修羅場の企業経営
〜危機を乗り切りミライを見つける智慧とは~【セミナーレポート】
目次
予測不能で経営環境の変化の激しい「非連続の時代」といわれる現代。経営トップはいくつもの修羅場を潜り抜けなければなりません。リーダーとして困難を乗り越える意思決定力と胆力は、どうすればつちかわれるのでしょうか。コンサルティング業界のリーダーである木村尚敬氏、御立尚資氏に語り合っていただきました。
「田舎の駅長モデル」で次世代リーダーの胆力を鍛える
御立 これから修羅場の時代に入りますが、それはリーダーの時代とも言えます。最近、藤井聡太や大谷翔平、スケートボードなどで若い世代が大活躍していますが、チーム戦でも昔とは違った傾向が出ています。例えば今年の箱根駅伝を制した青山学院大学は、これまでの駅伝チームとは違う戦い方をしてきました。それは練習方法の違いではなく、リーダーである監督の性格やキャラクターを前面に押し出したチームづくりです。他の大学の監督のように大声で叱咤激励するようなことはせず、「自分でやると決めたことができると幸せだぞ」とか言っている。監督自身のキャラクターと、言うことやることに嘘がなくてついていきやすいのですね。
ビジネスにおいても、これからは他人のスタイルを真似するのではなく自分のキャラに合ったマネジメントを行う必要があるでしょう。大企業が元気をなくしたのは、同じ大学から同じような優秀な人を採用して、同じようなタイプに育ててきたからです。上の人間はどうしても自分に似た人間を作ってしまいがちですが、自分に似た後任は、よくて自分の8掛けしかできないことを知るべきです。
木村 有事の時代に求められるのは強いリーダーの決める力と組織を率いる力です。ただ、経営が置かれた状況に応じてどんなキャラがふさわしいかは変わります。そこで重要になるのがガバナンスです。オーナー企業であれば、今置かれた状況を見た上で、次はどんなキャラの人間を後継者にすればいいかをじっくり考えることです。
次のリーダーを育てるビジネス大学院で私がよく言っているのが、一見不遇な経験をした人のほうがさまざまな修羅場を経験して確実に成長することです。エリートコースだけを歩んできたリーダーは修羅場で折れてしまう。事業経営なら売上や利益のPL(損益計算書)だけでなく、キャッシュフローやBS(貸借対照表)の財務3表全部を背負う経験をさせることです。それだけで修羅場経験が積まれます。
御立 最近、禅のお坊さんとお話する機会が多いのですが、厳しい修行を積んできた人ほど目が穏やかなことに驚きます。いくら準備しても避けられない修羅場を乗り切るにはあの目が必要で、あえて修羅場に挑んで経験したほうがいいと若手の経営者にはよく言っています。修羅場で自分のキャラを発揮してのたうち回ると、自然とやるべきことがわかるようになる。そうした経営者は共通して、見た目はソフトでも、派閥をつくることは絶対に許さないなど、確固たるスタンスを持っています。そんなリーダーだと変革は進みます。
人材は育てるとともに発掘も必要です。現場でオペレーションを知り尽くしていて修羅場で頼りになる人は、どの会社にもいるはずです。ロジカルな考え方ができる人と、現場を知る人を組み合わせないと修羅場は乗り越えられません。2つのタイプが今どこにいて、どんな仕事をしているのかを知っておくことも経営者は大事です。
木村 これからは、修羅場での胆力を鍛えることが大切です。時には本人にとっては不本意と思われるような人事もあえてやってみる。私達の会社ではそれを「田舎の駅長モデル」と呼んでいます。例えば、ずっと東京駅で新幹線の仕事をしていると、新幹線のオペレーションには詳しくなっても駅全体のことはわかりません。しかし、1人で地方の駅長をやるとあらゆるオペレーションが見えるし自分ですべての責任を取らなければいけない。そのほうがいろんなことを学べて将来にも活きるのです。未来の予見可能性が下がっている現在、物事は思い通りには進みません。変化対応力や胆力を身につけさせることに主眼を置いたほうがいいでしょう。
修羅場では明るく楽観的に振る舞うことも大切
御立 次の世代の人は、より変化が大きく修羅場の多い時代にリーダーを務めることになります。今ビジネススクールなどで教えている経済学や経営学は工業化時代のものです。その外側のことをしないと、未来のかすかな兆しを感じ取ることはできません。
例えば、米中の対立は何から来ているのか、気候変動に合わせて火山学・地震学の世界で何が語られているのかなど、経済学・経営学の外側にも一定の知見を持つことです。玄人になる必要はなく専門家にいい質問ができるような知識で構いません。それができるリーダーを育てると、企業は次の時代に勝ち組として生き残れる可能性が高くなります。
木村 これまでのビジネスモデルはいわゆる改善型で、既存のやり方をよりよくする方法でした。しかし非連続の有事の世界は改善ではなく、これまでとは違うものに変える「改革」が必要です。改善型は与えられた問いをどう解くかが命題でしたが、改革の領域では今何をしなければならないのか、それはなぜかと自分で問いとそれを解決するための仮説を立てて実行していくことが求められます。与えられた問題には正解がありますが、自分で立てた問いは満点でなくても仕方がないとリスクテイクして果敢に挑んでいくことです。そのことが修羅場の経営力を高めることになります。
御立 リーダーシップを語るとき、よくアムンセンとスコットの南極探検の話をします。アムンセンはノルウェー人で寄付を募って南極に出向き、イギリスの軍人だったスコットは、国がかりで応援を受けました。しかし資金も機材も豊富だったスコットが遭難してアムンセンは生き残った。その違いとして言われるのが、アムンセンのほうが楽観的だったということです。
先が見えない時代はチームが萎縮して、100ある力が50しか出せなくなります。そこでリーダーが意識して楽観的になり「必ずできる」というオーラを出すとチームは100の力を出せる。アランというフランスの哲学者は「悲観は感情であり、楽観は意志である」と言いました。変革期のリーダーは意識して明るく楽観的に振る舞うことも大切です。
登壇者
木村 尚敬 氏
経営共創基盤(IGPI)共同経営者 マネージングディレクター
慶應義塾大学経済学部卒、レスター大学経営学修士(MBA) 、ランカスター大学金融修士(MSc in Finance)、ハーバードビジネススクール(AMP)修了。ベンチャー企業を創業し経営に携わった後、日本NCR、タワーズペリン、ADLにて事業戦略策定や経営管理体制の構築等の案件に従事。IGPIでは全社経営改革や事業強化など、さまざまなステージにおける戦略策定と実行支援を推進。近著に『修羅場のケーススタディ 令和を生き抜く中間管理職のための30問』(PHP研究所)、共著に『シン・君主論 202X年、リーダーのための教科書』(日経BP)がある。
登壇者
御立 尚資 氏
ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)元日本代表
京都大学文学部米文学科卒、ハーバードビジネススクール(MBA)修了。日本航空株式会社を経て、1993年BCG入社。2005年から2015年まで日本代表、2006年から2013年までBCGグローバル経営会議メンバーを歴任。現在は複数の上場企業の社外取締役、ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン専務理事、大原美術館理事、京都大学特別教授なども務める。著書に『「ミライの兆しの見つけ方』(日経BP)など多数。