「地元の社長」だからこそできるまちおこし
〜カギは「郷土愛」と「全体最適思考」〜

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東京一極集中や少子高齢化が加速し、近年、地域経済はさらに深刻な状況に追い込まれています。地域に再び活気を取り戻すため、地元の経営者にはどのような役割が求められているのでしょうか。かつて「斜陽の街」と呼ばれた北海道・小樽市を、「ガラスの街・小樽」として一大観光都市へと押し上げ、現在も全国各地の地域創生に奔走されている木村俊昭氏に聞きました。

市役所や役場でさえ人材確保に悩む地域の厳しい実情

近年、地域の過疎化がいよいよ深刻さを増しているように感じます。とりわけ若者の流出が加速しており、第一次産業は各地で壊滅的ともいえる苦境に陥っています。もっとも、農林水産業の衰退は高度経済成長期以来の長期的な傾向ですが、昨今は地域において最も安定した働き口であったはずの市役所や役場でさえ就職を希望する学生が減少しており、人材の確保に悩まされています。

そして、圧倒的な人材不足に直面しているのが介護業界です。高齢化によりニーズは拡大する一方であるにもかかわらず、多くの自治体が慢性的な担い手不足のために十分な介護サービスを提供できていません。さらに、少子化の加速によって小学校をはじめとする大切な地元の教育機関の閉鎖や統廃合が相次いでおり、地域の将来を担う人材を自前で育てることすら難しくなってきています。

地域活性化に向けた取り組みをお手伝いするため、これまで私は全国の市町村をくまなく見てきましたが、残念ながら、近頃何世代にもわたって受け継いできた伝統的なお祭りも継続を断念する地域が増えています。国全体の人口が減少する中で、地域活性化を目指す経営者の方々が着手すべき喫緊の課題は、何よりもまず地域での人材戦略、眼前の人口流出を食い止めることにあると認識すべきでしょう。

成功のカギは「郷土愛」と「全体最適思考」にある

若年層が流出する要因は、次の2つに大別できます。

1つは、都市生活に対する憧れです。若い頃に都会のにぎやかな暮らしに心を奪われるのは仕方がないことかもしれませんが、首都圏の大学に進学して、いったん故郷を離れると、大抵はもう戻ってこない、という嘆きをよく耳にします。

もう1つは、地域の職種が限定的であることです。大学生や高校生を対象としてアンケート調査を行うと、大半はオフィスワークを希望しています。しかしながら、地域では大企業の工場が雇用の大部分を支えていることが多く、若者の進路希望との間にミスマッチが生じているのです。

こうした状況をふまえて、私は「郷土愛」と「全体最適思考」が地域創生を成功へ導くための決定的な要素になると考えています。

そもそも、生まれ育った土地に対する愛着心が育まれなければ、便利な都市生活への憧れから逃れることはできないでしょう。地元の歴史や文化、産業に直に触れ、よく理解すれば、おのずと故郷を愛する心が生まれるに違いありません。

また、全体最適思考が求められるのは、企業や行政、住民が個別の利益ばかりを追求していると、地域全体の活性化という観点で考えた場合、必ずしも効率的な取り組みとはいえない状況が起こり得るからです。地域の主要なプレイヤーたちが役割を分担し、それぞれの強みを発揮することで、地域の特色を効果的に打ち出すことができます。

では、実際に各地域でどのような取り組みが行われているのか、私が関わってきた実例を紹介しましょう。

若年層の雇用が生まれて農家の後継者も戻ってきた

直近のケースでは、宮津市(京都府)の取り組みが全国的にも注目されています。移住者を呼び込むため、自治体と自治連合会が協力して短編映画を制作したのです。もちろん、プロの指導は受けたものの、脚本や撮影、音響、出演などは住民が担い、地元の観光資源である天橋立や郷土料理の丹後ばらずし、伝統芸能の「太刀振り」を紹介しながら、住民たちが地域の魅力を発信しています。郷土愛にあふれた作品は高く評価され、令和5年度の京都広報賞で知事賞を受賞しました。

「写真甲子園」として知られる東川町(北海道)の全国高等学校写真選手権大会は、地域の活性化に貢献する取り組みとして定着しています。これは1994年以来、30年にわたって続いている写真コンクールで、本戦大会が行われる同町は高校球児にとっての甲子園球場のような「聖地」となりました。同町は人口増加を続ける稀有な自治体として知られていますが、写真の街としてブランド化に成功したことも要因の1つでしょう。

一方、ビジネスとしても成功例となったのが鋸南町(千葉県)の「道の駅 保田小学校」です。これは、かつての町立小学校を「道の駅」として再生したケースで、2015年のオープン以来、毎年100万人もの観光客が訪れています。廃校舎をリニューアルした施設であるため、教室に宿泊し、給食を味わう特別な体験を楽しむことができます。

同じく小学校跡地を活用した行方市(茨城県)では、日本有数のさつまいもの産地であることから「なめがたファーマーズヴィレッジ」という体験型農業テーマパークをつくりました。これにより観光客が増加しただけでなく、誘致した食品メーカーによって新たな雇用が生まれています。原材料の確保に苦労していた食品メーカーは地元農家と契約することで調達コストの軽減に成功し、地元農家はそれまで廃棄していた規格外品を食品メーカーに買い取ってもらうことによって、収益が向上しました。

ちなみに、このケースでは新規に雇用が生まれたことで若年層の流出が食い止められたうえ、地元で就職した同世代の存在が刺激となり、農家の子弟が帰郷して後継者となる例もありました。

「日南の奇跡」と呼ばれる日南市(宮崎県)の油津商店街の再生事例は、前述の「全体最適思考」を実践した典型例といえます。商店街の活性化と若年層の雇用の確保を両立させるため、空き店舗にIT企業を誘致したのです。結果として、2013年からの4年間で29店舗(オフィス)が新たに入居しました。

地域の発展の先に自社の成長を見据える

以上の成功事例は、いずれも「郷土愛」と「全体最適思考」を主軸として取り組まれたものといえます。さらにいえば、協力する経営者の方々が地域の発展の延長線上に自社の成長を見据えていることも、重要な共通点として指摘できるでしょう。なかでも100年企業にその傾向が強く、自社だけの利益や短期的な売り上げを求めるより、地域貢献に努めることで長期的な業績の安定を目指す経営者が少なくないように感じています。

また、そうした経営者は地域貢献とともに従業員満足も重視しており、社内外から信頼されているケースが少なくありません。信望の厚い経営者が率先して協力する姿勢は、求心力につながります。そのような意味で、経営者にしかできない「まちおこし」のあり方を考えることが大切なのではないでしょうか。

加えて、行政と協働、共創することも重要なポイントです。中立的な立場の行政が関与することで、企業間のスムーズな連携が実現する場合が少なくないからです。実際、かつて私が勤務していた小樽市の活性化プロジェクトでも、一時的に稼働していない設備を別の企業が試作品の製作のために利用したり、接点のない企業間で新たな取り引きが成立したりしたケースが多数ありました。

地元の方ほど地域の魅力に知り気づきにくいものですが、どれほど過疎化が進んだ地域にも必ず特長があります。経営者の方々には、「五感」を働かせて、柔軟な発想で見慣れた景色や日常に埋もれた郷土の宝ものを見出し、地元を活気づけていただきたいと考えております。

お話を聞いた方

木村 俊昭 氏(きむら としあき)

北海道文教大学特別学長補佐兼教授

1960年北海道生まれ。84年小樽市に入庁。産業振興課長、産業港湾部副参事などを歴任し、当時「斜陽の街」と呼ばれていた同市を国内有数の観光都市に生まれ変わらせた。地域創生の専門家として2006年から内閣官房・内閣府に出向し、内閣府企画官に就任。09年農林水産省大臣官房企画官。12年東京農業大学教授。17年日本地域創生学会を設立し、会長に就任。24年4月より北海道文教大学特別学長補佐兼地域未来学科教授。NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀 木村俊昭の仕事』、BSフジ プライムニュースほか、出演多数。『地域創生 実践人財論』(ぎょうせい)、『人生100年時代のキャリアデザイン再考論』(東京農業大学出版会)ほか、著書多数。

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