ビッグデータと企業経営
14-8. 組織を強くするためのAIの使い方を考える

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不動産流通業のワークフローを分解すると29工程に

私が行った、業務をタスクごとにするワークフロー分解として、2004年に不動産流通業の事例があります。家などの不動産の売買をサポートする宅建業者の仕事を分解してみました。

家を売却したい顧客に対して、宅建士は何をするか。まず、家を売りたい人を探す①「集客」を行います。そのためにチラシをポスティングしたり、DM(ダイレクトメール)を送ったり、テレビ広告を出したり、さまざまなことをして店舗への来店を促します。最近はインターネットを通じてオンラインでの問い合わせも増えています。

顧客が来店したら②「受付・売却相談」を行い、③「税金・資金アドバイス(概算)」を行います。④で「価格査定」をして、いくらで売れそうなのかを伝えます。

次に、物件を売るのに必要な取扱説明書のようなものを作成するために⑤「物件調査」を行います。権利関係や法令関係がどうなっているか。建物の周辺に埋蔵文化財みたいなものがあるか。目の前の道路は私道か、公道か、道路幅員はどれくらいか。火葬場などの嫌悪施設や、よくトラブルになる高圧線の位置なども調べます。最寄り駅までの距離や、その駅から集積地(中心地)までの移動時間、周辺環境を含めて調査します。

その上で、⑥「意見価格の提示・売り出し価格の決定」を行い、合意すれば⑦「媒介契約締結」となります。媒介契約には、専属専任媒介契約、専任媒介契約、一般媒介があり、契約後に商品として売り出すために物件調査した情報を一覧として整理する⑧「物件情報化」を行い、国土交通大臣が指定した⑨「指定流通機構(REINS)登録」をして⑩「売却活動」に入ります。

次に、不動産ポータルサイトやメディアなどへの⑪「広告出稿」を行い、営業活動した結果として「先週は問い合わせが5件ありましたが、成約に至りませんでした」などと⑫「売り主への営業報告」を行います。なかなか買い主が見つからなければ「今5,000万円で売りに出していますが、4,950万円に値下げしてはどうでしょうか」と⑬「値下げ提案」します。3カ月間の媒介契約期間が満了となったら、⑭「媒介契約更新」を行うかどうかを決め、買い主候補が見つかったときには⑮「物件案内・結果報告」をして、⑯「売却条件の交渉・合意」して、売買契約に至ります。その後も、エスクロー業務という「契約・引き渡し業務」があります。

⑰「契約日時の案内」を行い、⑱「重要事項説明書の作成」を行います。⑲「契約書の作成」をして、契約書に基づき買い主に対して⑳「重要事項説明」を行います。こうしたプロセスを経て、最終的に㉑「契約」となり、そのときに仲介手数料を受け取ります。

その後の支払計画についてもサポートし、㉒「中間金の受け渡し」、そして㉓「借入金返済の申し込み」、物件の㉔「引渡し日の案内」、㉕「残金決済引渡しの準備」、そして㉖「残金決済・引渡し」があり、㉗「登記の実行」を行います。㉘「権利証の返却」をした後、物件の不具合の確認などの㉙「アフターフォロー」に入るというように、全体を29工程のタスクに分解しました。

この29工程のタスクを全部、AIが代替できるわけではありません。一体どのタスクがAIで代替できるのでしょうか。買い主をサポートする場合のワークフローは20工程になりましたが、先に紹介したドバイでの取り組みのように売り出し価格を提示することは、AIが価格を決めることができるので、機械に任せてしまっていいのではないかと考えられます。ここに人間と機械の分業が生まれます。

宅建士が建築の仕事ができるAIの開発に挑戦

AIができるからといって、すべての業務をAIに任せるわけではありません。人間が得意でも機械に任せた方がいい場合もあれば、機械が得意だけれど人間しかできない仕事もあります。機械はコストが掛かるので、そのコストに見合った代価を得られるかどうかも重要です。

この研究では、売り側の29工程、買い側の20工程について、大手7社の不動産流通会社の営業マン100人に協力してもらって記録を取りました。どの工程にどれぐらいの時間とコストを掛けているか、それらを集計した結果をグラフにしました。売りも買いも「集客」にもっとも時間とコストが掛かっています。売りの場合、その次は「物件調査」で、「売却条件の変更」などにも大きなコストが掛かっていました。

次に、どの業務を人間がやったほうがいいのか、機械でやったほうがいいのかを検討する必要があります。経営者は、事業構造を正しく理解したうえで、業務フローをタスクに分解し、それらの費用構造を分析した上で、人間とAIとの分業を決定していくことになります。

AIの力を使うことによって、今までできなかった仕事ができるようになり、仕事の幅が広がることがあります。今から7、8年前に、私の出身地である大垣市に空き家バンクを作るプロジェクトを、大垣市役所と地元の不動産業者と一緒に行いました。

空き家の売買では、宅建士にいくらの報酬が入ってくるのでしょうか。原則としては、売買契約された金額の約3%が仲介手数料になります。

しかし、空き家になっている物件は、価格がほぼゼロ、建物の解体費用を含めるとマイナスになっている物件もあります。空き家という社会課題への対応は非常に重要であると誰もが認識していますが、宅建士が物件調査、重要事項説明書の作成、契約事務をやったとしても、売却価格がゼロなら、ボランティア(無報酬)になってしまいます。

ある宅建士は「空き家対策で私たちができることはすごく多い。しかし、儲かるのは物件をリノベーションする建築士だけですよね」と言いました。そのときに「もし、宅建士がリノベーションを提案できる建築の知識を身に付けられたら、どうだろうか」と考えました。

そこで、私たち研究チームは、機械の力を使ってマンションや戸建て住宅の図面を自動的に作成し、リノベーションやリフォームのコストを自動的に予測できるソフトウェアの開発に取り組んでいます。LiDAR(ライダー)測量という技術があります。スマートフォンを使って、室内を撮影するだけで、壁や床などの点群データを得られる技術です。

この3DデータをもとにBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)という設計システムで3次元モデルを構築します。その中から建物の属性情報、例えば「ここに開き戸がある」「床の面積がいくらある」「壁の面積がいくらだから、クロスを張り替えると費用がいくら掛かる」ということが分かるAIの開発を進めています。

このようなAIが開発できると、中古流通市場の活性化だけでなく、空き家対策でも活躍できるようになり、ビジネスも広がりを持つようになります。これがAIによってもたらされる新しい世界です。

人間とAIが共存するために乗り越えるべき問題は

人間とAIが補完し分業し合うことで、さまざまな形のDXを社会全体で進めることができるというイメージが湧いてきたと思いますが、人間とAIが共存していくうえで重要になるのが倫理的ジレンマという問題です。

有名な「トロッコ問題」があります。制御不能となったトロッコを別の路線に引き込める権利を自分が持っています。トロッコの先に5人の作業員がいて、このままトロッコが進むと5人の作業員は亡くなってしまいます。切り替えた先には1人の作業員がいます。このまま5人を見殺しにするのか、犠牲者を1人にするのか。そのときに自分はどう行動すべきかという問題です。

これと同じような問題が、自動運転でも出てきます。自動操作できる機械に人間の倫理的な選択をコード化する代わりに、人間が関与する余地を残すことで自動運転の導入が進められているのが現状です。こうした問題が至るところで出てきます。

2013年に著名なマイケル・オズボーン教授がカール・フレイ氏とともに「今後10年から20年でなくなる職業」を予測しました。その中に、スクールバスの運転手がなくなる確率は89パーセントとなっていました。

スクールバスの運転手の仕事を定義すると、児童や生徒を自宅の近くから学校や幼稚園、保育園に安全に届ける仕事です。安全に届けるうえで、安全に運転する技術は重要な要素の1つです。安全に運転する技術は、自動運転によって置き換わり、スクールバスの運転手がいらなくなるかというとそうではありません。安全に運転する技術だけで、児童を安全に届けることはできないからです。

過去には園児が車の中に取り残されて、そのまま脱水状態になって亡くなるという不幸な事故が起こりました。これは安全に届けることを怠ったことになります。必要なのは教師のように振る舞い、児童や生徒に目を行き届かせる力なのです。自動運転は、人間から運転をするというタスクを奪っても、スクールバスの運転手という仕事を奪うわけではありません。AIによって必要とする適任者の資質が変化するのです。

組織を強くするためのAIの使い方を考えるには

経営者が行うべきことは、AIと人間の役割を決め、企業がどの方向に向かっていくのかという「海図」を作ることです。テクノロジーの進化は、業界だけではなく、社会をも変えてきました。AIなどの新しいテクノロジーによって、現代社会は第4次産業革命と呼ばれる大きな変革の中にあります。10年後、まったく新しい社会構造や業界構造に変化することは間違いないことを前提として、中長期的な舵取りを行うための長期ビジョンをつくり、航海に必要な正確な海図をつくって戦略を策定することが重要になります。

では、DXを促進する担当者はどうしたらいいのか。単に新しいテクノロジーを導入するだけではなく、会社全体をデザインしていくことが必要です。経営企画室や社長室など経営判断ができる部署が、DXプロジェクトを担っていくべきでしょう。

トロント大学のアジャイ・アグラワル教授による『予測マシン』の本でも「あなたのビジネスがどこで終わって、他人に任せるのはどこからか?」という非常に大きな課題が指摘されています。AIはビジネスの境界を一変させる可能性を持っています。それは、AIが資本設備、データ、人材といった企業資源の管理方法に変化をもたらすからです。

AIによる便利さや短期的な効率化によって、人材の専門性が強化されるかもしれません。その一方で、人間の専門性が弱体化する可能性もあります。機械に依存しすぎることで人間の知識や経験が劣化して力が低下してしまう。それによって企業の力が衰退してしまうようでは問題です。組織を強くするAIの使い方、DXの進め方がある一方で、組織を弱体化させてしまう使い方もあります。AIによって組織の生産性を向上し、持続可能性の高い集団づくりに寄与する方法を考える必要があります。

短期的な成果と長期的な成果の間にはトレードオフがあります。このトレードオフの中には、組織にとって重要な選択が必ず出てきます。外部の下請け企業にどれだけ頼るのかも、これまでの企業の戦略の中で考えられてきたことです。それによって自分たちの企業にどのような影響がでてきたのか。同様に、AIを丸投げすることで、自分たちの企業にどのような影響が出てくるのかを考える必要があるのです。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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