相関関係と因果関係を混同する人は要注意
〜意思決定の質とスピードを上げる「科学的思考法」〜

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ある経営戦略が成功したとしても、それが偶然だったのか、必然と言えるものだったのかで、次の打ち手は違ってきます。それを見抜くものが「科学的思考法」です。日米のビジネススクールで教える牧兼充先生に、因果関係を徹底的に追い求める「科学的思考法」の本質とそれに基づくイノベーションの起こし方を伺いました。

因果関係と相関関係の違いを知る

何が原因となって、どんな結果が生じるのか。その因果関係を推論する手法が「科学的思考法」です。科学的思考法は実務において意思決定の質を高めるスキルです。経営に携わっていると、さまざまな事象に直面しますが、偶然などに惑わされず、因果関係をしっかりと見抜く力が科学的思考法の本質といえます。それにはまず、因果関係と相関関係の違いを知っておかなければなりません。

Aが増えるとき、同時にBが増えるということがよくあります。それを相関関係と呼びますが、その中には片方が結果、もう片方が原因とは必ずしもいえないケースが多く存在します。一方、因果関係は、Aが原因となってBという結果が生まれたと厳密に言い切れる場合のことです。これは簡単に見えて証明することは極めて難しいのです。

たとえば、ある研究者がファミリーレストランを観察したところ、太っているお客さんたちはみんなダイエットコーラを飲んでいました。それを見て、その研究者は、ダイエットコーラは人を太らせると結論付けました。これは明らかに間違っています。ダイエットコーラが人を太らせるのではなく、太っているからダイエットコーラを飲んでいるのです。このように、見た目の相関関係はあっても因果関係のない事例は数多くあります。

科学的妥当性を担保する4つの条件

科学的思考法を使うには、科学的に妥当であることが必要です。ある事象を評価するときの科学的妥当性には4つの条件があります。

① 経験則・持論ではなく、データに基づいていなくてはならない
② 「AならばB」という因果関係を示していなくてはならない
③ 再現可能でなくてはならない
④ 測定しているものと概念化しているものが一致しなくてはならない

世界の先端の学術研究はこれらの条件を全部満たしています。①と②はおわかりでしょう。③は、1度できたことはほかの場所でもできないといけないということで、その事象を一般化できるかということです。④は、たとえばIQテストも、本当に頭のよさを測っているかどうかはわかりません。あるいは、100人に聞いて80人がよい戦略だと言ったとしても、本当によい戦略なのかは微妙です。これらはともに測定しているものと、頭のよさやよい戦略など概念化しているものが一致していない例です。科学的思考法を身に付けると、偶然の一致にすぎないものなど、科学的妥当性がない嘘の言説を見抜くことができ、結果として意思決定のミスを減らすことができるのです。

よく「ほかの会社でこうやったらうまくいったから、うちの会社でもやってみよう」という経営者がいます。しかし、他社の成功事例を自社にあてはめて、うまくいくでしょうか。抱えている課題は違うし、状況も違うのだから、そのほとんどは失敗に終わります。科学的妥当性として、4つの条件を満たしているかどうかを考えることによって、ほか会社のやり方を安易にまねすることが避けられます。

経営の意思決定においてエビデンスの重要性が増しています。たとえば、お医者さんに頭痛薬を処方され、なぜこの薬を出したのかと聞いて、「長年の経験からの私の勘です」と言われたら、そのお医者さんを信頼できなくなるでしょう。でも、経営者から「私の勘です」と言われると、もっともらしく聞こえてしまいます。マネジメントでもエビデンスに基づいて判断したほうが成功率は上がります。

昨今の経営は、経験則や勘でなくエビデンスが重視されるようになりました。それは、エビデンスとなるデータが簡単に取れるようになったからです。経営の意思決定に必要なデータを集めることが、今までより飛躍的に低いコストで可能になったため、それを生かそうと科学的思考法が注目されています。

たとえば、「このプラットフォームに広告を出している企業は、広告を出していない企業に比べてクリック数が2倍になる」「このシリアルを食べると心臓病になるリスクが下がる」というのは、前述の「ダイエットコーラは人を太らせる」と同じレベルの相関関係しかありません。そのことを理解するだけで、リテラシーは飛躍的に上がります。ロジカルシンキング(論理的思考)やクリティカルシンキング(批判的思考)などほかの思考法は、論理的に考えるところは同じですが、科学的思考法のように、因果関係を厳密かつ科学的に検証することはありません。

イノベーションを起こすアプローチ

科学的思考法を経営に取り入れる大きな利点は、イノベーションを生み出す手段になることです。イノベーションは基本的に多産多死のうえに成り立つものです。いろいろなことをたくさん試し、その中でたまたまうまくいったものがイノベーションになります。イノベーションを起こすには、たくさん試すマインドを会社の組織内に埋め込まなければなりません。これには「正解のあるイノベーション」を求める予測アプローチと、「正解のないイノベーション」を探索する、行動による創造アプローチという2つのアプローチ法があります。

予測アプローチは、プロジェクトなどをスタートするときに、分析をたくさん行ったうえで意思決定をし、成功を前提としながら目標を立ててその達成を目指す方法です。ここでの失敗は、予測した正解にたどり着かない「間違い」と考えられ、そこには学習がありません。

一方、行動による創造アプローチは、まず仮説を立て、分析はあまりせず、とりあえず行動してみる方法です。立てた仮説は間違っている場合が多く、失敗することを前提としています。ここでの失敗は仮説を棄却するという学習プロセスが生じます。その学習プロセスを数多く積み重ねていくことで、予測のつかなかったイノベーション(正解のないイノベーション)が生まれるのです。

日本の企業には、前者の予測アプローチの発想を持つ人が多いようです。しかしイノベーションを起こすには行動による創造アプローチができる組織体にすることが必要です。このとき、立てた仮説が正しかったかどうかを検証するには、そこに因果関係があるかどうかを判断するスキルがなければなりません。スキルがないと判断の効率が上がらず、結果的に成功を導き出すいい循環が起きません。そのためにも科学的思考法が重要で、実験ともいえる仮説検証をたくさん行った組織がイノベーションを獲得します。アメリカでの多くのデジタルイノベーションはこの方法で生み出されました。

それには実験を厭わない組織でないとなかなか成功までは至りません。失敗を繰り返して学習する人が高い評価を得る組織体系をつくる必要があります。経営者はそうした組織をつくるために、人事の評価システムと連動させなければならないでしょう。たとえば、シリコンバレーのあるスタートアップでは、成功・失敗にかかわらず、基本的にトライアルした数で給料を決めています。そして成功した場合にストックオプションやボーナスでプラス評価します。成功数で給料を決めると、失敗する合理性がなくなってしまうからです。

科学的思考法を身に付けるには

科学的思考法を身に付けるために普段からどのような訓練を積むとよいでしょうか。それには、Aならば Bといわれる、日常で出てきた事象にまず疑いの目を向けることです。たとえば、新聞には因果関係があるかのように書かれていて、実はエビデンスがない記事がたくさんあります。それを1日3つずつ見つけることを日課にすると、よい訓練になります。

ChatGPTを使うことも有効です。AならばBという事象があったとき、それをChatGPTに入れ、これが成り立っていない理由を10個挙げてもらいます。それだけで事象を客観的に考えられるようになり、自分の思考を研ぎ澄ますことができます。

日本は、ドラスティックな変化を苦手とする国です。失われた30年とよく言われますが、冷静に考えると実はこの30年間は思ったよりも変化しています。ただ、変化のスピードが遅いため、変化していないと感じてしまうのです。科学的思考法はドラスティックな変化ではなく、ほんの少しずつものごとを変えるとき、その方向性が正しいかどうかを評価して、軌道修正を繰り返すことができる方法です。企業が少しずつ方向性を変えるときにとても有用ですから、経営者はぜひ身に付けていただきたいと思います。

お話を聞いた方

牧 兼充 氏(まき かねたか)

早稲田大学ビジネススクール准教授

2015年カリフォルニア大学サンディエゴ校にて、博士(経営学)を取得。スタンフォード大学社会・環境工学科客員准教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校ビジネススクール客員准教授、慶應義塾大学理工学部訪問准教授、高知大学客員教授などを歴任。日米の大学において理工・医学分野での人材育成、大学を中心としたエコシステムの創生に携わる。専門は、技術経営、アントレプレナーシップ、イノベーション、科学技術政策など。経済産業省産業構造審議会イノベーション小委員会委員、内閣官房「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」構成員、経団連「Science to Startup Task Force」メンバー、文部科学省戦略的調査分析機能に関する有識者懇談会委員などを歴任し、日本のイノベーション政策に深く関わる。近著に「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」(単著、東洋経済新報社)、「科学的思考トレーニング 意思決定力が飛躍的にアップする25問」 (単著、PHPビジネス新書) などがある。 個人サイト: Kanetaka M. Maki, Ph.D. Official Site

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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