経営者にいまおすすめの本6冊 「人的資本経営」編
目次
2023年3月期決算から大手企業約4,000社を対象に「人的資本」の情報開示が義務付けられています。人を資源と見なして効率的に管理することを目指した経営とは一線を画し、人材を「可変資本」として捉えるというこの概念は、いまや国内でも広く浸透しつつあります。この新たな潮流を理解し、実践するための6冊をご紹介します。
『図解 人的資本経営』
岡田幸士著 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2,640円
「何をすべきか」人的資本経営のイロハを解説
「人的資本経営とは、いったい何をすれば良いのか?」
この問いに対して著者の岡田幸士氏は、「人と組織としてありたい姿(健全な状態)を決める」ことだと提言。ダイエットに例えれば目標体重の設定に当たるとしています。また、人的資本経営とは「ありたい姿を実現するために、自社に適した取り組みを行う」ことであるとし、それはダイエットを成功させるために歩く距離を設定することだといいます。
ただし、適正体重やトレーニング方法が人それぞれであるように、企業にとってもそれぞれ「答え」が異なり、絶対的な正解がありません。そのため本書では、それぞれの読者が最適解を見いだせるよう、50の「問い」が列記されています。
この問いに答えていくことによって、組織としてありたい姿や、それを実現するために必要とされる取り組みが明確化されていきます。各問いに続いて答えの出し方(フレーム)や具体的な事例も紹介。この「問い」「フレーム」「事例」の3点セットを読み進めていくことで、読者が必要とする答えが得られる構成となっています。
米国の株式市場の時価総額の90%が無形資産で占められているというデータがあり、とくに欧米では人的資本の重要性が増しています。国内においても2023年3月期決算からは大手企業約4,000社に対して人的資本の情報開示、つまり有価証券報告書への記載が義務化されています。このように、急速かつ重要性が増す人的資本経営の概説が第1章で説明されています。
第2章では、組織のビジョンと人事戦略を具体化するための26の問いが列記され、第3章では、分野ごとに整理された詳細な24の問いが並び、経営者やあらゆる担当者が人的資本経営の全体像を平易に理解できるよう工夫されています。
著者の岡田氏は日本マクドナルドで人事を経験したのち、デロイトトーマツコンサルティングを経て独立。現在はコンサルティング会社を共同経営し、人事のスペシャリストとして活躍しています。
『日本の人的資本経営が危ない』
佐々木聡著 日本経済新聞出版 2,750円
人的資本を経営に生かす人事戦略とは何か
そもそも日本には、企業(売り手)、個人(買い手)、社会(世間)の「三方良し」の精神が江戸時代から根付いています。
一橋大学の伊丹敬之名誉教授がその著書『人本主義企業』(筑摩書房、1987年)で指摘したように、米国が「資本主義企業」を標榜する当時から、日本企業の経営には人を中心におく「人本主義」の思想がその根底に流れています。
つまり人的資本という課題においては、海外が日本を模倣しようとした経緯があるのだと、著者の佐々木聡氏は指摘しています。
20年以上にわたって人的資本の研究に取り組む佐々木氏は、リクルート、ヘイコンサルティンググループ(現:コーン・フェリー)を経て、パーソル総合研究所上席主任研究員を務める人物で、立教大学大学院の客員教授でもあります。
日本では、2020年に経団連によってジョブ型雇用の導入が推奨され、23年には上場企業に対して人的資本の開示が義務付けられるなど、海外の動向に促されるようにその課題に取り組もうとしています。
こうした局面にある今、日本の企業は官庁主導の政策のもとで受動的に人的資本に向き合うのではなく、ステークホルダーの期待に応えながら競争優位性を保ち、企業自体を成長させるために取り組むべきだと佐々木氏は説いています。
「人的資本の論理と戦略」と題された本書I部では、そのテーマの源流にさかのぼり、日本企業の進化と軌跡をたどりながら、人的資本経営に取り組む日本企業の実体を、多角的な調査をもとに明らかにしています。
II部の「人的資本を骨抜きにしない論点解明」では、慶應義塾大学の保田隆明教授、ジャーナリスト浜田敬子氏、山口大学の内田恭彦教授ら識者が、昨今の人的資本経営にまつわる潮流をどのように見ているかを対話形式で紹介。
III部の「先端をいく企業は何が違うのか」では、人的資本経営を早い段階から実践してきたKDDI、サイバーエージェント、SOMPOホールディングスの人事部門の責任者に対して、著者が直接インタビューを行い、その取り組みを明らかにしています。
『企業価値創造を実現する 人的資本経営』
吉田寿、岩本隆著 日本経済新聞出版 2,200円
先端企業のケースで学ぶ人的資本経営の現在
なぜいま人的資本経営が注目されているのか?
本書ではその理由が歴史、世界情勢、国内企業の現状、さらには制度的基準などの観点から多角的に解説されており、これから人的資本を学ぶ読者にとっても非常にわかりやすくまとめられています。
それぞれの話題は各章において簡潔かつ平易な言葉で紹介されていますが、とくに注目すべきは第5章の「先進企業にみる人的資本経営の現在」。ここでは人的資本経営に取り組む国内大手10社の施策がレポートされています。
人的創造性の向上に取り組むオムロン、豊かな共生社会の実現を目指す花王、個の成長を全体の成長につなげるソニーグループ、パーパス浸透と連動した人材戦略を図るSOMPOホールティングス、10年ビジョンの人財マネジメントに臨む日立製作所、人材戦略から変革を試みる三菱ケミカルなどが取り上げられています。
どのケースからも人材を消費される資源ではなく、価値を生み出す資本として捉える具体的なアプローチを学びとることができ、ここに至る各章の話題がこれらケーススタディーの理解を深めます。
第1章では人を重視した過去の日本的経営や、人的資本経営の現況が検証されるとともに、「SDGs」や「ESG」がどのように人的資本経営に影響を与えているかを解説。
第2章では、国内で人的資本の開示が義務化されるに至った経緯や、その源流となった各国の動きを解説するとともに、人的資本の測定基準となるISOを紹介。より明確に人的資本のアウトラインをイメージできるようになるはずです。
このほか、第3章では人的資本経営におけるデータ活用、4章では人事の情報システムを意味するHRテクノロジー、6章では人的資本経営の実践論に関して述べています。
『「人的資本経営」ストラテジー』
デロイト トーマツ グループ 人的資本経営サービスチーム著 労務行政 3,960円
組織人事のコンサルティングを専門とするチームがリーダーシップチームのあり方や、人的資本経営への取り組み方などを実務レベルで解説。「後追い人事」を退け、「未来へと勝ち進む人事」を行うためのガイダンス。
『経営戦略としての人的資本開示』
一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム編 日本能率協会マネジメントセンター 2,200円
ESG投資とは環境や社会に配慮しつつ、適切なガバナンスを行う企業に投資することを意味し、「人的資本」の情報開示が不可欠とされる。本書では、人的資本が国内外の政治経済にどのような影響を与えているかを、豊富な事例を用いながら体系的に解説。
『人的資本経営ストーリーのつくりかた』
一守靖著 中央経済社 2,530円
組織マネジメントを専門とする著者が持続的成長につながる人的資本経営ストーリーの具体的な作成方法を説明。企業の存在価値や企業文化など8つの要素で構成されたテンプレート「人材資本経営キャンバス」を完成させることで、ストーリーを設計する。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ