“伝統”を土台に、たゆまぬ更新を
家訓を浸透させ、承継を柔軟に設計する

目次
月刊金融ジャーナル2025年11月号掲載、https://www.nikkinonline.com/journal/
日本は世界でも際立った長寿企業大国である。創業100年を超える企業は3万社以上とされ、世界的に見てもその数の多さは際立っている。長寿企業は単に経済主体として利益のみを追求する存在ではなく、地域社会の文化や共同体の記憶を担い、社会基盤を形づくる柱としての性格を有してきた。なぜ日本でこれほど長寿企業が多く生まれたのか。その秘訣は何か。そして現代の変化に対してどのような経営戦略を採るべきなのかを考えることは、今後の日本における企業経営を推し量る上で大きな意義を持つ。
家訓と規範の厚み
長寿企業の最大の特徴は、世代を超えて受け継がれる創業家の家訓や規範が経営の中核に据えられているものが多いという点である。
近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」の精神は、売り手の利益だけでなく、買い手の満足、さらに地域社会全体への貢献をも重視する姿勢である。これは、取引に関わる全ての利害関係者の利益を調和させる規範として、近江商人が全国各地に進出する際に、取引先や地域社会からの信頼を獲得する強固な基盤となった。
また、住友家は京都で薬舗・書林を営んだのち、17世紀初頭に銅精錬へ進出し、1690年に別子銅山を開坑した。その経営にあたって掲げた「浮利を追わず」「信用を重んず」などの家訓は、目先の利益を戒め、資源を守りながら取引先との信頼を積み重ねていくという姿勢を示すものであった。
こうした日常の商いを規律する仕組みとして作用していた家訓や規範は、現代のESG経営やステークホルダー資本主義にも通じるものと言える。
承継と技能の連続性
長寿企業を存続させるためには、承継の設計が不可欠である。承継とは単に「家」を引き継ぐことではなく、技能と信用を連続させる営みである。
飛鳥時代の578年に創業した金剛組は、社寺建築を担う宮大工の技を守り伝えるため、血縁にとらわれず優れた外部の熟練者を積極的に登用してきた。その結果、1,400年以上にわたり社寺建築の第一線に立ち続けている。
他方で、日本各地の伝統産業は、いま後継者難に直面している。西陣織や結城紬、九谷焼や有田焼、輪島塗や津軽塗、さらには刀鍛冶や和紙づくりに至るまで、長い歴史を持ちながらも、担い手不足が共通の課題となっている。
それぞれの産地では、こうした技能の途絶を防ぐため、学校教育、地域行政、観光事業と連動した多様な取り組みが展開されている。高等学校や大学に専門課程を設けて若い世代に技術と文化を伝える例もあれば、自治体や業界団体が研修制度や職人育成プログラムを設置し、国内外から学び手を受け入れるケースも増えている。こうした教育、行政、観光との連携は、伝統産業を未来へと引き継ぐ「生きた文化」として再構築する基盤となっている。
地場に役立つ存在
長寿企業が長らく支持されてきた背景には、地域社会に役立つ存在であり続けたことがある。老舗は地域社会の安全網としての役割を果たし、その公共性が存続の大きな支えになってきた。
地方の酒蔵や味噌蔵は、単に酒や味噌の製造・販売だけでなく、地域の祭礼や観光と深く結びついてきた。例えば、新潟の朝日酒造(1830年創業、代表銘柄「久保田」)や、長野の宮坂醸造(1662年創業、代表銘柄「真澄」)は、地域の祭りや神事と密接に関わり、蔵見学や試飲の場を設けることで観光資源としての役割も果たしている。こうした取り組みは、地域住民だけでなく観光客に対しても文化を発信し、地域アイデンティティーを共有する重要な機会を提供している。
老舗企業が学校教育と結びつき、地域の子ども達に伝統産業や食文化を伝える出張授業を行う事例も増えている。また、地域医療機関と連携して健康啓発に取り組む酒造会社や食品企業もあり、日本酒の適量消費や発酵食品の健康効果を広めている。さらに近年は、環境保全プロジェクトに参加する老舗も増え、森林整備や水源涵養への協力を通じて地域の自然環境を守る活動に乗り出している。
上場と非上場の比較
資本構造の選択も企業の寿命に大きな影響を及ぼしてきた。非上場企業は短期業績の圧力を受けにくく、技能継承や顧客関係といった無形資産への投資を続けやすい。その一方で外部監視が弱く、後継者育成が属人的になりやすいという課題を抱えている。
他方で、上場企業になれば創業当時の理念が失われやすいというデメリットはあるものの、株主規律を受け入れ、資本市場を通じて成長資金を調達し、大きな飛躍を遂げることに成功した例も多い。
江戸から明治にかけて越後屋(1673年創業)は、現金掛値なし商法を導入し、明治期に株式会社化して三越百貨店へと発展、日本の近代的百貨店経営の先駆けとなった。伊藤忠商事(1858年起源)は、近江出身の伊藤忠兵衛の小規模な麻布商いから出発し、上場を通じて資金と信用を得て総合商社へと成長した。キッコーマンは、その源流を17世紀の野田の醸造家に持ち、1917年に野田醤油株式会社として合同設立された。戦後の上場を経て資本力を獲得し、醤油を日本の伝統調味料から国際的な調味料へと位置付け直し、グローバルブランドに育て上げた。今日では、上場によって市場と向き合うか、非上場で地域性を深めるか、それぞれの長寿企業にとって、経営戦略の選択がますます重要度を増している。
家族の関与と所有と経営の分離
長寿企業の経営における家族(創業ファミリー)の関与の仕方は多様である。規模拡大の過程で所有と経営を分離した例としては、上記の三越百貨店や伊藤忠商事が挙げられる。いずれも創業家が理念を保持しつつ、実務をプロに委ねる近代的な経営体制を築いた点で共通している。キッコーマンは複数の創業家による合同経営から出発し、上場を通じて国際ブランドへと成長した。伝統産業が家族経営から合同・上場へと進化した典型と言える。
一方で、金剛組のように、血縁にとらわれず外部の熟練者やプロ経営者を積極的に登用し、資本や組織の形態を柔軟に変えながら技能を守り続けてきた事例もある。また、当主が象徴的な役割を担い、実務は専門家に委ねることで伝統と革新を両立させてきた企業もある。
創業家が理念を保持しつつ、実務を専門経営者に委ねる仕組みは、経営の専門性を高め外部視点を導入できる利点を持つ一方、伝統や家訓が形骸化しないよう理念を共有し実効的に生かすガバナンスの枠組みが欠かせない。
海外との総数比較
長寿企業は世界にも存在するが、日本は数で突出している。創業100年以上は、日本が約3万3,000社、ドイツが2万社、イタリアとフランスが数千社、アメリカが7,000社、スイスが1,000社とされている。
欧州ではワイン、チーズ、時計といった特定産業に集中している。フランスやイタリアのワインなど、食品業界では数百年続くものも多いが、相続税や分割所有でその存立基盤が揺らいでいる。また、スイスの時計産業の経営基盤は堅固だが、市場規模は限定的である。
他方、米国は国の歴史が浅いことに加え、企業の新陳代謝が非常に活発であるため、100年以上続く企業は7,000社程度にとどまる。ただし、鉄道や金融を中心に巨大企業が勃興し、合併、破産、再編を繰り返すことで成長してきた歴史を持つ。古い企業が退場しても新しい企業が次々に誕生するダイナミズムこそが、米国経済の競争力の源泉である。
また、中国では共産主義革命で私企業が解体され、文化大革命で伝統産業が破壊された。近年は清代創業の薬舗や茶舗が復活しているようだが、日本や欧州のような連続性は見られない。
こうした比較から見えてくるのは、制度の安定と承継の柔軟さを兼ね備え、長寿企業が多数生まれる土壌を持っているという日本の特徴である。欧州の伝統産業や米国の新陳代謝型資本主義とは異なる、日本独特の長寿企業文化がここにある。
金融機関と長寿企業の相互関係
地場の金融機関もまた長寿企業の一種であり、地域の老舗企業と共進化してきた。地域企業と地域金融は切り離せない関係にあり、この結び付きが日本に特有の長寿企業の生態系を形づくってきた。地域金融機関の多くは明治~大正期に発祥し(信用金庫は戦後法制化)、100年以上にわたり地域経済を支えてきた。他方で、老舗企業は金融機関からの融資を通じて経営の安定を得てきた。
しかし近年は、人口減少や事業承継難により老舗企業が減少し、金融機関自身も貸出先を失うリスクを抱えるようになっている。長寿企業の未来を考える時、地場の金融機関との強い絆は欠かせない。地方の金融機関が老舗の暖簾やブランドを無形資産として評価し、事業承継や成長戦略に伴走するウィン・ウィンの仕組みを整えられるかどうかが、地域経済の持続性を左右する大きな鍵となる。
未来課題と新たな挑戦
日本企業は今、人口減少、市場縮小、デジタル化、グローバル化、そして環境課題といった新しい波に直面している。長寿企業といえども状況は同じであり、地方市場の縮小トレンドに対応するには、観光やECを通じて外部需要を取り込むことが不可欠である。
デジタル化の進展は、ECやSNSを駆使して海外顧客に直接販売する道を開き、従来の販路に依存しない成長機会をもたらしている。環境問題への対応もまた、企業の評価を左右する要素となっている。脱炭素やリサイクルを進める姿勢は、持続可能性を重視する若い世代の支持を得る上で極めて重要である。
老舗企業の若い後継者は、海外留学や外資系勤務などを通じて豊かな国際経験を積んでいる例が多く、そこで学んだ経営手法を家業に持ち込み改革に挑んでいる。また、こうした若手後継者が主導するグローバル展開も注目される。老舗企業は単なる商品供給者ではなく、日本文化を体現する体験の提供者として見直されており、国際的な文化発信拠点へと進化しつつあるからである。
さらに長寿企業には、社会的役割を果たす地場産業としての存在意義がある。多くの老舗企業は、教育活動や環境保全事業に参加しており、森林資源の循環利用や地場農業との連携を通じて、持続可能な社会づくりという重要な役割を担っているのである。
おわりに
長寿企業の戦略は奇抜なものである必要はなく、家訓を日常業務に浸透させ、承継を柔軟に設計し、資本構造を最適化し、家族と専門家が補完し合い、地場に役立つ活動を続けることに尽きる。そこに金融機関や行政との連携が加わることで、より強固なエコシステムが築かれるのである。
そして未来に向けては、海外経験豊富な若手後継者の力を生かし、伝統を土台に、たゆまぬ更新を続ける姿勢こそが、さらなる100年を開く最良の経営戦略となるだろう。

堀内 勉
一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長
多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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