「信用」と「共助」が最大の備え
地域一体で困難を乗り越え北陸の本物の魅力を発信する

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福井県あわら温泉で140年以上の歴史を持つ老舗旅館「つるや」。社長の小田與之彦さんと女将の絵里香さん夫妻は、2022年まで和倉温泉(石川県七尾市)「加賀屋」の舵取りをしていました。深刻な打撃を受けた能登に心を寄せつつ、福井を起点に北陸に再びにぎわいを取り戻そうと奮闘する二人に、復興の現状と課題、備えの重要性、北陸観光の未来について伺いました。

「ハコモノ」だけではない事業展開も必要

石川県七尾市の和倉温泉は、能登半島地震によって建物やインフラに深刻な被害が出ました。2024年10月現在で26軒の旅館のうち営業再開できているのは2軒のみ。近々開業できる宿もあるものの、加賀屋をはじめ大半の宿は今のところ2026年度中の再開を目指しています。2年前まで加賀屋の社長を務め、現在はつるやの社長である小田與之彦さんは「実際にはまだ明確な見通しは立っておらず、厳しい状況」と言います。

つるやの女将・小田絵里香さんは、「旅館業とは、あの“ハコ”の中にお客様に来ていただくことで成り立つ商売です。いくらすばらしい“ハコ”を持っていても、それが使えなくなればお手上げになってしまうというリスクを痛感しました」と言います。

加賀屋では、旅館業以外に直営の日本料理店やカフェ、スイーツ販売事業を展開しています。また、加賀屋ブランドを生かした「おせち」やお中元などの贈答品も開発。オンラインショップ等を通して販売してきました。これらは必ずしも“備え”のために始めた事業ではありませんが、結果的に、宿泊の売り上げが見込めないときのリスクヘッジの一つになったといえます。

一方、福井県にあるつるやは地震による建物等の直接的な被害は免れました。ただ、地震直後は石川県からの予約客を中心に約300人のキャンセルが出ました。「これは仕方のないことだと思います」と小田社長。その後、国の支援事業として「北陸応援割」が打ち出されたものの、その実施時期や対象となる予約期間、予算総額に達した時点でその後割引は適用されなくなることなど、条件等にわかりにくい面もあり、いったん予約が入ってもキャンセルされる事態が相次ぎました。「支援事業は必要だとしても、この点はもう少し改善の余地があったのかもしれません」と小田社長は振り返ります。

つるやでは地震による被害はほとんどなかったものの、一時はキャンセルが相次いだ

それでも、現場は懸命に対応しました。「コロナ禍の4年間でも、いろいろな割引のパターンがあり、そのつど地域の女将たちと情報共有して対応してきました。どんなことが起こっても臨機応変に対応できるのが、この仕事をしている人たちの強みです」と絵里香さん。「私たちはお客様ありきで商売をしています。現場に台本はありません。お客様にご満足いただくというゴールだけは揺るがず、それに合わせて柔軟かつフットワークを軽くして動き回るのが私たちの仕事です」

業界特有のレジリエンスの強さがうかがえる話ではないでしょうか。

“折れそうな心”の支えになる「共助」

防災や復興に際して「自助・共助・公助」という言葉がよく使われます。これについて、小田社長は次のように述べます。

「自助が大事であることは言うまでもありません。この状況下において自分に何ができるのかを考え、自ら立ち上がらなければ復興は始まりません。でも、能登半島地震のような大規模な災害では、公助なくして復興は難しいのも現実です。とくに旅館業は借り入れも大きく、修繕・補修に多額の資金が必要です」

同時に、社長と女将の二人が強調したのは「共助」の重要性でした。

「大きな災害に遭うと、夢も希望もなくして無気力になる人もいます。どんなに頑張ろうとしても、一人の力には限界があるんです。だから、みんなで束になることが大事です。私は、和倉でもあわらでも、ほかの女将さんたちと仲良くさせていただいてきました。たとえ公助や支援金でお金が出ても、人の心が折れてしまえば復興は前に進みません。反対に、人が元気で頑張ろうという気持ちを失わない限り、必ず何とかなるものです。地域の女将さんたちと力を合わせて励まし合うことで、苦しくても自分一人じゃない、仲間がいるんだと思えます。それが復興への何よりの支えになると感じています。ですから、日頃からそういう関係を築いておくことが大切なんです」(絵里香さん)

もう一つ、小田夫妻が力説したのは、支援を要請するとしても、自分たちだけではなく、地域全体が助かるような視点を持つことです。

お客様に笑顔で本物のおもてなしを続ける

「旅館業は、地域の人材を雇用し、地域経済の中で事業を営んでいます。自分たちのなりわいのベースである地域社会を守り、地域に貢献するという姿勢が、このような非常時ほど大事だと思います」(絵里香さん)

福井の「本物」の発信地になる

2024年3月16日、北陸新幹線の金沢─敦賀間が開通し、東京と福井は最速2時間51分で結ばれることになりました。これによって関東圏からの来客が従来の7%から14%に増え、福井県の観光業界にとって大きな追い風になっています。

それでも、小田社長は楽観視はしていません。

「今は新幹線効果で来客数が増えましたが、これから先も持続するかどうかはわかりません。目新しさから一度は行ってみようと思っても、そこで満足してもらえなければおそらく二度目はないでしょう。『もう一度行きたい』と思っていただけるような地域の魅力をどれだけ感じていただけるかが勝負だと思っています」

女将の絵里香さんは、次のような決意を述べます。

「これからの観光業は本物しか残らないと思っています。私どもは、下足番、番頭、仲居、女将がいて、それぞれがお客様としっかり向き合いながら役割を果たします。そんな本物の『おもてなし』を味わえる宿を残していくつもりです。また、福井には食やお酒、工芸品、伝統産業などさまざまな『本物』があります。私たちはそれらの点と点とを結び、お客様に地域の魅力を立体的に感じていただくための発信地になりたいと思っています」

女将が重視するのは「信用」──「つるやに泊まれば間違いない」とお客様に思ってもらうことです。信用は小手先で築けるものではなく、一日一日の積み重ねをずっと継続することが必要です。そうやって築かれた信用があるからこそ、遠くからでも足を運ぶ宿になります。一朝一夕にはできない信用。それこそが最大の“備え”といえるのかもしれません。

お話を聞いた方

小田 與之彦 氏(おだ よしひこ)

株式会社つるや 代表取締役社長

石川県七尾市出身。慶應義塾大学商学部卒業後、1991年に丸紅入社。米シェラトン・ワイキキ・ビーチリゾートホテルを経て、1999年に加賀屋入社。2014年に社長に就任し、2022年10月に退任した。2022年5月からあわら温泉つるや代表取締役社長に就任。創業140年を超える老舗旅館の経営に腕を振るう。2008年に日本青年会議所会頭などの公職経験もある。

お話を聞いた方

小田 絵里香 氏(おだ えりか)

女将

1973年福岡市生まれ。米国の大学を卒業後、日本エアシステム(JAS)に入社し、統合先の日本航空を含め、客室乗務員を8年務める。2004年に小田與之彦氏と結婚し、加賀屋の若女将として日本一のおもてなしと評価される宿の切り盛りに尽力した。2022年に夫とともにつるやの運営に入り、6代目の女将に就任。

[編集]株式会社ボルテックス コーポレートコミュニケーション部
[制作協力]株式会社東洋経済新報社

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