VUCAの時代を長寿企業が切り拓く
目次
利己主義から利他主義へ。短期ではなく長期視点に立つべき。新型コロナウイルスの蔓延はビジネスを根幹から変えてしまった。
このゲームチェンジの時代において日本の長寿企業に世界の注目が集まっているという。その真相を日本経済大学大学院 特任教授であり、一般社団法人100年経営研究機構 代表理事である後藤俊夫氏に伺いました。
パンデミックに打ち勝つ術は日本の長寿企業に聞け
2020年初頭より蔓延したコロナ感染症の中で、海外メディアは我が国の長寿ファミリービジネスを高く評価し、筆者にも米国のニューヨークタイムズ(NYT)、三大テレビ局のCBSを始め、韓国テレビ局などのインタビューが相次ぎ、その関連で米国ハーバードビジネススクールとのウェビナーも始まった。
NYT紙は、“日本の1000年続く長寿企業はコロナ感染症に打ち勝つ術を知っている”という特集を掲載した(2020年12月5日付)。その要点は長期存続の最大の要因が伝統と安全性の重視にあるとし、自社の短期的な利益を最優先してはならないという自戒並びに先祖から伝わる教訓の重要性を指摘している。記事掲載に先立って筆者が受けたインタビューは2時間半に及び、我が国ファミリービジネスの社会経済に占める重要性、長い歴史と教訓、経営理念と広範囲に及んだ。
こうした国内外の報道は2020年5月に長寿企業を対象として実施した緊急アンケートが発端である。非常事態宣言が全国に広がり、小売店や旅館などが1カ月以上にわたって営業停止を余儀なくされている厳しい時期に敢行した調査には、多様な業界・地域から1000年続く企業3社を含む合計95社の回答をいただいた。その中で、「現状の手持ち資金でどのくらい持ちますか?」という質問に対して、81.6%が「半年以上」と答え、中でも「2年以上」が27.2%を占めた※1。
日頃から長期的な視点で手堅い商売に専念し、得られた利益をできる限り内部留保する。「リスク発生は常態である」と考えて、常に備えを怠らない。その結果が高い手元流動性となっている。一方、こうした危機的状況で発揮される日頃からの地域社会との密接な協力関係、それを踏まえた地域ぐるみのレジリエンスはファミリービジネスの強みであり、国内外のメディアが等しく報道したところである。まさに、厳しい経営環境要因はファミリービジネスの耐性を測定するリトマス試験紙でもあり、長寿企業の一般企業と比べた特徴が鮮明に示された。
ファミリービジネスが長命である6つの要因
あまり知られていないが、ファミリービジネスは日本の全企業の96.9%を占めるだけでなく、全雇用者の77.4%を雇用している。上場企業においてもファミリービジネスが占める比率は49.3%と高い※2。
したがって、日本が長寿企業大国である要因とは、我が国ファミリービジネスの長寿要因でもある。20年以上にわたる研究の結果、筆者は長寿経営を実現する要因を以下6つに要約している。
第一に、「短期10年、中期30年、長期100年」に代表される長期的視点に立った経営である。短期10年は後継者を定め、教育して承継する期間である。中期30年は自ら経営の任に当たる期間、長期100年は3代先まで見据えた準備を意味する。
第二に、短期の急速成長を戒める身の丈経営である。目前に大きな成長機会が見えても、事業の目的である存続を重視して場合によっては成長を抑える。
第三に、自己優位性の構築・強化である。今日のコアコンピタンス重視、ドミナント経営と呼ばれる経営手法が既に100年以上前から実践されてきている。100年の間に発生する市場や社会の環境の変化にも、自己の強みを生かした事業多角化で対応する。
第四に、利害関係者との長期にわたる信頼関係である。祖父、父、子息と3代にわたって従業員である例は珍しくなく、顧客、取引先、地域社会との関係でも同様である。
第五に、安全性への構えである。金融機関からの融資や上場による他人資本への依存回避など、財務面だけでなく、独立性という視点からも重要である。これらが家訓として、代々受け継がれていく点こそ、長寿企業の特徴であり、そのDNAと言ってよいだろう。
最後に、次世代へ継続する強い意志であり、我が国を長寿企業大国とした最も重要な要因である。「家を続ける」という認識は、封建時代から明治時代、そして第二次世界大戦終了まで、我が国の重要な価値観であり、あらゆる犠牲を払って家の存続に努めてきた。次世代へ継続する強い意志は必ずしも海外諸国は同じではない。
最大の長寿要因である「利他経営」とは?
実は、最大の長寿要因は日本に永らく続く「三方よし」および「企業は社会の公器」に代表される経営思想であり、これを筆者は「利他経営」思想と名付けている。「三方よし」は、近江商人が遠地に行商する中で会得した「売手よし、買手よし、世間よし」思想であり、それが昭和30年代以降に「三方よし」と命名された。「企業は社会の公器」は筆者の調べによれば、渋沢栄一が初めて1871(明治4)年に提唱し、松下幸之助をはじめとして多数の経営者が経営の現場で発言し、実践を続けて来た重要な思想である。
「三方よし」も「企業は社会の公器」も日本が世界に誇る経営思想であるが、英語や中国語で講演する際に、説明が長くなりがちである。そこで、筆者は内容に着目して、国際的に通用する「利他経営」という表現を用いている。「利他経営」は、稲盛フィロソフィーでも「私欲なかりしか」と自省するように、常に社会公益を重視する。それは相互扶助につながり、他者が危機に直面した際に「ご恩返し」という支援活動に結実する。また、地域や業界などを広範に直撃する大危機の場合は、地域ぐるみや業界ぐるみの一団となった対策を生む。
日本における利他思想の歴史はじつに長く、古代・中世の慈善救済に遡る。聖徳太子は四天王寺に四箇院(敬田院・悲田院・施薬院・療病院)を建てたと伝えられ、光明皇后は西暦730(天平2)年に施薬院を設けて薬草を病人に施し、孤児を収容した。こうした長い歴史につながり、仏教・神道に起源をもつ利他思想、さらに儒教を加味した18世紀初頭の石田梅岩による「石門心学」などを基礎とした「利他経営」思想を、日本の長寿企業が伝承し、長寿企業大国日本を根底で支えている。
ポストコロナ時代の見本は長寿企業にあり
多くの企業が明日の経営の姿について悩む今日、私は『実はすぐ近くに答えがある!』と言いたい。長寿企業は、まさにポストコロナ時代の経営管理や考え方の見本だからである。筆者が「ポストコロナの経営の答えは長寿企業にある」と主張する要因は次の2点である。
第一は、常にリスク到来を前提とした経営をしている点である。2016年の「世界経済フォーラム(ダボス会議)」で「VUCAワールド」という表現が使われ、世界的な共通認識となった。しかし、長寿企業は100年以上前からVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)を体感し、それを前提とした経営を続けてきたから現在がある。
今回のコロナ下で、船橋屋(東京・江東区、1805年創業)の7代目会長は、従業員を集めて「未曾有と言われているが、こうした危機は10年に1回ある。うちはずっと対応してきたから今がある」と述べ、従業員の団結が生存のカギと呼びかけた。実は過去100年間を調べると、未曾有と称される巨大危機は政治社会的危機、自然災害、技術変革など計16件が発生しており、平均6年に1度の危機到来は未曾有というよりも常態であり、それが加速化しているのが現代である。
第二は、利他主義の重要性である。コロナ下の数多いマスコミ論調で反響を呼んだ一つは、フランスの経済学者・思想家のJ・アタリがNHK番組で発言した次の内容であった。
「パンデミックの中では、連帯のルールが破られ、利己主義が横行し、経済的な世界においても孤立主義が高まる危険性が強く、排外主義的なポピュリズムが台頭している。そうした中で、バランスの取れた連帯の輪を拡げる必要性があるが、今回の危機に直面して、人類に対して「利他主義」への転換を求めたい。…パンデミックという深刻な危機に直面した今こそ『他者のために生きる』という人間の本質に立ち返らねばならない。協力は競争よりも価値があり、人類は一つであることを理解すべきだ。利他主義という理想への転換こそが人類サバイバルのカギである」
氏は『21世紀の歴史 未来の人類から見た世界』(原著2006年)で既に利他主義の到来を、『危機とサバイバル 21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(同2009年)で、「今後10年以内にパンデミック発生の恐れがある」と予言している。氏は利他主義を「最善の合理的利己主義」と呼ぶ。
利他主義は片務的と双務的に二分され、前者が見返りを求めないのに対し、後者は見返りを期待して相手の利益に合った行動を行う。アタリの合理的利己主義は自らの利益を実現するための後者で、テレビ番組で司会者が確認していた通り、双務的利他主義は「他者の利益のためにすべてを犠牲にすることではなく、他者を守ることこそが我が身を守ること」である。
また、ドイツの哲学者M・ガブリエルも倫理資本主義の提唱で注目を集めた。彼は、「COVID-19の蔓延により、人々が一斉に倫理的な行動をとった」とし、「おそらく人類史上初めて、世界中で人間の行動の完全な同期がみられた」と評価した。コロナ感染が資本主義の行方にどのような影響を与えるか、慎重な分析が求められるが、彼の「危機は倫理的進歩をもたらす」及び「倫理や道徳が世界の価値観の中心となる“倫理資本主義“が大切になる」という主張は、上述したJ・アタリとも一部共通する。
いずれも、ポストコロナ時代の経営管理や考え方の見本を示すと共に、上述したように実は多くのファミリービジネスが長期にわたって実践し、長寿ファミリービジネスが体現してきたところである。危機というリトマス試験紙が明示した短期の利益を追わない、強い危機感を共有した危機対応、地域一体型レジリエンス、外的利害関係者重視、並びにこれらに基づく利他主義の長期継続的実践。これらはまさに汲めども尽きぬ教訓の宝庫と言えるだろう。
※1『ファミリービジネス白書2022年版 未曽有の環境変化と危機突破力』p.148-194。
※2『ファミリービジネス白書2015年版』及び『ファミリービジネス白書2018年版』
著者
後藤 俊夫 氏
日本経済大学大学院 特任教授
一般社団法人100年経営研究機構 代表理事
1942年生まれ。東京大学経済学部卒。大学卒業後NEC 入社。1974年ハーバード大学ビジネススクールにてMBA取得。1997年から1999年まで(財) 国民経済研究協会・常務理事(兼) 企業環境研究センター所長。1999年静岡産業大学国際情報学部教授、2005年光産業創成大学院大学統合エンジニアリング分野教授を経て、2011年より日本経済大学渋谷キャンパス教授に就任し、同経営学部長を経て、2016年4月から現職。2015年(一社)100年経営研究機構設立、代表理事に就任。経営戦略(企業の持続的成長) を専門分野とし、日本における長寿企業、ファミリービジネスの第一人者。国内外の大学における教育活動及び大手企業など各方面での講演・セミナーを積極的にこなしている。
主な近著:『ファミリービジネス白書2022年版 未曾有の環境変化と危機突破力』(監修) 2021年、白桃書房。Longevity and disruption: Evidence from Japanese family businesses. In The Routledge Companion to Asian Family Business (2021). Routledge。