ビッグデータでみる都市・不動産市場の未来
11-2. ビッグデータでみる「都市」の未来①

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目次

ビッグデータで何を知ることができるのか

「未来を予見する」ときに参考になるのが、2017年10月に発表された『リアル・トレンド(Real Trends)』というレポートです。これは、マサチューセッツ工科大学(MIT)の「不動産研究センター(Institute Center for Real Estate)」で行われたプロジェクト「不動産市場の未来(The Future of Real Estate in the United States)」の成果です。

私たちがビッグデータを扱うようになったのは、最近のことではありません。これまでビッグデータと向き合ってきた長い歴史があります。

まず1つは、私の専門でもある「集計理論」の世界があります。これは指数理論にもとづいて大量のデータを使って指数を作ることによって、または統計を作ることによって、見えない世界を見えるようにしていく研究です。

「多変量解析」という分野もあります。大量のデータを見ても、私たちは認知したり、解釈したりできない。そこで「変数削減」を行う技術として、主成分分析や因子分析などの手法を開発してきました。

近年、新しく出てきたのが「機械学習」です。大量のデータがあっても、すべてのデータを使うことができないので、重要なデータだけを抽出して、未来の予測や構造の理解につなげていく方法です。

これらの手法を使って、MITが「リアル・トレンド」のプロジェクトを行いました。当時は私自身もMIT不動産研究センターのメンバーで、そのときの経験にもとづいて、日本の都市の未来を考えてみます。

私たちがデータと向き合っていく際に、常に意識してきたのは、何に対してデータの力が発揮できるかということです。米国の元国務長官であるドナルド・ラムズフェルド(Donald Rumsfeld)氏が残した有名な言葉があります。

There are known knowns. These are things we know that we know. There are known unknowns. That is to say, there are things that we know we don't know. But there are also unknown unknowns. There are things we don't know we don't know.

既知の既知がある。これらは私たちが知っていることだ。既知の未知もある。つまり、私たちが知らないことを知っているということだ。しかし、未知の未知もある。私たちが知らないことを知らないことである。

ここで重要なのは、「known knowns」はすでに分かっていて、データをアグリゲーション(集計)することで確認を行うことです。既知であれば、人間でも予測は可能ですが、その予測が事実に裏付けられたものか、事実やデータに裏付けられていない人間の直感によるものかで事象が異なるからです。「known unknowns」は、科学の力を使って「unknown」の状態を「known」に変えていくことです。

しかし、「unknown unknowns」は、データサイエンス、機械学習、AIなどの力を使っても、未知の世界があるということです。それには、さまざまな原因があります。汚いデータ(garbage)しかない、データの量が不足している、データの数はあっても多様性が欠如している、いま現在の社会・経済の状況を知りたいのに、古いデータしかなくベロシティ(Velocity:即時性)に欠けている、ベラシティ(Veracity:正確性)が重要なのにそれを欠いた質の悪いデータしかないなどです。そのようなデータしかない場合は、いくら分析しても正しい成果は得られません。

人口動態の変化は都市や不動産にどのような影響を及ぼすのか

「The Future of Real Estate in the United States」のプロジェクトは、当時のアメリカ社会が直面している重要な社会課題の分析から始めました。

最初に「人口動態」を取り上げているのは、都市や不動産の市場が人口にかなり依存しているためです。未来を予見するうえで、人口動態を正確に理解しておく必要があります。

2番目の住宅の取得能力(Affordable Housing)は今、世界中の大都市で非常に大きな社会問題になっています。住宅を適切な価格で持つことができない問題です。

最初の人口動態について、今アメリカではどのように予測されているのかを、日本と対比しながら見てみましょう。

第1に、アメリカでは、これから20年30年先を予見したときに、人口は増え、世帯数も増えると言われています。それに対して、日本は2008年から人口減少に転じ、世帯の減少にも直面しています。

第2に、アメリカの人口増加に何が寄与しているのかというと、移民の増加です。移民が入ってくることで、人口全体のパイが膨らんでいきます。

第3に、アメリカでも、高齢化が進みます。グローバル・エイジングの問題では、日本が世界で最も早く高齢化が進んでいますが、アジアや欧州でも高齢化が進み出しており、アメリカも高齢化の問題に直面します。

第4に、世帯人数が減少することで、住宅密度が低下します。住宅の大きさが一定であると、世帯人数の減少によって住宅の密度は低下します。日本は高齢化の進展とともに、都市を中心に単身世帯が増加していくと考えられます。

第5に、住宅の供給弾力性は、エリアによって違いが出てきます。需要の変動が起きたときに、供給側が需要に応じて供給できれば、住宅の価格は大きく上がりません。しかし、供給が非弾力的であれば、価格は高騰します。一方、日本では、宅地供給が増加し、地方だけでなく都市でも空き家が増加する現象に直面しています。

最後に、魅力的なアメニティとライフスタイルやレジャーを提供する都市が好まれます。いわゆるエンターテインメントが強い都市に人が集まってくると予測しました。多様なアメニティが、都市の成長のドライバー(推進力)になると考えています。

もう10年以上も前ですが、2010年11月に『The Economist』という雑誌が、日本に関する特別レポートを掲載しました。表題は「Into the Unknown」で、日本語としては「未知の世界に突入する」という内容です。

Japan is aging faster than any country in history, with vast consequences for its economy.

日本は、歴史上のどの国よりも早く高齢化が進み、経済に多大な影響を及ぼす。

日本は世界の歴史を見ても、どこにも記録がないスピードで高齢化が進んでいます。その結果として「2050年のオールジャパン(日本全国)は、2010年のYubari-city(北海道夕張市)になってしまうのではないか」と言われました。夕張市は、2010年に財政破綻した町です。日本全体が本当にそうなるのかを、学界でも、産業界でも強い関心を持っているだろうと思います。

人口が集積した「塊り」を都市と定義する

ここで都市にメッシュ状の空間を入れて、都市の人口動態を考えてみようと思います。

都市と聞くと、〇〇市、□□町という形の行政区(市区町村)を想起しますが、これは政治的に決められた1つの「塊り」といえます。ここでは、単純に「人が集積する場所」と考えて、都市を定義します。都市は、人口が集積し、高密度で人が集まっている「塊り」を都市と考えます。

メッシュの切り方はいろいろありますが、1平方km(1km×1km)の四角いメッシュ空間の中に1,000人以上が住んでいるメッシュを1単位と定義します。このメッシュが連続して繋がって1万人以上集まった塊りを都市と考えます。1,000人以上のメッシュが10個つながれば1万人以上になり、それを都市と定義します。

東京では、メッシュがどんどん連続するので、23区はもちろん、その周辺の神奈川県、埼玉県、千葉県も含めて、「東京」という1つの大きな都市の塊りとなります。同様に「大阪」も、メッシュが連続していれば、隣接する兵庫県、京都府も含めて1つの塊りと見ます。

このような条件に当てはまる塊りとして都市は、1970年には504都市でした。しかし、その後、日本の総人口は増えたにも関わらず、2020年には431都市にまで減少しています。

これは何を意味するのでしょうか。

この50年間、人は塊りとなって集まる空間にどんどん集積して、その中間点となっていた地域では、人の塊りが失われてきた、つまり大都市に人口が集中してきたことを意味します。

このような現象をもたらした原因として、新幹線などが東京を発着点として、大阪、名古屋、福岡などを拠点としながら接続してきたことが考えられます。高速道路網が整備されればされるほど、分散ではなく、都市に集中する効果が見られたのです。

これから先、メタバース(仮想空間)や通信技術が発達すると、都市から郊外に、また地方に移動するのではないかと言われていますが、この50年間に起こったことを踏まえて、これから起こる50年を見ていく必要があるでしょう。

都市の人口集積に現れる「べき乗則」の法則性

人口の塊りで定義した都市で重要なのが、そこに1つの秩序、つまり「法則性」が発見されたことです。これは、未来を予測していく上で非常に重要な手掛かりになります。

人口の塊りの都市には、統計モデルでよく知られる「べき乗則」が当てはまります。都市の人口の順位と人口の規模を対数のグラフに表して、横軸は人口の順位とすると、人口が1番多い東京が1位、2位は行政区では横浜ですが、横浜は東京に含まれるので大阪、3位は名古屋となり、1番から431番まで順位がつきます。縦軸を人口の規模を同じく対数値とすると、人口の順位と人口の規模のグラフが一直線になる現象が見られます。これを「べき乗則」といいます。

この意味は、順位の比率が一緒であれば、人口の比率も一緒であるということです。順位の比率が2倍である1位の東京と2位の大阪では、人口の規模の比率は2.27倍になります。東京は大阪に対して人口が2.27倍ということです。人口の順位が10位の奈良市と、順位の比率が2倍となる20位の松山市(愛媛県)では、やはり人口の規模の比率は2.27倍となります。4位と8位、50位と100位を比べても同じ比率になります。

人々が満足度を最大化するように、企業が利潤を最大化するように移動した結果として形成された都市の塊りは「べき乗則」という強い法則性を持って成立しています。これを行政区という塊りの都市で同じようにグラフ化しても、そのような法則性を見出すことはできません。

この法則性は、全国を対象とした分析だけではなく、ローカルに区分した場合でも崩れない強い力を持っています。ニュートンの「万有引力の法則」は私たちに重力の存在を示してくれましたが、人や企業が自由に行動して集積した都市が、そのような強い法則性を持っていることは非常に重要な発見と言えるでしょう。

さらに、この法則性は「入れ子構造」になっています。これまでは全国レベルで都市の分布を見てきましたが、全国を分割した場合でも、分割した地域ごとに同じ法則性が現われます。

例えば、全国を1位の東京と2位の大阪がそれぞれ1つの塊りとなるように2分割します。この2分割したそれぞれの地域、都市の比率を計算しても「べき乗則」が成立します。さらに、この2つの地域をそれぞれ2分割します。西側は大阪と名古屋を頂点とした地域に分けられます。東側は東京と札幌を頂点とした地域に分けられますが、それぞれの地域で「べき乗則」が成立する入れ子構造が存在しています。これは「フラクタル構造」とも呼ばれますが、このような法則性は何を意味するのでしょうか。

都市の順位と規模に「べき乗則」が見られるのは、全国規模で、また地域単位でも「椅子取りゲーム」が行われているのです。どこかの都市に人口が集まれば、どこかの都市の人口は減ってしまう。これは当たり前のように思われるかもしれませんが、このような法則性はビッグデータを分析することで分かったことです。

さらに、日本だけでなく、アメリカでもフランスでも、ドイツでも、中国でもインドでも同じような法則性が確認されています。これは揺るぎない、非常に強い関係性を持っている結果でしょう。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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