創業125年、アルテマイスター保志が示す『祈りの再定義』
~「仏壇」から「お厨子」へ、祈りを日常に灯す~

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福島県・会津若松で生まれたアルテマイスター保志(株式会社保志)は、1900(明治33)年の創業から125年にわたり仏壇・仏具を作り続けてきました。6代目の保志康徳社長は次のように語ります。「供養のためだけに祈るのではなく、祈ることで日常の生活や自分を見つめる。その祈りのための装置を広めていきたい」。同社は「厨子(ずし)」という、歴史の原点に立ち返りながら現代の暮らしに合わせた製品を生み出し、現代の祈りのかたちを模索しています。

一貫製造体制と銀座のショールーム

アルテマイスター保志の大きな特長は、原木の買い付けから始まり、丸太の製材から乾燥、木工、塗装、加飾に至るまで、自社で一貫して担える体制にあります。仏壇・仏具業界では分業や海外生産が進み、国内でこうしたものづくりを守り続けている企業は少なくなりました。会津漆器の伝統技術や地元木材を生かす仕組みを背景に、同社は長年この体制を維持してきました。
保志社長はこう語ります。「市場が縮小する中で、国内で製造基盤を維持し続けることには大きな意味があると思います。それは伝統を次世代にきちんと渡すための責任でもあるのです」
さらに2002年には、東京・銀座に直営アンテナショップ『ギャラリー厨子屋(ずしや)』をオープンしました。メーカー自らが小売りに乗り出した背景には、「顧客の声を直接知る必要がある」という課題意識がありました。保志社長は「商品開発に向けて販売店の要望を聞いても、それが本当にお客様の声かはわからない。ならば自らお客様と向き合う場を持とうと考えた」と振り返ります。
このアンテナショップでは、仏壇ではなく「厨子」という言葉を前面に出しました。厨子とは、大切なもの・ことを納める箱、魂を委ねられるほどの霊性ある格別な箱のこと。家単位で継承される仏壇と異なり、厨子は「私が弔いたい」「私が祈りたい」という個人の思いに応える小さな場となります。来店者の中には、亡き人の思い出だけでなく、自分自身のヒストリーや次世代に託したい大切なものを納める人もいるといいます。「供養を切り口にしながら、悲しむ方が希望を持って生きられる装置を届けたい」という思いが、銀座から全国へ発信されています。

アルテマイスター保志の事業規模は、2023年度の売上高36億1,670万円。従業員数は333名(2025年9月時点、パート含む)に上り、国内では数少ない製品開発から製造、販売まで幅広く手がけている企業です。取扱商品は約5,300アイテムに及びますが、その中には年間でわずか1点しか売れないようなものも含まれます。効率だけを求めるのではなく、多様な供養や祈りのかたちに応えようとする姿勢が、こうした数字にも表れています。

その人の大切なものを納める“箱”が並ぶ厨子屋の様子

戦後復興と全国供給の歴史

アルテマイスター保志が全国的な存在感を持つようになったのは戦後のことでした。大都市が空襲で焼け野原となり、地場の仏壇産業が壊滅的な打撃を受ける中、会津から全国に製品を供給し始めます。京都や大阪、東京から「このような仏壇を作れないか」という依頼を受け、自然と全国に対応を広げていったといいます。金箔や金粉で内側が装飾された「金仏壇」よりも、同社は黒檀や紫檀などの木材の美しい木目を生かした「唐木仏壇」を中心に手がけてきました。木目を生かした端正なスタイルは、今日の家具調へと進化し、暮らしの中に溶け込む道を拓くことになりました。
仏壇・仏具は、統計上「木製品その他」「家具その他」に分類されるため、正確な市場規模を把握することが難しい業界です。保志社長は「直近の最盛期はバブル期で小売りベース約5,000億円。現在は1,200億円程度まで縮小しています」と推測します。文化や習慣の変化が直撃する業界であり、市場の状況を定量的に把握しづらいというのも経営上のリスクです。だからこそ、縮小の流れの中でも“祈り”を現代語に翻訳する挑戦が欠かせないのです。

社員が語る「拠り所」としての企業

1993年に保志社長が入社した当時、社内は必ずしも健全な状態ではありませんでした。

「おはようございますと声をかけても返事が返ってこない会社でした」と振り返ります。複数の関連会社に分かれ、利益配分の構造が歪み、製造部門が最も弱い立場に置かれていた時代。そこで自ら「社長をやらせてくれ」と当時社長であった父に直訴し、組織文化の刷新に取り組みました。社員に決算書の内容を開示し、利益は彼らに還元する方針を徹底。新卒採用にも力を注ぎ、若い世代をつねに育てる仕組みを築いてきました。今や毎年全国から10人以上の新卒社員が集まり、自然に世代交代が進む会社へと変貌しています。

ある社員はこう語ります。
「子育てと仕事を両立できる制度があり、生活を犠牲にせずキャリアを続けられました。会社は自分と家族の“拠り所”です」
新卒20年定着率は67%。離職理由の多くは結婚や転居で、会社制度への不満から離れる社員は少数にとどまります。子どもが小学校4年生になるまでの時短勤務や有給休暇の柔軟な取得の仕組みも整い、社員と家族を大切にする企業文化が定着しています。保志社長は「親しかできない役割は親に任せる。職場では、人が抜けても、残る仲間でカバーすればいい。当たり前のことを当たり前にするだけです」と強調します。

さらに保志社長は、会社のあり方を「文化遺産よりも自然遺産に近い」と表現します。作為的につくり込むのではなく、人それぞれの個性を生かす環境を整えることが大切だと考えているからです。「仕事を通して一人ひとりが素敵な人間になっていく。社員が、町内会や地域社会でも“あの人がいてくれてよかった”と思われる存在になれば、会社としての役割を果たしたことになるでしょう」と語ります。
「会社で儲かった利益はできる限り、社員やその家族に還元したい。会社は働いてくれる人があってこそだと思っています。そのため、当社の営業利益は外から見ると薄く見えるかもしれませんが、それでいいんです」
決算書を開示し、利益の使い道を明確に社員と共有する姿勢は、安心感と納得感を支える仕組みにもつながっています。株主配当を過度に重視しない分、資金は人材や設備に優先的に投じられ、残りは社員へと分配される。そのため、社内には「ここで働けばきちんと報われる」という信頼が根付いています。

海外展開が示した共感と他の産業とのコラボレーション

2025年春、フランス・パリのマレ地区にある複合施設の「OGATA Paris」で厨子屋が開催した「HAKO」展は、祈りを文化として再提示する挑戦でした。展示会場では、“大切なものを納める箱”として受け止めたいという来場者の声も寄せられました。保志社長は「箱は心を整えるための小さな場所。宗教や国籍を越えて共感いただけたことが、何よりうれしい」と振り返ります。祈りという日本の良い文化を「世界のスタンダード」に翻訳しようとする試みが、静かに共感を生んでいます。

また、金粉蒔きや金箔押しといった工芸の技は宗教用具の枠を越え、トヨタ自動車の最上位ミニバン「レクサスLM」の内装パーツにも生かされました。さらに本社のある会津若松では、磐梯山麓のリゾート構想に呼応する形で、訪日客からスノーボードや雪板をオーダーメイドで受注して、翌年、その受け取りも兼ねてまた滑りに来たときに渡すという体験型プロジェクトにも参画しています。また、今年は作品「デザイン厨子 TypeB・C・D・E」が、一般社団法人クールジャパン協議会が定める「COOL JAPAN AWARD 2025」を受賞してもいます。
「手元に残る道具と身体に刻まれる時間。その両輪で“記憶の器”をつくりたい」と保志社長は語ります。

毎日の小さな“整える”を積み重ねて、次の125年へ

アルテマイスター保志が守ってきたのは「命と幸せを尊ぶ視座」です。一方で変えてきたのは、祈りを日常語にどう翻訳するかでした。家から個へ、仏間からリビングへ、形式から日常へ。保志社長はこう強調します。「祈りは特別な時だけの所作ではありません。毎日の小さな“整える”の連続なのです」

また、「人は二度生まれる。使命に気づいた時が本当の誕生です」とも語ります。仕事を通じて使命を自覚し、世のため人のために役立つ人材を育てたい。その思いが、縮小市場の中でも挑戦をやめない企業文化を支えています。祈りを日常にそっと編み込みながら、アルテマイスター保志は次の125年に向けて新たな歩みを続けています。

お話を聞いた方

保志 康徳 氏(ほし やすのり)

アルテマイスター保志(株式会社保志)6代目代表取締役社長。1964年福島県会津若松市生まれ。駒澤大学法学部卒業。1993年家業に戻り、2012年アルテマイスター保志(株式会社保志)代表取締役社長に就任。「豊かな心を創る」という企業理念を実現するため、日本の伝統産業のものづくりを生かし、挑戦を続けている。全日本宗教用具協同組合副理事長、仏壇公正取引協議会監事、仏事コーディネーター資格審査協会副理事長、会津若松経営品質協議会事業運営委員長、会津若松漆器団地組合理事、阪神総合卸商業団地協同組合理事、会津宗教用具協同組合理事長

[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
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