かまぼこ屋が挑戦する社会課題の解決と地域創生
〜かまぼこの魅力、小田原への感謝、地球環境への思い〜
目次
小田原かまぼこの老舗、鈴廣かまぼこの代表取締役社長である鈴木博晶氏は、日本が将来直面する食料問題や、人間によって脅かされている自然環境の保全などの社会課題の解決に、かまぼこづくりを通じて取り組んでいます。名だたる老舗企業でありながら、なぜ壮大な挑戦を続けるのか、同社が掲げる「なつかしい未来」とはどういうことなのか、お話しいただきました。
お話を聞いた方
鈴木 博晶 氏
鈴廣かまぼこ株式会社 代表取締役社長
大学卒業後、ベーリング海での工船勤務を経て、1978年鈴廣かまぼこ株式会社へ入社。1985年に代表取締役に就任(現職)。小田原かまぼこの伝統を受け継ぎ、安心安全の天然素材100%のかまぼこづくりに努めている。2018年まで全蒲連(現日本かまぼこ協会)第8代会長を務め、かまぼこの需要創造に尽力。2021年水産功績者表彰を受賞。
非常時にも雇用を守ることが企業存続の一要件
鈴廣は1865年(慶応元年)、魚商が軒を連ねる小田原代官町(現在の神奈川県小田原市本町)で創業し、2015年に創業150年の節目を迎えました。長い歴史の間には、多くの困難に直面しています。祖父の代には、関東大震災で店も工場も倒壊しました。最近では、2015年の箱根山大涌谷の火山活動活発化の影響で、観光客需要が激減したこともありました。
コロナ禍では小田原や箱根の観光地から人の姿が完全に消え、私は思い切って店を何カ月か閉める決断をしました。しかし社員が安心して戻ってこられるよう、人員や給与の削減は行わず、パート含め、自宅待機の状態であっても全額支給しました。
会社としては非常に苦しい状況でしたが、のちに営業を再開した時、「自宅待機を経験してみて、会社に来て働くことがどれだけ気持ちのよいことなのか、よくわかりました」という言葉を何人かの社員からかけられ、この判断は間違っていなかったと思いました。働ける環境を保障することの大切さも、実感しました。
コロナ禍の沈静化とともに、小田原もにぎやかさを取り戻しています。特にインバウンド観光が急拡大していますが、海外からのお客様には、日本をよく知る機会にしてもらいたいと思っています。例えば小田原では、エネルギー消費の少ない定置網漁や、温泉熱の利用、豊富な地下水を維持するための森林保全など、まさにエコでサステナブルな環境が体現されています。ただ食事や買い物を楽しむだけでなく、永続的な自然環境のモデルケースとして小田原を楽しんでもらえたらと思います。
それにはまず、日本人が日本のすばらしさにもっと関心を持つことが必要かもしれません。日本人がよいと思うものだからこそ、海外から訪れる方が見たい、体験したいと思ってくださるのではないでしょうか。弊社としても、日本に暮らす皆様にご愛顧いただいて初めて、インバウンドのお客様にも注目していただけるのだと思っています。
かまぼこを「嗜好品」から「必需品」にしたい理由
かまぼこは一年中店頭に並ぶ身近な食品ですが、食の欧米化などを背景にかまぼこ離れが進んでいます。特に板かまぼことなると、お正月にしか食べないという方もいらっしゃいます。しかしかまぼこは、現代の日本人の食生活に潜む課題を解決できる力を持つ、非常に優れた食品です。
日本人の魚介類の摂取量は年々下がる一方で、これと相関するように、たんぱく質の摂取量が減少しています。逆に牛や豚など肉類の摂取量が大きく上回るようになった結果、高齢者を中心に脂質の摂取量が急増しており、食習慣に起因する、これまでとは異なる健康被害の増加が懸念されます。
魚肉には豊富なたんぱく質が含まれており、他の食品と比べ消化性が非常によいことがわかっています。人の体内で作ることができない必須アミノ酸もバランスよく含まれています。その栄養豊富な魚肉を手間をかけずに手軽に摂取することができるのが、かまぼこです。食品を製造・販売する企業の経営者として私は、提供する食品を通してお客様の体を作り、健康を支えることが、自社の存在意義だと考えています。かまぼこを「嗜好品」から「必需品」に変えていくことは、弊社の使命といえます。
そのためには、まずはかまぼこの食品としてのすばらしさを積極的に発信し、多くの人に知ってもらう必要があります。魚肉の魅力と職人の技術向上を追求する「魚肉たんぱく研究所」の開設、博物館やレストランなどを併設する体験型複合施設「鈴廣かまぼこの里」の開設など、かまぼこの認知度向上や業態の拡大に挑戦していますが、こうした取り組みも、かまぼこに関心を持ってもらい、おいしさを知ってもらうための仕掛けのようなものです。さらに業界全体のムーブメントにすべく、日本かまぼこ協会としても「フィッシュプロテイン」をキーワードにしたプロモーションや、YouTubeでの情報発信を行い、「かまぼこ=たんぱく質」という認識を広く根付かせることを目指しています。
かまぼこづくりを通じて社会課題の解決に向き合う
私がたんぱく質を重視するのには、もう一つの側面があります。日本では人口減少が加速する一方で、世界の人口は増え続けており、2050年代には100億人に到達する見込みです。早ければ2030年には「プロテインクライシス」、すなわちたんぱく質の供給不足が起こるといわれており、すでに培養肉や食用コオロギなど、代替たんぱく質の市場が注目されています。
しかし海の中には、サイズが小さい、見栄えが悪い、漁獲が安定しないといった理由で市場に出回らない「未利用魚」がたくさんいます。そして魚は、うまく管理すれば、自然と増えてくれます。未利用魚からは、真っ白いきれいなかまぼこはつくれないかもしれませんが、たんぱく質の供給源としては、昆虫食よりも現実的で大きな可能性を秘めた資源なのです。魚肉を扱う企業として弊社は、未利用魚の利活用等の研究開発を通じて、社会課題の解決に貢献していきたいと考えています。
太陽光発電システム、太陽熱利用給湯システム、地中熱換気システムなどの導入や、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)本社屋の建設など、環境保全につながる取り組みにも注力していますが、これはいってみれば罪滅ぼしのようなものです。かまぼこをつくるために、海を自由に泳ぐ魚をごっそり捕まえたり、製造工程でたくさんの水を使用したり、人間の勝手な都合で、地球にダメージを与える行為を日々繰り返しているのですから、環境保全活動は地球に対してのせめてもの気持ちであって、胸を張れるようなことではありません。
本当に地球に優しくしたければ、人間が何もしないに越したことはありません。そうはいかないので、SDGsやカーボンニュートラルという形でなんとか折り合いをつけているのであって、それを人間活動の詭弁の材料にしてはいけないと思っています。「地球さん、ごめんなさい」と唱えながら、せめてやれることにこつこつと、私たち一人ひとりが取り組んでいくしかないのです。
こうした環境への取り組みも、鈴廣が生まれ育った小田原という地域との共生の一つです。地域貢献というと大げさですが、158年もの間、この地で営みを続けて来られた幸運とめぐりあわせに感謝して、「なつかしい未来」を地域の皆様とつくっていけたらと願っています。小田原にはさまざまな魅力が潜在しています。私個人としても、小田原城の天守を木造で復元するプロジェクトを仲間と立ち上げ、その理事長として10年ほど活動しています。
危惧していることの一つは、小田原の海岸の砂浜がこの数十年で大きく後退していることです。景観の問題だけでなく、防災の観点からも、砂浜を取り戻すことは急務の課題であり、解決のための勉強会を行うなど、対策を始めています。小田原が「ここに住みたい」「ここに生まれてよかった」と思える地域であり続けるために、できることに今後も取り組んでいく所存です。