榮太樓が挑む「温故知新」――日本橋の街とともに進化を続ける
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1818年創業の老舗和菓子店、榮太樓總本鋪。4月に社長に就任した細田将己氏は、伝統の味を守りつつ、現代に合った和菓子のあり方を模索し、量販店での商品展開など、老舗らしからぬ挑戦を続けています。その根底にあるのは、お客様に愛され続ける店でありたいという信念です。200年以上の歴史を持つ家業への思いと、本店を構える日本橋の街について、細田氏に伺いました。
お話を聞いた方
細田 将己 氏(ほそだ まさき)
株式会社榮太樓總本鋪 代表取締役社長
1973年東京都生まれ。マサチューセッツ州Bentley University卒業後、三井物産を経て2007年に榮太樓總本鋪に入社。2019年より細田協佑社社長。2023年より12代目榮太樓總本鋪社長。
老舗の敷居に固執せず、自らお客様に寄り添っていく
スーパーやコンビニのキャンディのコーナーで、「しょうがはちみつのど飴」という商品を見かけたことはないでしょうか。榮太樓の人気商品の一つです。パッケージにも「日本橋 榮太樓」と記載しています。しかし、「榮太樓だから」という理由でこの商品を手に取ってくださる方は、それほど多くないと思います。たくさんの商品がひしめき合う量販店では、お客様が見ているのは商品名と中身です。
榮太樓は江戸時代から続く和菓子屋です。幕末の頃、日本橋の魚河岸に集まる人を目当てに始めた金鍔の屋台売りが評判となり、やがて日本橋に店舗を構えました。戦後になると、百貨店を中心に販売を行うようになりました。
デパ地下に有名店が揃うのは今でこそ当たり前の光景ですが、実は私の祖父が、その原型を作った一人です。東京の老舗が一緒に店を出し、お客様が贈答品を選べる場所をつくって喜んでもらおうではないかと構想し、東急電鉄と協力し合って1951年に誕生したのが、渋谷の「東横のれん街」です。
百貨店での商売では、ブランドを前面に出す必要があります。榮太樓の商品を弊社の包装紙で包み、ショッピングバッグに入れて、榮太樓のギフトが完成します。多くの老舗店がこのやり方で、お客様に支持され愛されてきましたが、今は百貨店が苦戦しています。時代とともに、お客様のお菓子の楽しみ方も購入される場所も変わったのです。ただでさえ和菓子離れが進んでいるといわれるなか、まずは私たちが作る和菓子をお客様に手にとってもらい、おいしいと喜んでもらえることが私たちにとって何より大事なことであり、それには老舗の伝統にあぐらをかかず、こちらからお客様の生活圏に入り込んでいく努力が必要でした。
伝統の味を守りながら新しい挑戦を続ける
そこで私たちは、百貨店を中心にした従来の店舗展開と並行して、量販店向けの商品の開発や、新たな販売チャネルの開拓に挑戦してきました。数ある老舗店の中でもいち早く方針転換に踏み切ったことから、榮太樓も落ちたものだ、おしまいだと揶揄する声もあったようですが、今となっては、「英断でしたね」、「どうやったらできるんですか」、と称賛されることも多いです。
とはいえ、その道のりでは、社内での意見衝突が幾度となくありました。日本橋の老舗同士のコラボには好意的でも、コンビニに商品を出すことや、アニメとのコラボ商品を展開することに対し、先代である私の父やベテラン社員が、難色を示すのです。しかしそれは、「榮太樓らしくない」といった好みや感覚的なもので、私にしてみると客観的な意見ではないように感じられました。
榮太樓には、創業当時からの和菓子の製法と材料へのこだわり、熟練した職人にしか出せない餡や飴の味があります。これらを変えることはしたくありませんが、その表現方法には本来、縛りはありません。自慢の金鍔も元をたどれば屋台売りの、手づかみで気軽に食べていただくストリートフードです。老舗として守るべきことと新しくしていくことを、うまく両立していくことが大事なのだと説明を繰り返すうち、社内の価値観もずいぶん柔和になりました。
おかげで最近は、コラボ商品のご相談などをいただく機会がとても増えました。業界内で、「榮太樓は柔軟に対応してくれる」という認識が醸成されたからだと思います。もう一つには、榮太樓が確かな品質と味を提供する企業だと、業界の方たちがご理解くださっている証拠でもあります。コラボ商品にしろ量販店展開にしろ、パイは限られています。業界での評価と信頼がなければ、私たちを選んでいただくことはできないでしょう。B to Cを開拓しようと思ったら、まずはB to Bを大切にすること。これは、業界が違っても共通していえることだと思います。
進化する日本橋の街とともに一層輝きたい
本店を構える日本橋が今、大規模な再開発のさなかにあります。この町で働く人や訪れる人の世代交代が進み、その中には榮太樓とまだ接点のない方も多くいらっしゃいます。創業200周年事業の一環で、それまでやや格式張っていた本店をカジュアルで誰でも気軽に入りやすいデザインにリニューアルしたのも、街の変化や人々のライフスタイルの変化に合わせていくためです。
日本橋は、なんともいえない魅力のある街です。老舗の海苔屋、鰹節屋、お茶屋、和菓子屋がどんと店を構える一方で、証券会社、デベロッパー、外資系企業が多数集中し、大手町や丸の内とは違う独特な雰囲気を持っています。「銀座には高級品がある。日本橋には一流品がある」。私の大叔父が見事に言い当てた言葉です。もともとは庶民の町でありながら、文化の発信地として栄えた歴史が、日本橋を風格のある街に育てたのでしょう。
ただ、戦後復興の歩みの中で、どちらかといえばビジネス色の強い街になってしまいました。進行中の再開発では地域一帯を江戸の頃の賑わいを取り戻すべく全面的にリニューアルし、遊びに来て楽しい街、何度も訪れたい街にしていく計画です。空を覆っていた高速道路の撤去も進んでいます。
日本各地でインバウンド特需が起きていますが、日本橋ではまだ大きな現象というほどには至っていないように感じます。銀座や浅草、歌舞伎町などに比べると、外国の方には個性がやや伝わりづらいのかもしれません。お客様をお迎えする立場としては、インバウンドのお客様ももちろん歓迎ですが、何よりもまず日本に暮らす人が、日本橋に興味を持ち、訪れ、面白い街だと思ってくださることが第一です。日本人にとって魅力的で価値がある街であって初めて、外国の方にも関心を寄せていただけるのではないでしょうか。インバウンドを意識して刹那的な取り組みをするようなことは、したくないと思っています。
榮太樓の金鍔は、四角ではなく丸い形をしています。珍しいといわれますが、もともと金鍔といえば丸いものが主流でした。金鍔の鍔は、刀の鍔(刀の柄と身の間にはめられる丸い板状の金具)に由来しており、武家を中心とした街である江戸に誕生し、喜ばれた菓子。まずはそんなところから、日本の方に榮太樓に親しんでいただきたい。本物の東京土産を買うなら、榮太樓を選んでいただきたい。日本橋の魅力を知っていただきたい。その先に、インバウンドがつながっていくのではないでしょうか。進化を続ける榮太樓と日本橋の街に、ぜひご注目ください。