2022年に創業100年を迎える企業は全国1,334社

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東京商工リサーチによると、2022年末の時点で、100年以上続く「老舗企業」は全国に4万769社に達し、そのうち2022年に「100年企業」入りするのは1,334 社に上ります。これらの企業が創業した1922年(大正11年)とはどのような年だったのでしょうか。創業100年を迎える代表企業の歴史と創業の頃の出来事を振り返りましょう。


創業100年を迎える企業、各社のあゆみ

2022年に創業100年を迎えるのは、総合化学メーカーの旭化成、鉄道や不動産事業を展開する東急、パン・菓子製造販売のフジパン、総合出版社である小学館、ガス・電気供給などを行う東邦ガス、総合試薬メーカーの富士フイルム和光純薬、食品スーパーのヤマナカなどがあります。

旭化成は、1922年、創業者の野口遵(のぐち したがう/のぐち したごう)により、滋賀の地において旭絹織株式会社として設立されました。翌1923年、同じく野口遵が設立した日窒肥料株式会社が、宮崎県延岡市において合成アンモニアの製造を開始。再生セルロース繊維技術を用いて、事業を拡大していきました。

現在は、合成樹脂、合成繊維、建材、メディカルなどの素材分野へ広く進出し、現在はグローバル展開する総合科学メーカーとして知られています。

創業から続く再生セルロース繊維技術は、メディカル分野の血液透析用人工腎臓の中核技術にも活かされました。血液透析用人工腎臓は決して順風満帆な滑り出しではなく、撤退が検討された時期もありましたが、経営者の「新しい技術開発は従業員の努力によってもたされる」という信念により継続され、現在、同社はこの分野で世界のトップを走っています。

東急は、目黒蒲田電鉄株式会社として田園都市株式会社により設立されました。

設立主である田園都市株式会社は、人口の急増で悪化の一途をたどる都市部の住環境を憂いた渋沢栄一により、1918年に設立された会社です。渋沢栄一がイギリスで見聞した緑豊かな田園都市の形成を目指し、郊外の土地を買い上げ、住宅分譲地として販売していました。またこの構想には都心へのアクセスを適える鉄道の敷設が含まれていました。

構想を実現するため、目黒蒲田電鉄株式会社が設立され、鉄道事業に精通した五島慶太が招聘され、各線を開通していきました。

現在、東急は鉄道・バス輸送を主とした交通インフラ事業、沿線を中心に街を活性化する不動産事業、ホテル・リゾートや生活サービス事業など、豊かな街づくりを手がける企業へと発展しています。

フジパンは、創業者の舟橋甚重(ふなはし じんじゅう)により、パン和洋菓子製造販売の金城軒として愛知県名古屋市中区において創業されました。屋号には「名古屋城の金の鯱のように、地元に愛される店にしたい」という想いが込められています。第二次世界大戦中は厳しい統制下におかれ休業を余儀なくされましたが、戦後はパンの委託加工から再始動し、国内初のパン完全自動包装を導入するなど事業を拡大。もっちりした食感の『本仕込』やマーガリン入りの『ネオバターロール』などの人気商品を中心に、シェアを拡大しています。

小学館は、1922年に相賀武夫(おうが たけお/おおが たけお)が創業しました。屋号に表現されているとおり、小学生を対象に学年別の学習雑誌を刊行していました。第二次世界大戦中は統制により雑誌名の変更や学年を統合して発行があったものの、終戦とともに順次復刊。週刊誌、ファッション誌、絵本、図鑑、辞典や電子書籍も手掛ける総合出版社となりました。また、2021年には7社で合同組合を組成し、体験型施設『ZUKAN MUSEUM GINZA powered by 小学館の図鑑NEO』を開業するなど、新たな取り組みを始めています。

なお、小学館の娯楽誌出版部門として、1926年に分離・発足したのが集英社です。独立した組織として切磋琢磨しながらも、出版物流や不動産事業ではグループ経営を行っています。創業家が経営を担うファミリービジネスでもあります。

1922年の出来事:日本農民組合結成、ソビエト社会主義共和国連邦の建国など

では、これらの企業が創業した1922年とはどのような出来事があった年なのでしょうか。

日本国内では、1917年頃から大正天皇の病状が悪化していました。1919年に皇太子の裕仁親王(のちの昭和天皇)が18歳を迎え、成人し、20歳になった1921年、欧州を視察して見聞を広めた後、病身の大正天皇に代わり摂政に就任しました。1922年には、前年のイギリス訪問の答礼として訪日した英国皇太子エドワード(エドワード8世)を歓待しました。

また1922年は、米騒動をきっかけに賀川豊彦・杉山元治郎が中心となって、日本農民組合を結成した年でもあります。

米騒動は、米価の高騰を主因として勃発した民衆の暴動のことです。江戸時代にもしばしば起こり、明治時代には全国規模の騒動もありましたが、米騒動というと一般的には1917年から1918年にかけて起きた、大正時代の民衆の暴動を指します。

この頃は、人口の増加で米の需要が増加したにも関わらず、地主制によって生産増が阻害されていたため供給不足に陥り、第一次世界大戦中にインフレが加速したことも重なって、米価が高騰していました。こうした背景があり、民衆の不安・不満が高まって米騒動が起こりました。日本農民組合は、小作料の軽減などを求め、全国的に小作争議を展開しました。

海外では、ロシア社会主義ソビエト共和国内に、国家政治保安部「GPU(ゲーペーウー)」が設置され、数カ月後にスターリンが共産党書記長に選出されました。そして12月30日には、世界で最初の社会主義国家であるソビエト社会主義共和国連邦が建国されました。

GPUは、設置当時のレーニン政権下や後のスターリン政権下で、反政府的な思想・運動を取り締まった秘密警察として知られています。スターリンは、1924年のレーニン退任後、ソ連の最高指導者となって強大な権力を握りました。独裁体制のもとで工業化を促進した一方、大規模な政治弾圧を行いました。この大粛清の犠牲者は1,000万人を超えるともいわれ、ソ連に深い傷を残しました。

時代の荒波を乗り越えて存続する100年企業に学ぶ

1920年代は、1919年のヴェルサイユ条約の締結により第一次世界大戦が終結し、ヨーロッパ経済が一時平穏を取り戻した頃でした。一方でヴェルサイユ条約には、ソ連の除外、敗戦国ドイツへの報復的な措置、アメリカの不参加などの懸念材料もありました。

その後、ソ連は社会主義国家として独自の路線を進み、ドイツではヴェルサイユ条約の打破を目指すナチスが台頭しました。日米は第一次世界大戦の特需が終わって戦後の不景気に突入し後の世界恐慌につながるなど、禍根と新たな火種がくすぶる時代でもありました。

2022年に創業100周年を迎える企業はこのような時代に創業され、翌1923年に起きた関東大震災や第二次世界大戦を含む複数の戦争からの復興、高度経済成長、バブル崩壊、平成の失われた30年、地震や台風などの自然災害を乗り越え、企業を存続してきました。数々の困難を耐えた100年企業には、脈々と受け継がれる創業の理念、強みの根幹をなす不易流行のビジネスマインド、時代の変化を見極めリスク回避する確かな目があります。

不連続な変化や大きな危機が訪れるVUCA時代にこそ、100年企業から学ぶものがあるはずです。アフターコロナを見据え新しい時代に突入した今、100年企業の秘訣を紐解いてみてはいかがでしょうか。

著者

一般社団法人100年企業戦略研究所

この国に1社でも多くの100年企業を創出することを目指して。
『100年企業戦略研究所』は、長寿企業に学ぶ経営哲学・リーダー論・財務戦略に加え、東京を中心とした都市力に関する調査・研究など、100年企業を実現するための企業経営のあり方についての情報を発信しています。

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