ハードルが高いのではないか」と議論に一石を投じました。
この指摘に対し西山氏は、
1.企業の健全性を測るとき、財務など従来の指標に加え、デジタル監査とでも呼ぶべき「デジタル上の安全性」が将来的に必須の要素となるだろう
2.すべて自前であれば安全ということはない。デジタル上の安全性に関してグローバルスタンダードが徐々に確立され、自社の安全性の判断基準もそれに寄っていくことになるだろう
3.いかなる相手とも無条件にオープンなわけではない。取引相手を、デジタル上の安全性が一定の水準に達しているか否かで選別するようになるだろう
という見解を示しました。
中小企業と相性の良いDX時代
横割り構造への変革が最も求められる組織の一つが国の省庁ですが、インドでは10年前からレイヤー化の移行が進められてきました。
「10年をかけて、インディア・スタックというシステムを完成させた。10億人の国民にたった2、3日で給付金を支給できるだけの機能がある。スマホによる生体認証(指紋・虹彩)で、電子署名、証明書発行、納税までできる」(西山氏)
インディア・スタックも、最初は日本のマイナンバーのように、個人識別番号の割り振りから始まっています。マイナンバーはあくまでも一つのレイヤーに過ぎません。
「マイナンバーはいわば入口。そこに次のレイヤーが一つでも乗っかって初めて機能していく。押印を廃止するというのは残念ながらレイヤーではない」(冨山氏)
デジタルによる革命は人類が初めて経験することですが、これに匹敵する、産業構造が丸ごと覆されるような大きな変革は、過去にも幾度となくあったはずです。そして創業100年を超える老舗は、そうした歴史的な転機を経て生き残ってきた企業だといえます。
大企業から中堅中小企業への「主役のシフト」が世界的な流れで起きる中、冨山氏・西山氏がともに強調するのが、「地域とデジタル化の相性の良さ」です。冨山氏は、地域の振興・創生につながる取り組みとして、自身が手がける南紀白浜のワーケーションプロジェクトの事例を紹介しました。
「平日に多くの人に訪れてもらうにはどうしたらいいかという課題に対し、ワーケーションオフィスの展開を行いました。ワーケーションはデジタル化の要素がなければ実現できません。また、旅館Aと旅館Bは本来、競合関係にありますが、横割り視点で考えれば共通の利益になります。これはレイヤー化だからこそ生じたメリットです」
DXによって、もはやかつてのライバルが、今や共存共栄する相手となるほどに、社会では大きな変化が起きています。それに伴い、中小企業のビジネスチャンスはかつてないほどに拡大しています。レイヤー化構造に乗ることで、企業の可能性は無限に広がっていると言えるでしょう。
登壇者
西山 圭太 氏
東京大学未来ビジョン研究センター客員教授
/経営共創基盤(IGPI)シニア・エグゼクティブ・フェロー
東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。1992年、オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。株式会社産業革新機構執行役員、東京電力ホールディングス株式会社取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。故・青木昌彦教授や各国首脳のブレーンとの知的交流を結び、今日のRCEPにつながる東アジア包括的経済連携協定構想の立ち上げなどに関わる。冨山和彦氏と産業再生機構、東電再建と電力システム改革にて協業。時代の数歩先を行くビジョナリーとして、日本の経済・産業システムの第一線で活躍。2020年に退官、現在に至る。近著に「DXの思考法」(文藝春秋)。
冨山 和彦 氏
経営共創基盤(IGPI)グループ会長
/日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長
東京大学法学部卒業、在学中に司法試験合格、スタンフォード大学経営学修士(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年に経営共創基盤を設立し、代表取締役CEO就任。2020年10月より現職。2020年日本共創プラットフォーム設立。パナソニック社外取締役。経済同友会政策審議会委員長。財務省財政制度等審議会委員、内閣府税制調査会特別委員、内閣官房まち・ひと・しごと創生会議有識者、内閣府総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会委員等も務める。『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』(文藝春秋)など著書多数。