『我々はコロナ後の世界をどう生きていくのか?』③~堀内勉100年企業戦略研究所所長 就任記念コラム

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リーマンショックから10年余りが過ぎ、世界経済の順調な成長が続いていた中で、我々は突如、新型コロナウイルスの激震に見舞われました。この深刻な危機に際して、世界の著名な哲学者、思想家、経済学者などから多くの意見が表明されています。新型コロナウイルスが問いかけるものとは何なのか、そして我々はコロナ後の世界をどう生きていけば良いのか。

堀内勉氏が世界中の情報を読み解き、コロナ禍が我々に与えた気づきとコロナ後の社会の在り方について考察します。

今回は連載第3回をお届けします。

コロナウイルスが我々に問いかけるもの

アメリカでは、今回のコロナ危機の対応で、ニューヨーク州のクオモ知事の素晴らしいリーダーシップが脚光を浴びました。マンハッタンは、一時、患者数・死亡者数とも都市として世界最悪の状況だった中で、人々の暮らしに不可欠な社会基盤を支える職業に就くエッセンシャルワーカー(生活必須職従事者)という、現場の最前線で働く人々が命の危険にさらされました。この中には、医療、交通、食品、配送、清掃員などに従事する、特に有色人種や女性などの社会的弱者が多くいました。こうした人々に感謝の意を表するために、クオモ知事は「彼ら彼女らの努力と犠牲には表彰が適当だ」と語りました。

ニューヨークでは、外出禁止令の期間中、毎日午後七時に、最前線で働く医療従事者や警官への感謝を伝えるために、住民はアパートの窓や屋上で鍋をたたき、拍手をするなど、音を立てて彼らとの一体感を醸し出しました。

また、外出が厳しく制限される中でも、リタイアした医療関係者が復帰し、医学部学生が卒業繰り上げて病院で働く、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏がワクチンの開発・生産体制確立を支援する、コロンビア大学の図書館職員が3Dプリンターで医療関係者用フェイスシールド作成する、アップルとグーグルという競合二社が、感染者と接触したユーザーにスマートフォンが自己隔離を勧めるコンタクトトレーシングと呼ばれる技術で手を組むなど、ボランティア活動の輪は着実に広がりました。

このようなアメリカを見ていると、1961年の大統領就任演説で、ジョン・F・ケネディが国民に対して、「あなたの国があなたのために何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うて欲しい」と訴えたことを思い出します。

今から二百年近く前、フランスの思想家アレクシ・ド・トクヴィルは、『アメリカのデモクラシー』の中で、アメリカの民主主義を機能させているのは、国家と個人の間のアソシエーション(結社、中間的組織)だと強調しました。フランスの役人だったトクヴィルは、政府から派遣されてアメリカを視察した際に、多くのアソシエーションやコミュニティが社会の中で公共政策の担い手となっているのを目撃しました。地域の問題は住民による話し合いで解決するという習慣があり、労働組合、社会団体、宗教団体といったアソシエーションへの参加を通じて、自分とは違う考え方を尊重しながら合意形成していくパブリックマインドが醸成されていました。トクヴィルが「国よりも先にコミュニティがあった」と指摘したように、アメリカでは、教会、病院、学校、刑務所といったコミュニティが作り出されていたのです。

今回のコロナ危機では、今でもこうしたアメリカ社会の古き良き伝統が脈々と残っていると感じる反面、本年5月25日にミネアポリスでアフリカ系アメリカ人の黒人男性ジョージ・フロイドが、警察官の拘束によって殺害されたのは、また逆の意味で衝撃的な事件でした。この事件は、黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える、国際的な抗議運動「ブラック・ライヴズ・マター」(BLM : Black Lives Matter)にまで発展しました。

アメリカにはコミュニティの伝統がある一方で、1862年のリンカーンによる奴隷解放宣言から150年以上が経ち、またケネディ大統領が暗殺されたのと同じ1963年に、キング牧師が歴史に残る”I Have a Dream”(私には夢がある)の演説を行ってから50年以上が経った今日でも、いまだに根強い人種差別が残っていて、社会が分断されている現状には愕然とします。
ジョージ・フロイドの死の一週間後に、弟のテレンス・フロイドが事件現場で暴徒と化す群衆に向かって行った演説は、キング牧師の演説を彷彿とさせるものでした。

「みんなが怒っているのは分かる。でも、俺の怒りの半分にも満たないだろう。俺でさえここで暴れたり、物を壊したり、コミュニティを滅茶苦茶にしていないのに、君たちは何をしているんだ?何をしている?何もやってないんだよ!こんなことをしても兄さんは帰ってこないんだ!(中略)違うやり方を試すんだ。俺たちの声が届かないなんて考えは捨てて、投票するんだ。大統領選だけじゃない、予備選も、みんなのために投票する。勉強するんだ。自分で勉強するんだ。ほかの人がどんな候補者がいるのかを教えてくれるのを待つんじゃなくて、自分で誰に投票するかを調べるんだ。それがやつらには効くんだよ、だってこっちにはたくさんの仲間がいる。たくさんいるんだ。一杯いる。すごい数だよ。ただ、暴力はナシだ。平和的にやる。やつらを騙すんだ。向こうは俺たちがまたやると思うだろうけど、そうじゃない。変えよう!お願いだから平和的にやってくれ!」

このように、テレンス・フロイドは、自分自身を教育して、誰に投票するかを決め、破壊や暴力ではなく投票行動で社会を変えていくべきことを強く訴えました。

ここから伺えるのは、アメリカのトランプ政権が取り戻そうとしている”good old days”というのは、結局、白人だけの古き良き時代なのではないか、アメリカにとっての連帯やコミュニティというのは、限られた人種の間だけでのことだったのではないかということです。

ちょうどこのBLM運動の最中、南北戦争の時代を描いたアメリカの名作映画『風と共に去りぬ』が、差別的な内容なのではないかということが問題になり、ビデオクリップなどから削除される動きも出てきています。南北戦争で敗れた南部の衰退を悲劇的に描いていること、黒人奴隷が白人に献身的に仕えている姿を肯定的に捉えていることなどが問題にされたからです。

また、8月11日には、11月のアメリカ大統領選挙で政権奪還を目指す野党・民主党のバイデン候補は、副大統領候補として父親がジャマイカ出身、母親がインド出身で移民の2世の女性のカマラ・ハリス上院議員を選んだと発表しました。BLM運動が起きて以降、バイデン氏は、副大統領候補に黒人の女性を指名するのではないかと言われていましたが、その通りの動きになっています。

以降は連載第4回に続きます。

[参考文献]
アレクシ・ド・トクヴィル「アメリカのデモクラシー」,松本礼二(訳),岩波文庫,2015年

著者

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学社会的投資研究所所長。 東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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