「新しい資本主義」の行方と企業の持続可能性

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目次

「オールジャパン」で模索する新しい資本主義

2021年10月、「成長と分配の好循環」「コロナ後の新しい社会の開拓」を基本理念とした新しい資本主義を実現していくために、岸田内閣に新しい資本主義実現本部を事務局とする「新しい資本主義実現会議」が立ち上がりました。

この会議は、岸田文雄首相(議長)のもと、新しい資本主義担当大臣を始めとした関係閣僚の他、経済界や学界などから選ばれた15名の有識者で構成されています。

そのメンバーは以下の通りで、女性、若手、起業家などを含む、これまでの政府の審議会では見られなかったほど多様でバランスの取れた構成になっているのが特徴です。

(有識者メンバー)
翁 百合 株式会社日本総合研究所理事長
川邊 健太郎 Zホールディングス株式会社代表取締役社長
櫻田 謙悟 経済同友会代表幹事
澤田 拓子 塩野義製薬株式会社取締役副社長兼ヘルスケア戦略本部長
渋澤 健 シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役
諏訪 貴子 ダイヤ精機株式会社代表取締役社長
十倉 雅和 日本経済団体連合会会長
冨山 和彦 株式会社経営共創基盤グループ会長
平野 未来 株式会社シナモン代表取締役社長CEO
松尾 豊 東京大学大学院工学系研究科教授
三村 明夫 日本商工会議所会頭
村上 由美子 MPower Partners GP, Limited. ゼネラル・パートナー
米良 はるか READYFOR株式会社代表取締役CEO
柳川 範之 東京大学大学院経済学研究科教授
芳野 友子 日本労働組合総連合会会長

この会議では、「いまだ低い潜在成長率や、コロナ禍で顕在化したデジタル対応の遅れ、非正規・女性の困窮などの課題、さらには気候変動など経済社会の持続可能性の確保、テクノロジーを巡る国際競争の激化といった新たな構造的課題を踏まえ、我が国が目指していく新しい資本主義の姿は如何にあるべきか」を議論するとしています。その上で、今春をめどに「新しい資本主義」の実現に向けた構想を取りまとめるとしています。

今回、特徴的なのは、会議立ち上げからわずか1カ月後の11月に、事務局から、「未来を切り拓く『新しい資本主義』とその起動に向けて」と題する緊急提言が提出されたことです。

これは、新しい資本主義の実現に向け「車の両輪」として掲げる成長戦略と分配戦略について、最優先で取り組むべき課題を整理したものです。

この提言では、まず考え方として、「現在、世界各国において、持続可能性や『人』を重視し、新たな投資や成長につなげる、新しい資本主義の構築を目指す動きが進んでおり、我が国がこの動きを先導することを目指す」とした上で、成長戦略と分配戦略の2つに分けて議論を整理しています。

成長戦略の柱としては、以下の通り、①科学技術立国の推進、②我が国企業のダイナミズムの復活、イノベーションの担い手であるスタートアップの徹底支援、③地方を活性化し、世界とつながる「デジタル田園都市国家構想」の起動、④経済安全保障の4つが挙げられています。

(成長戦略の概要)

1.科学技術立国の推進

(1)科学技術立国の推進に向けた科学技術・イノベーションへの投資の強化
1  10兆円規模の大学ファンド・大学改革
2  デジタル、グリーン、人工知能、量子、バイオ、宇宙など先端科学技術の研究開発・実証
3  ライフサイエンス分野の強化
(2)デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進
1  デジタル庁による健康・医療・介護、教育等の分野におけるデータ利活用の推進
2  DFFT(信頼性ある自由なデータ流通)の推進
3  利用料の透明化によるキャッシュレス利用環境の整備
4  コンテンツの利用拡大
(3)クリーンエネルギー技術の開発・実装
1  再生可能エネルギーの導入拡大
2  蓄電池の国内生産、水素ステーション・充電設備の整備、電動車の普及促進による自動車の電動化の推進と事業再構築
3  化学・鉄鋼等のエネルギー多消費型産業の燃料転換
4  既存住宅・建築物を含めた省エネ性能の向上や木造建築物の促進による住宅・建築分野の脱炭素化
5  核融合など将来に向けた原子力利用に係る新技術の研究開発の推進
6  クリーンエネルギー戦略の策定

2.我が国企業のダイナミズムの復活、イノベーションの担い手であるスタートアップの徹底支援

(1)要素技術の製品化・サービス化の促進
(2)付加価値の高い新製品・新サービスの創出の促進
(3)スタートアップを生み出し、規模を拡大する環境の整備
(4)新規株式公開(IPO)プロセス及びSPAC(特別買収目的会社)制度の検討
(5)大企業とのオープンイノベーションの支援
(6)公正な競争を進めるための競争政策の強化
(7)デジタル広告市場の透明化・公正化の推進

3.地方を活性化し、世界とつながる「デジタル田園都市国家構想」の起動

(1)テレワーク・ドローン宅配・自動配送などデジタルの地方からの実装
(2)地域金融機関を含めた地域の中小企業のDXの面的・一体的な推進
(3)いわゆる6G(ビヨンド5G)の推進
(4)教育のICT環境の整備
(5)デジタル田園都市国家構想実現会議とデジタル臨調の設置
(6)地方活性化に向けた基盤づくりへの積極的投資
1  農林水産業の成長産業化の推進・家族農業や中山間地農業などが持つ多面的機能の維持
2  防災・減災、国土強靭化のための5か年加速化対策の推進・豊かな田園都市国家 を支える交通・物流インフラの整備
3  PPP/PFI の推進
4  2025 年大阪・関西万博の準備の円滑化
5  観光立国復活に向けた観光業支援

4.経済安全保障

(1)我が国の自律性の確保、優位性ひいては不可欠性の獲得のための経済安全保障を推進するための法案の策定
(2)戦略技術・物資の特定、技術の育成、技術流出の防止等に向けた取組の推進
(3)デジタル社会の基盤となる先端半導体に関する国際共同開発支援と半導体工場の我が国への立地支援、国内拠点工場の刷新
(4)次世代データセンターの地方分散・最適配置の推進

他方、分配戦略の柱としては、「安心と成長を呼ぶ「人」への投資の強化 」として、①民間部門における中長期も含めた分配強化に向けた支援、②公的部門における分配機能の強化の2つが挙げられています。

(分配戦略の概要)

1.民間部門における中長期も含めた分配強化に向けた支援

(1)新しい資本主義を背景とした事業環境に応じた賃上げの機運醸成
(2)男女間の賃金格差の解消
(3)労働分配率向上に向けて賃上げを行う企業に対する税制支援の強化
(4)労働移動の円滑化と人的資本への投資の強化
(5)非正規雇用労働者等への分配強化
1  新たなフリーランス保護法制の立法
2  厳しい環境にある非正規雇用の方々の労働移動の円滑化
3  正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金の徹底及び最低賃金の経済状況に応じた引き上げ、働き方改革
(6)大企業と中小企業の共存共栄を目指した、取引適正化のための監督強化 、産業界への働きかけ強化
(7)事業再構築・事業再生の環境整備
1  中小企業の事業継続・事業再構築・生産性向上の支援
2  採算性の回復が望める事業者に対する事業再構築の促進のための私的整理円滑化の立法
3  中小企業の私的整理等のガイドラインの策定等
(8)新しい資本主義の時代における今後の税制の在り方についての政府税制調査会における検討

2.公的部門における分配機能の強化

(1)公的価格の在り方の抜本的見直し
1  看護、介護、保育などの現場で働いている方々の収入を増やしていくための公的価格の在り方
2  賃上げのための政府調達手法の検討
(2)子ども・子育て支援
1  子ども目線での行政の在り方の検討
2  保育の受け皿整備、幼保小連携の強化、学童保育制度の拡充や利用環境の整備など、子育て支援の促進
3  大学卒業後の所得に応じて「出世払い」を行う仕組みに向けた奨学金の所得連動返還方式の見直しの検討、子育て世代の教育費の支援
4子育て世代の住居費の支援
(3)財政の単年度主義の弊害是正

世界を支配するシステムをアップデートせよ

今、これからの資本主義のあり方については、世界的に大きく2つの方向で議論がなされています。

そのひとつは、現在の資本主義を活かしながらより良い姿を目指していこうという、修正資本主義的な考え方です。例えば、2020年1月のダボス会議(世界経済フォーラム)の主題になった、「ステークホルダー資本主義」と呼ばれるものや、2019年8月にアメリカ経営者団体Business Roundtableが発表した「脱株主資本主義」宣言などです。

2015年に国連がSDGs(持続可能な開発目標)を公表し、今、世界はそこに掲げられた17の目標と169の達成基準の実現に向けて大きく動き始めています。当然、この中には地球温暖化対策などの環境問題も含まれています。また、これに先立つESG(環境、社会、ガバナンス)なども同様の動きです。これらの根底にあるのは、資本主義社会の中で自己の利益だけを追求するだけでなく、世界に存在する全てのステークホルダー(利害関係者)の立場や利害を考えて、「誰一人取り残さない」ように行動しようという考え方です。

資本主義は、18世紀のイギリス産業革命を契機に始まったという説が有力ですが、それ以降の人類の進歩には目覚ましいものがあります。その恩恵で、人類の誕生以来、長らく数億人規模に留まっていた人口が、産業革命以降、爆発的な伸びを見せ、今では80億人に到達しようとしています。このような資本主義のプラスの側面は活かしたまま、地球環境問題や広がり続ける格差問題など、その負の側面を修正していこうというのが修正資本主義の考え方です。

これに対するもうひとつの方向性が、脱資本主義的な考え方です。これは、40万部を超える大ベストセラーになった、大阪市立大学の斎藤幸平の『人新世の「資本論」』に見られるように、このままでは地球温暖化を始めとした地球環境の持続可能性という観点から、もはや我々人類は、資本主義という無限の成長マシンを維持し続けられない、資本主義は放棄されなければならないという主張です。

そこには、かつてのソ連崩壊に見られた共産主義の限界を超える、晩年のマルクス研究から読み解かれた循環型社会の姿が示されています。そして、そこでの人々の活動の中心となるのが、「コモンズ」という共有財産です。例えば、空気も水も空も海も、こうしたコモンズの一部と考えられています。新しい資本主義実現会議のメンバーでもあり、渋沢栄一の玄孫でもある渋澤健が創業したコモンズ投信という投信会社の名前も、この「コモンズ」を意識して付けられたものだそうです。

こうした脱資本主義的な考え方は、国連での演説でも話題になった、スウェーデンの女性活動家グレタ・トゥーンベリなど、ジェネレーションZ(1990年代後半から2010年代にかけて生まれた世代)と呼ばれる若い世代が持つ、強い危機意識を反映したものです。因みに、斎藤幸平は彼女より一回り上のジェネレーションY(ミレニアル世代、1980年代から2000年代初頭にかけて生まれた世代)と呼ばれる30代の世代で、今、ベンチャー界隈では、このジェネレーションYが中心世代となっています。

資本主義を象徴するアメリカという自由の国で、自ら「民主社会主義者」を名乗り、北欧型の社会民主主義を目指している民主党上院議員のバーニー・サンダースが、常にアメリカの大統領候補として名前が挙げられるのも、今の時代を象徴していると言えます。

このように今、資本主義という世界経済のフォーマットは大きな岐路に立たされています。岸田内閣は日本発の新しい資本主義の姿を打ち出し、それを世界に向けて発信しようとしていますが、ここ30年間成長を止めてしまった日本という国から、世界に先駆けて何か新しい提案ができるのかどうかに注目しています。単純に成長ができなくなってしまったということと、積極的な脱資本主義ではその意味するところが違います。

日本企業の持続可能性も、資本主義という世界を支配する大きなシステムに掛かっていますし、その中で日本がどのような経済の姿に向けて舵を切るのか。これからの「新しい資本主義実現会議」の議論の行方には、大いに注目していきたいと思います。

著者

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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