技術と職人を守る! 老舗靴下メーカーの矜持
~ウエストの高級靴下での価値創造とブランディング戦略

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120年以上にわたり靴下を作り続けてきた老舗靴下メーカー、ウエストは、自社工場閉鎖という苦境を乗り越え、ファブレスメーカーとして事業をつないだ後、「嗜好品としての靴下」を生み出した。老舗の矜持をかけて「失われてはならない技術と職人」を守り、育みながら、靴下の価値をも再定義するウエストの変遷と展望について、西村京実社長に聞いた。

突然の「工場閉鎖」宣言、それでも「靴下事業を続けたい」

ウエストは、日本の靴下産業の黎明期、1902(明治35)年に東京・早稲田で創業した靴下メーカーです。創業者は西村京実社長の曽祖父。法人化し大きくしたのが祖父である西村信次郎初代社長で、日本靴下協会、日本靴下工業組合連合会、日本靴下振興事業協同組合の3つの団体の理事長を歴任し、業界の発展に寄与しました。1964年には岩手県胆沢郡金ケ崎町に子会社東北ナイロンを設立し、靴下製造工場を建設。最盛期の1970年前後には、雇用創出で地域に貢献しただけでなく、工場に併設した通信制の夜間学校で教育の機会も提供していました。

ところが、2000年代に入り日本の靴下産業は大きな転換点を迎えます。安価な人件費に支えられ、桁違いの規模感で生産される中国製品の台頭は著しく、日本の靴下業界全体に陰りが見えていました。2003年、家業を継ぐために入社して3年目だった西村京実社長は、当時の社長であり実母でもある3代目社長が工場閉鎖を決断した時の衝撃を語ります。

「中国視察から戻った母に『工場を閉鎖します』と告げられたのです。ただ、自身の父と夫が一緒に立ち上げた工場を閉鎖する決断は、母にとってもつらいものだったはず」

工場閉鎖後、ウエストは不動産業を、販売会社として1990年に設立されたアイ・コーポレーションは靴下事業を担い、自社ブランド「リソア」の引き合いがなくなれば靴下事業は廃業する方針が打ち出されました。しかしながら、西村社長の心には、「会社のルーツである靴下事業を続けたい」という思いが残っていました。

そんな折、西村社長にとっての“第二の母”のような人物から「人工股関節になってから、爪先に手が届かなくなった。ストッキングを履くための補助器具を作ってもらえないか」という依頼が舞い込んだのです。時を同じくして、京都工芸繊維大学の大学院に通っていた友人から、産学連携のプロジェクトの打診があり、人間工学の専門家を交えた着用補助器の開発が始動しました。その友人が放った言葉「100年続く企業って世の中にどれくらいある? 老舗企業こそ、今回のようなプロジェクトで社会貢献しなきゃならない。自覚して」、これが西村社長の「靴下事業を続けたい」という思いを再燃させることに。そんな運命の出会いを経て、西村社長は、100年以上にわたり靴下を作り続けてきた同社にしかできない道を探り始めました。

靴下の概念を覆す「イデ・オム」ブランドの誕生

岩手にあった自社工場を閉鎖後、ファブレスメーカーとして再出発を果たしたアイ・コーポレーションは、2014年、高級紳士靴下ブランド「idé homme(イデ・オム)」をローンチします。イデ・オムは、これまでの靴下の概念を覆す高付加価値商品として、同社の新たな方向性を示すものとなりました。

ブランド立ち上げ時に同社が想定したシーンは、「履く」ではなく「贈る」。贈り物として重すぎず、洒落が利いていて、自分では買わないがもらうと嬉しい……そんな商品を打ち出してみたところ、贈答品市場の手応えが得られました。

靴下の製造において、使用する糸は1キロ5,000円のもので「相当良い糸」と評価される中、「イデ・オム」で使用される素材「GIZA45 200番双糸」は、なんと1キロ1万円以上の、希少なエジプト超長綿の最高峰。繊細で取り扱いにくい糸であるため、靴下として生産できる工場も限られます。

「idé homme(イデ・オム)」シリーズは高級紳士靴下市場を開拓した

「大手メーカーと同じ土俵に上がらない。工場閉鎖の苦汁をなめた時から、そう決めていました。『世にないものを、あなたのために持ってきました』と言えるような付加価値商品には、必ず需要があると信じていました」

量販店で3足1,000円、百貨店でも1足1,000円が標準とされて久しい靴下でしたが、「イデ・オム」の価格は1足3,000円~5,000円、商品によっては1万円を超えるものもあります。それでも、百貨店や専門店を中心に「選ばれる」商品となり、近年では贈答用としてだけでなく、嗜好品として靴の愛好家たちからも人気を博しています。

「10万円、20万円の革靴を大切にメンテナンスしながら履く方々にとっては、靴下5,000円はむしろ安い。せっかくいい靴を買っているのだから、靴下も足にフィットする上質なものを選びたいというのもうなずけます」

ハレの服装はカジュアル化し、高級料理店にもTシャツで行けるような時代、TPOの概念や上質さを見分ける感性は薄まりつつあります。そんな時代だからこそ、「足元の感性を呼び覚ます靴下」をコンセプトに掲げる「イデ・オム」が、特別な存在感を放つのかもしれません。

自社工場への思い「一度失った技術は、もう二度と取り戻せない」

一度はファブレス化を選び製造を外部に委託していた同社ですが、現在は福島県いわき市の自社工場で、上質な靴下メーカーとしての姿を取り戻しています。再び自社工場を持つという決断に至った背景には、「ものづくりの高い技術を残したい」という切実さが垣間見えます。

2022年8月、福島県いわき市にあるレナウンインクスの工場閉鎖のニュースが、業界を駆け巡りました。このいわき工場は、かつて日本の靴下産業を代表する技術力を誇る工場の1つで、「イデ・オム」製造の委託先でもありました。

「この技術と職人たちが失われるのは、業界全体にとって大きな損失だと思いました。一度失った技術は、もう二度と取り戻せない。かつて私たちが閉鎖した自社工場には、高い技術とこだわりを持った職人たちがいました。閉鎖後に『同じような品質のものを作れなくなった』という声が殺到した時にはもう遅かった。それから20年間、ずっともどかしさが付きまとっていました」

自社工場を持つことへの社内外の反対は強く、工場の引き継ぎには数々の困難が立ちはだかりましたが、西村社長の覚悟は決まっていました。2023年1月、ウエストはついにいわき工場を取得し、同所で30年間靴下を編み続けた技術指導者を筆頭に、正社員8人と共に始動しました。

こうして再始動したいわき市の新たな自社工場は、現在では高付加価値商品を中心に製造を行い、海外有名ブランドからの仕事も請け負うほどの力を発揮しています。2025年には生産管理システムの刷新に着手し、現在は正社員10人体制でさらにエンジニアの募集をかけ、次なるステージへと歩みを進めています。

ウエストを世の中にない靴下を開発し、時を超えて喜ばれる企業に

2025年4月、ウエストはアイ・コーポレーションを統合し、新生ウエストとして新たな局面を迎えます。大手メーカーと一線を画する価値創造に向けて、現在、西村社長が注力しているのが、自社工場「いわき靴下ラボ アンド ファクトリー」のブランディング化と、「靴下ビレッジ」の建設計画です。
いわき工場が目指す姿、それは、「いわき工場で作られたこと自体が高品質の証になる」ということです。高い技術を守り、次世代へと継承する場であるとともに、靴下製造の現場を誰もが見学できるオープンファクトリー。これを「いわき靴下ラボ アンド ファクトリー」と名付け、工場そのもののブランディングに磨きをかける計画です。さらには、その周辺にカフェや遊び場、体験スペースなどを併設し、靴下をテーマに楽しめる「靴下ビレッジ」を建設する計画も進行しています。

さらに、東京本社ビルでは、ビルの1階を利用した「靴下スタジオ」の構想が持ち上がっています。

「ワークショップやオーダーメイドサービスを展開できる空間を描いています。ものづくりへの熱量や感性の高い人たちが集まって、技術やアイデアを出し合う場として利用いただくのもいいですし、子どもが描いた絵を靴下に編み込んでお渡しするのもいいですね。ビジネスと遊び心を兼ねて、靴下に興味を持つきっかけになる拠点になればと考えています」

創業120年以上の歴史を持つ企業として、西村社長は靴下事業を「目先の利益ばかりを追うのではなく、長く続けられる事業へと育てていきたい」と語ります。

「祖父は、その時代に合った靴下産業のあり方を考え、先を見据えて業界の発展に尽くした人でした。母が事業を継ぎ、大量生産品が出回る時代に突入してからは、私たちの工場は閉鎖に追い込まれました。では今の時代の私たちができることは何か。それは、大手メーカーの取り組みからこぼれ落ちてしまう部分に貢献することだと思っています。失われつつある文化や技術を守り、感性を磨く。そして、世の中にない靴下を開発し、時を超えてお客様に喜んでいただくことが、私たちの使命であると考えています」

お話を聞いた方

西村 京実 氏(にしむら きょうみ)

株式会社ウエスト
代表取締役社長

1970年生まれ。大学卒業後、カナダとフランスに3年間留学。帰国後、経営コンサルティング会社、IT企業での勤務経験を経て、2000年に30歳で家業である株式会社ウエストに入社。同社にて営業、企画を担当したのち、2009年、株式会社アイ・コーポレーション代表取締役に就任。2020年、株式会社ウエスト代表取締役に就任。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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