債務があっても事業承継できる
~多様化する再生スキーム、公的支援も活用して生き残る

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本業では利益を確保できているにもかかわらず、過剰な債務を抱えているため、事業承継ができないと考える経営者も少なくないでしょう。しかし、近年は支援体制が充実し、借金を抱えていても事業を継続しやすい状況が整えられてきました。自身も30億円の負債を抱えた経験を持つ事業再生コンサルタントの喜多洲山氏に、そうした会社の事業承継の方法を聞きました。

還暦を迎えたら10年計画で事業承継に着手する

2005年以来、私は1,100名を超える経営者の方々から依頼を受け、事業再生コンサルタントとして経営の安定化に向けた取り組みを手伝ってきました。業績不振や後継者難、相続の問題など、経営者が抱える課題は多岐にわたりますが、事業承継に関わるトラブルのほとんどは準備不足が原因と見て間違いありません。

どれほど健康に自信がある方でも、還暦に差しかかる年齢になれば、10年間くらいを後継者との並走期間ととらえて事業承継に取り組み始めるべきではないでしょうか。本来、それくらい十分な時間を当てて実務的な引き継ぎを行うとともに、自社株などの相続に関する手続きを計画的に進める必要があります。

ところが、永遠に第一線で働き続けるつもりではないかと疑ってしまうほど、自社株をなかなか手放そうとしない経営者が少なくありません。おそらく、人事権と決裁権を失いたくないからでしょう。事業承継にまつわるトラブルの多くは、これらを握ったまま経営者が何らかの事情で突然、その役割を果たせなくなることによって生じています。中小企業の経営改善や事業承継を支援する環境が整えられてきただけに、そうした残念な事態は避けたいものです。

実は近年、中小企業の後継者難が深刻さを増す中で、政府主導の下、スムーズな事業承継を実現するために法律や制度が見直されてきました。100年企業へ続く道のりの整備が進んできたのです。経営者保証(連帯保証)に依存しない融資の推進は、その典型といえるでしょう。

ご承知のとおり、金融機関から融資を受ける場合、かつては経営者個人が連帯保証人となることが求められていました。しかし、法人の負債を個人が保証するという過剰な負担が後継者難の一因となっていたため、2014年、政府や金融機関、経営者団体によるガイドラインが示され、それ以降、経営者保証に依存しない融資が徐々に増えてきたのです。

さらに、昨今は事業再生のスキームも進化して、債務超過の企業が事業を継続するための手段が多様化してきました。借金を抱えていても、本業さえ黒字であれば、事業を続けながら会社を再建するという選択肢が広がってきたのです。私が多額の負債に苦しめられた時代を思うと、隔世の感があります。

借金30億円の経営危機を「会社分割」し、100年企業へ

事業再生コンサルタントに転身する前、私はローカル小売業の3代目として、1924年に創業した「丸早喜多陶器店」を、ギフト商品の小売り専業として拡大を図ろうと「株式会社マルハヤ」に改称、全国チェーン展開と株式上場を目指していました。家業を継いだときに1億円だった売上高は50億円にまで拡大し、関西を中心に33拠点を展開していたのですが、積極的な拡大路線が裏目に出て、2003年、経営破綻の寸前に追い込まれてしまいました。負債総額は、およそ30億円でした。

このとき、私は事業再生の道を懸命に模索しました。倒産してしまえば、250名の従業員や取引先に甚大な迷惑をかけるからです。そうして絶対にあきらめないという一念でたどり着いたのが「会社分割」という手法でした。

端的にいえば、これは将来性のある事業を切り分けて新会社へ移し、今の会社で債務を処理する手法です。赤字事業から撤退し、黒字事業を継続することになるため、雇用が維持され、得意先との取引も続けることができます。私の場合、新会社をM&Aにより売却し、その資金で負債を返済するというスキームを実施しました。

こうした再生策によって家業はどうにか生き残り、結果的に私の長女と三女が跡を継いでくれました。そして、2024年、おかげさまで創業100周年の節目を迎えました。父が落としかけたバトンを娘たちが機敏にすくい上げ、100年企業の仲間入りを果たしたことになります。

とはいえ、会社分割は当時、まだ前例がほとんどない手法であったため、当初は債権者の理解がなかなか得られませんでした。自宅以外の不動産はすべて競売にかけられ、裁判所や債権者にも私自身が対応しなければならず、心身ともに疲弊しました。債権者からは内容証明郵便が300通以上も届き、訴状や差押命令など、裁判所からの特別送達も100通を超えました。

創業時の丸早喜多陶器店

中小企業活性化協議会を利用した債務整理のスキーム

その後、時代の変化に伴って仕組みが変わり、中小企業の事業再生を支援する体制が充実してきました。中でも、大きな役割を果たしているのが2022年に設立された中小企業活性化協議会です。同協議会が旗振り役を務めることで、債務整理が実現しやすくなっています。

例えば、10億円の負債を5億円に減らすことができれば、返済と金利負担によって圧迫されていた財務状況が改善されるという会社を考えてみましょう。従来は、経営者が詳細な再生計画を示し、金融機関や取引先に対しても、自身で5億円の債権放棄を求める交渉を行う必要がありました。

しかし、現在では同協議会に支援を依頼することができます。いわゆるデューデリジェンス(資産査定)を実施して、事業再生の可能性が認められれば、専門家による支援チームが再生計画の策定や金融機関との交渉を手助けしてくれるのです。しかも、同協議会では債権放棄やリスケジュール(返済の条件変更)を求める対象を金融機関に限定しているため、風評による信用の低下も防ぐことができます。

一方、法律の改正も行われ、金融機関には債権放棄の無税償却が認められるようになりました。中小企業の活性化を支援する「公的機関」として運営されている同協議会は信頼性も高く、金融機関としても事業再生を支援しやすい環境が整えられたことになります。

経営者の強い意志と情熱が事業再生を実現する

近ごろはM&Aが一般化したことから、その仲介会社などを通じてスポンサー企業を探すことも比較的、容易になりました。同業他社や取引先の大手企業などがスポンサーとしてバックアップすることになれば、民事再生による再建の可能性が高まります。

一般的に、民事再生法や会社更生法の適用を申請して再建を目指す場合、現金取引や保証金を求められることが多く、資金繰りが逼迫するケースも少なくありません。しかし、スポンサー企業の支援があれば、厳しい取引条件を求められることもないでしょう。このように、あらかじめスポンサー企業や事業の譲渡先を決めたうえで行われる民事再生手続きを「プレパッケージ型民事再生」といいます。

M&Aの仲介以外でも、いざというときに助けてくれる同業者や取引先とのネットワークは大事にしたいものです。会社経営にはどうしても波があります。50代・60代・70代のベテランの経営者の中には、深刻な失敗や悩みを抱えたときに、先輩や仲間の応援、アドバイスをもらったからこそそれを乗り越えられ、今日があるという方も少なくありません。

苦労した経営者であれば、困っている同業者や仲間に見込みがあるかどうか見極めているものです。助ける意味があれば、リスクの取れる範囲内で応援しようという気が起きるでしょう。だからこそ、日ごろの「信用」を築いておくことが大切なのです。そのような協力関係を築いておくと、事業のうえでもお互いの弱みを補完し強みを生かすシナジーを築くことができます。

そのほかにも、状況に応じて、さまざまな事業再生の手段が考えられますが、どのような方法を採用するにせよ、事業再生を実現するうえで最も重要な要素は経営者の熱意です。どれほど多額の借金を抱えても、絶対に事業を継続するという強い意志と情熱さえ持ち続けられれば、誰かから応援が得られ、道は開けると私は信じています。

実際、私自身、会社分割という手法に気づくことができたのは、再建をあきらめなかったからです。ある日、ヒントを求めて出かけた書店で解説書を見つけるまで、私は会社分割という言葉さえ知りませんでした。

私が接してきた多くの経営者を見ても、熱量が高い方ほど周囲に情熱が伝わり、手を差し伸べる支援者が現れるものです。何があってもあきらめず、100年企業を目指していただきたいと思います。

お話を聞いた方

喜多 洲山 氏(きた しゅうざん)

株式会社喜望大地会長

ローカル小売業の3代目として年商1億円から50億円まで事業拡大し、ベンチャーキャピタルから出資を受けIPOを目指すも、負債30億円を抱え、破綻寸前の経営危機に陥る。修羅場体験の中で事業継続に奔走し、組織再編とM&Aによる売却資金で事業を再生。その経験を生かして、20年間で約1,100件の事業再生・変革に成功する。1924年創業の家業は長女と三女が引き継ぎ、2024年に100周年を迎えた。認定事業再生士(CTP)取得。立命館大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。『社長最後の大仕事。借金があっても事業承継』(五島聡との共著)、『社長のための分散株式の集約で経営権を確保する方法』(ともにダイヤモンド社)、『どん底からの復活人生』(PHP研究所)など、著書多数。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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