月で1,000 人が暮らし、1万人が地球と月を行き来する
~ispace社「ムーンバレー2040」の実現シナリオ~

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目次

昨今の宇宙開発においては、国家主導プロジェクトだけでなく多くの民間企業が参入し、グローバルでの開発競争を繰り広げています。その中で、日本発のスタートアップ企業として民間主導での月面着陸・探査に挑んでいるのが「株式会社ispace(アイスペース)」です。代表取締役CEO & Founderの袴田武史氏に、同社が進める「地球と月を1つのエコシステム(生態系)とする経済圏を創出する」計画と、目下の開発プロジェクトの状況、宇宙開発に挑む思いなどを聞きました。

資源開発を起点に、月に「都市」をつくる

2040年代には、月に1,000人が暮らして、1万人もの人々が地球と月を行き来する――私が代表を務めるispaceでは、「Moon Valley(ムーンバレー)2040構想」掲げています。
たった20数年後の遠くない未来に、月に人が住み、ロケットが当たり前のように地球と月を行き来する世界は、決して絵空事ではないと思っています。

では、どうすればそのような世界を実現できるのでしょうか。
ご存じのとおり、宇宙開発にはとてつもない費用がかかります。そのコスト構造を見てみると、実はその半分を輸送費が占めています。
ロケットが地球と月を行き来する未来の実現には、この輸送コストをどれだけ減らせるかが課題となります。そのためには、燃料を「地産地消」で調達できる拠点を地球上だけでなく、宇宙にも築く必要があります。

そのカギとなるのが「資源」です。月にはさまざまな資源が眠っており、中でも水資源の量は60億トンとも推定されています。この水資源を用い、水を水素と酸素に分けることで、ロケットや宇宙船の燃料として水素を活用することができます。そうすれば、莫大な輸送コストを一気に圧縮することが可能になります。
この月面での資源開発に携わる人が増え、やがて定住するようになれば、彼らの生活を支える周辺産業が生まれ、働く人が増えます。さらに、燃料を月で補給できる仕組みができれば、ロケットの定期輸送が始まり、旅行などで月と地球を行き来する人も増えます。

地球上でも、古代から資源のある所に人が集まり、街ができ、経済や文明が発展していきました。それと同様に月でも資源開発を起点に1つの都市ができ、やがて地球と月が1つのエコシステムとする経済圏(シスルナ経済圏)が創出されます。それが、私たちが描く「ムーンバレー2040」のおおまかなイメージです。

日本初の民間月面探査に挑む「HAKUTO-R」

この「ムーンバレー2040」の実現に向けたロードマップを、ispaceでは大きく10のミッションに分けています。大別すると、ミッション1、2が開発フェーズ、ミッション3以降が商用化フェーズに位置づけられます。

このミッション1、2を総称したプログラムが、民間月面探査プログラム「HAKUTO-R(ハクトアール)」です。独自のランダー(月着陸船)とローバー(月面探査車)を開発し、無人での月面着陸と月面探査のミッションに挑みます。

ミッション1では、2022年12月に当社が開発したランダーをロケットに搭載し、打ち上げました。月に向かって順調に航行し、2023年4月26日には月面高度約5kmにまで接近しましたが、最終段階である月面着陸の確認には至りませんでした。
ミッションは完遂できませんでしたが、それでも無人のランダーを月面着陸させる体制づくりを進め、あと一歩のところまで民間主導で成し遂げられたのは大きな前進であり、多くのデータや知見も得られました。

ミッション2では、ミッション1の経験をもとにRESILIENCEランダーで再び月面着陸に挑むとともに、さらに月面着陸後は欧州法人が拠点をおくルクセンブルクで開発したマイクロローバー(TENACIOUS)を展開し、月面探査とレゴリス(月の砂)の採取を目指します。ランダーの打ち上げは2025年1月中旬を予定しています。このミッションに成功すれば、民間主導プロジェクトとしては日本初となります。

重力が地球上の6分の1で、ほぼ真空状態の月面で、ランダーやローバーを自動で動かすところに、この「HAKUTO-R」の難しさがあります。加えて、ミッション2の月面探査では、月の上が非常に細かい粒子の砂で覆われていてスリップしやすいので、その中をいかにうまくローバーを操縦できるかが大きなチャレンジとなります。

ispace 社HAKUTO-Rミッション2のランダーとローバー

ispace社の強みは「リスクテイク」と「機動力」

政府系機関や伝統的な航空宇宙産業が進める従来型の宇宙開発(エスタブリッシュド・スペース)に対し、私たち宇宙スタートアップ企業の強みは、宇宙開発におけるイノベーティブな挑戦を、リスクを取って実行できる点にあります。もちろん失敗しないに越したことはないのですが、株主などステークホルダーの理解のもと、ある程度のリスクを許容できる環境があるからこそ、イノベーティブな開発にチャレンジできています。

もう1つの強みは、組織の機動力と開発計画の柔軟性の高さにあります。
1つのミッションが完了してから次のミッションに移るという直列的な進め方では膨大な時間がかかるし、1回のミッションの成否でロードマップが大きく変わってしまいます。各ミッションをなるべく並列的に走らせ、ミッションの結果によらずとも、次のミッションを確実にできるような体制を築いていくことが、「ムーンバレー2040」の実現に向けた時間軸を短縮するうえでも重要となります。

「HAKUTO-R」においても、ミッション1の結果を待たずにミッション2の開発を進めていますし、ミッション3の商用化フェーズはすでにアメリカで進行しています。ミッション6に位置づけている月面輸送のための大型ランダー開発も、経済産業省の支援を受け、技術開発に着手しています。このように柔軟かつスピーディーに開発を進められる点に、私たち宇宙スタートアップの存在意義があると考えています。

宇宙開発に挑む原点は「スターウォーズ」

そもそも、なぜ「宇宙に経済圏をつくりたい」と思ったのか? とよく聞かれます。
動機は極めて単純で、「映画『スターウォーズ』に出てくる、カッコいい宇宙船が飛び交う世界を見てみたい」というものです。

その「宇宙船が飛び交う世界」を深掘りして考えると、すなわち人が宇宙に住んでいる世界のこと。自分が宇宙船を造るかどうかはさておき、宇宙に生活圏を築くことができれば自分の思い描いた世界に近づくだろう、というのが、私が宇宙開発に取り組むようになった原点です。その思いは、ispaceが掲げる「Expand our planet. Expand our future.―人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す」というビジョンにも表れています。

「ムーンバレー2040」のような遠大な構想を掲げ、複数のミッションを進める過程では、想定外のことや困難な状況にしばしば直面します。それでも挑戦を続けているのは、自分が諦めることをしない人間だから。漫画『スラムダンク』の名せりふである安西先生の「あきらめたらそこで試合終了だよ」や桜木花道の「ダンコたる決意」が、今でも好きなフレーズです。

もう1つの理由は、初めてエンジェル投資家から出資をいただいたときに、「袴田さんのやろうとしていることは日本にとってもいいことだから、僕はこのお金を預けます」と言われたこと。それまで自分の「やりたい」思いだけで突き進んでいましたが、「応援してくれる人のためにも挑戦し続けなければならない」と、その瞬間、決意が固まりました。

描きにくい事業の未来像を、具体的な「絵姿」で示す

この記事を読んでいる企業経営者の皆さんも、外部環境が大きく変化し先の見通しが難しくなる中で、さまざまな経営課題に直面していることと思います。私も新米経営者の一人であり、宇宙開発というひときわ不確実性の高い事業に取り組んでいるので、その苦悩をよく理解できます。

一経営者として私が大切にしているのは、目指したい方向を具体的なビジョンとして描くこと。さらに「絵姿」を示すことです。「20年後には人が月で生活している」と言われても、多くの人にとってはピンとこないでしょう。そのイメージを、できるだけ解像度を高めて伝えることで、共感してくれる人や協力してくれる仲間が増えていきます。ispaceのチャレンジも、「パートナー」と呼んでいる多くの企業との協業、支援によって進められています。

月に経済圏が生まれ、多くの人が働き、行き来する世界が実現すると、そこには多くのビジネスチャンスが生まれます。月に暮らす人の生活を支える周辺サービスや、エンターテイメントなどの娯楽も必要になるでしょう。その意味で、経営者の方々も「自社の事業も、宇宙との関わりを持てるかもしれない」という観点で、私たちのチャレンジに関心を持っていただけるとうれしいですね。

お話を聞いた方

袴田 武史 氏(はかまだ たけし)

株式会社ispace 代表取締役CEO & Founder

1979年生まれ。名古屋大学工学部を卒業後、米ジョージア工科大学大学院で修士号(航空宇宙工学)を取得。外資系経営コンサルティングファームを経て、株式会社ispaceを創業。2010年から日本チーム「HAKUTO」を率い、史上初の民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参戦、2015年1月に中間賞を獲得する。現在は史上初の民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を主導しながら、月面輸送を主とした民間宇宙ビジネスを推進する。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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