長寿企業に学ぶ存続の秘訣
~一人勝ちせず、地域・業界との「共存共栄」がカギ

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今、日本の長寿企業に世界からの関心が集まっています。なぜ日本には長寿企業が多いのか。企業が存続するために重要な要素は何か。これから長寿企業を目指す会社は何をするべきなのか。世界最古の企業と言われる金剛組(578年創業)をはじめ、長年国内外の老舗企業を研究してきた静岡文化芸術大学・曽根秀一教授に聞きました。

日本特有の価値観と文化が長寿企業を生む

日本には、創業100年以上の企業が4万社以上あります。世界と比較すればその数は群を抜いています。
近年、世界情勢の変化は激しく、企業にとって先を見通すことがきわめて難しい時代を迎えています。いかなる企業であっても安泰の保証はない。そうした危機感が強まっていることを背景に、数々の苦難や社会構造の大転換も乗り越えてきた長寿企業・老舗企業に学ぼうという機運が、いま世界的に高まっています。

日本の老舗企業は、なぜ長年存続しているのか。理由はさまざまあると思われますが、いくつかの日本特有の文化的背景や社会的土壌が影響していることは確かです。
例えば「続けることを重視する価値観」です。昔から商売の心得の1つとして、「商売と屏風は広げすぎると倒れる」という言葉がありました。事業がうまくいくと勢いづいて急拡大しようとすることがありますが、それがあだになって存続できなくなったケースは枚挙にいとまがありません。老舗企業の場合、急激な成長にはむしろ慎重になり、それよりも地道に堅実に事業を継続していくというスタンスを貫いている会社が多く見られます。

また、老舗企業のほとんどはファミリー企業ですから、相続が大きな問題になります。その際、株式を「単独相続」しています。現行法下では難しいことではありますが、例えば他の資産で分割相続するなどのやり方で、多くの老舗企業は株式の分散リスクを避けています。
「婿養子」で後継者をつくってきたのも、日本の老舗企業の特徴です。また、実子がいない場合でも、血縁にとらわれず家系を存続させるやり方は、海外ではあまり例がありません。
これらの発想、土壌、価値観等が、日本に長寿企業を生み出す一因になってきたのではないかと思われます。

地域とともに、業界とともに繁栄するという姿勢

英米流の経営戦略論の多くは、いかにして自社の業績を伸ばすのか、競合他社に対して優位に立つのかを重視してきました。
しかし、日本の老舗企業は、自社だけの存続を考えるのではなく、地域全体、あるいは業界全体での繁栄を目指しています。企業を見るとき、単体の戦略や歴史だけではなく、地域社会との関係性や地域経済全体の中での役割といった面から見ることも重要です。
例えば地場産業などは、地域に根差し、地域経済の中に組み込まれた形で存立してきました。このような地域とともに生きる企業においては、「自分たちの会社だけが一人勝ちしよう」という発想は生まれません。

私が現在籍を置く大学は浜松にあり、浜松にはスズキ(1909年創業)の本社があります。スズキでは、部品を供給する協力会社がまとまって、事業協同組合として組織されています。これは自動車メーカーの協力会としては珍しいケースです。スズキは協力会社と継続的な関係を築き、協力会社の中にはスズキと同様に100年の歴史を持つ会社が何社も見受けられます。

松下電器産業(現パナソニック、1918年創業)の創業者である松下幸之助も、「共存共栄」を提唱し、協力会社と共に繁栄できる関係を築くことを重視しました。全国の販売店が後継者の育成に苦労しているという話を聞けば、その育成機関として「松下幸之助商学院」を設立し、専門知識や技術の習得はもちろん、人間教育にも力をそそぎました。
こうして日頃の取引だけでなく、人材教育にまで踏み込んで協力関係が構築されるケースも少なくありません。

経済合理性より優先されるもの

静岡市に本社を置く物流会社鈴与(1801年創業)では、「共生(ともいき)」の精神が経営の拠りどころとなっています。220年の歴史の中で、物流を軸にさまざまな事業に展開し、グループ140社に広がっています。
ただし、経営者にお話をうかがうと、事業を拡大するために広げたものではなく、すべて「知らずしらず増えてきた」といいます。つまり、地域や取引先、関係者の要請があって、自ずと進出してきたのだというわけです。
例えば、地元の僻地のガソリンスタンドが経営難に陥ったとき、同社が買い取って経営を引き継ぎました。ガソリンスタンドがなくなると、その地域に生きる人々の暮らしが非常に困難になるからです。社会インフラの維持という理由で、事業に踏み出すという姿勢なのです。

経営の優先順位が目先の利益や経済合理性ではないところが、老舗企業の強さです。
今、SEW(Socioemotional Wealth:社会情緒的資産)という概念が、ファミリービジネスの研究分野で注目されています。
これは、ファミリー企業では、財務的要素以外に、創業者の思いといったファミリーのアイデンティティや、地域社会とのつながりなど、情緒的な要素が意思決定のプロセスに大きく影響していることがあるからです。
老舗企業の多くは、利益を地域社会に還元し、社会インフラの整備を支援するなどして地域の信頼を得ています。企業の「存続」が課題になる時代、経営における「情緒的要素」は、今後ますます無視できなくなるのではないでしょうか。

企業存続のためにできること

長寿企業はさまざまな強みを持っていますが、同時に長寿であるがゆえのリスクもあります。経営危機に陥ったある老舗企業の経営者は、過去の失敗について「金銭感覚が鈍かった」と私に語りました。長年の信用の上にあぐらをかき、守り続けてきた「身の丈に合った経営」から大きく外れてしまったのです。
従来のやり方に固執して、競争力を失ってしまうケースもよくあります。代々受け継がれてきた技術やノウハウは、コアコンピタンスとして大切にしつつ、一方で環境の変化に対応し、事業や組織をつねにアップデートしていくことは必要です。ことに、人材不足の昨今ではDXの導入がカギになる場合もあります。

また、海外の老舗企業に目を向け、学べる点を取り入れていくこともよいかもしれません。例えば、ドイツのファミリー企業には、株の管理やファミリーの結束を強めていく仕組みがあり、株式の分散を防いでいます。また、ファミリー会議を通じて子弟の教育も行われています。
こうした海外の取り組みは、日本のファミリー企業でも決して無関係ではなく、改革や経営革新のヒントが多く含まれていると思います。

経営者の考え方を後世に残す

最後に、企業存続のためにお勧めしたいことを1つご紹介します。
それは、経営者が考えていることや、次世代に伝えたいことを、手記などの形で残しておくことです。多くの経営者は日々忙しく、ものを書く時間的・心理的余裕がないかもしれません。しかし、後の世代の人たちが会社をまとめるにしても、あるいは新機軸を打ち出すにしても、創業者が何を考えていたのか、後継の経営者がそれをどう受け止め発展させていったのかを知ることはとても重要です。
自社の原点を知ることは、後継者のモチベーションを高めることにもつながります。そもそもこの会社はなぜできたのか。創業者はどんな思いで事業を始めたのか。そこにどういう苦労があったのか。これまで厳しい状況を乗り越えられたのはなぜか。どんな人が事業に関わり、誰に助けられたのか……等々。
自社のこと、創業者のこと、会社に貢献した人のことを知れば知るほど、この事業を行う会社の意義を理解し、この地で存続してきたことの重要性を感じるようになるものです。
歴史と理念を継承することが、企業存続のための大事な要素であることを意識し、手記など「形あるもの」として残していくことを心がけていただきたいものです。

お話を聞いた方

曽根 秀一 氏(そね ひでかず)

静岡文化芸術大学文化政策学部教授、立命館大学大学院客員教授、ドイツ・キール大学客員研究員

1977年生まれ。滋賀大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。日本学術振興会特別研究員(滋賀大学、神戸大学、和歌山大学)、大阪経済大学経営学部講師、カナダ・メモリアル大学客員研究員、帝塚山大学経営学部講師、ドイツ・ヴィッテンヘルデック大学客員教授、キール大学客員研究員などを経て、現職。ファミリービジネス学会会長。受賞歴に日本ベンチャー学会論文部門奨励賞(清成忠男賞、2014年)、ファミリービジネス学会賞(著書の部)、日本地域学会賞(著作賞、2019年)、商工総合研究所中小企業研究奨励賞本賞(2020年)、企業家研究フォーラム賞(著書の部、2020年)など。専門分野は経営戦略論、組織論、企業史。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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