ビッグデータと企業経営
14-7. DXをどのように進めたらよいか
目次
カナダにあるトロント大学のアジャイ・アグラワル教授による著書『予測マシン』を参考に、企業は「DXをどうのように進めたらよいか?」を考えてみましょう。最近では、「AI、AI」とよくいわれます。DXを進めることで、企業におけるすべての仕事がAIによって取って代わられるわけではありません。広い意味での「人間とAI」「人間と機械」の分業が進むと考えるのがよいでしょう。
AIの登場によって、新しい分業の形が誕生しようとしています。人間にも機械にも、それぞれ欠点があれば、長所もあります。経営者はそれぞれの長所と短所を理解し、機械と人間が協力して予測精度を上げ、結果として企業全体のDXを進めていくのがAIの正しい使い方でしょう。
「分業」という考え方は、経済学の祖と呼ばれる英国のアダム・スミス(1723-1790年)が1776年に『The Wealth of Nations』、日本では『国富論』というタイトルの本を表したときに誕生しました。この本では分業の理論が提案され、相対的な力の強弱度に応じて役割が分担されていくと述べています。これはHuman Resource Technology(人材テクノロジー)の分野でも、誰と誰を組み合わせるのがよいのかという発想にも使われています。人間とAIも、その応用事例の1つと思ってよいでしょう。
人間の予測と判断を補完するAI
現在、AIは人間に代わって予測することを目指していますが、人間の予測を補完するという使い方もあります。予測するためには、データの入力、訓練、フィードバックを繰り返しますが、機械の予測が外れたときに「予測システムが間違っている」とか「性能がよくない」と考えるのではなく、「新しい知見を得た」と考えるべきです。「なぜ機械の予測が外れたのか」ということが、企業にとっての財産になります。もう一度、その結果をフィードバックして予測モデルをチューニングし、それを繰り返し、繰り返し行うことでAIは賢くなっていきます。
人間も間違います。人間は間違いから多くのことを学ぶのと同様に、AIも間違いから多くのことを学びます。よくあるケースは、AIが間違えると「ほらみろ、AIなんて使えないじゃないか」で片付けてしまう人もいますが、AIも成長させなければ使えないのです。
もちろん、人間にしかできないこともあります。AIが使えるようになって業務範囲が広がることを恐れて、AIを毛嫌いしてしまう人も出てくるでしょう。それが組織です。自分の仕事が奪われてしまうことを恐れてしまうためです。しかし、最終的な責任をAIに取らせることはできませんから、最終的な判断は人間が行わなければなりません。どこをAIに任せて、どこを人間が担うのかを、組織の意思決定プロセスとして考えていく必要があります。
ワークフローを分解して仕事を再編する
アジャイ教授の本では、ワークフローを分解することを提案しています。AIのツールは、仕事、職業、戦略ではなく、タスクごとの単位で設計されます。タスクは、決断の集合体であり、決断は予測と判断によって下されます。その予測と判断は、事前のデータを元に、自分たちの経験や知識に基づいて、人間は予測を行い判断しています。ここの一部をAIが担ってくれると考えれば分かりやすいでしょう。ワークフローのプロセス全体を再設計し、自動化する可能性を探ることが行われているのです。
タスクを分解できれば、「仕事の再編」を考えることができます。テクノロジーは人間を強くし、人間の力を変えることができるものの、その逆をもたらしてしまうこともあるので、AIがすべてではなく一部のタスクを引き受けて仕事が強化されるようなシナリオを作っていく必要があります。
この先、AIツールが企業に導入されれば、自然と普及していくでしょう。機械によって不要になるタスクが出てくるならならば、人間には空き時間が生まれ、その空き時間に新たに補充されるタスクが出てきます。
評価されるタスクが変化することもあるでしょう。例えば、銀行員にとって必要なタスクが何か?といえば、かつては現金を正確に数えることでした。当時は顧客回りをして、現金を数えて持ちかえる集金業務がありました。お札を正確に早く数えることが、非常に重要なスキルだったのです。私の父も兄も銀行員だったので銀行員に憧れていましたが、私は手が汗かきで、お札を正確に数えられなかったので銀行員になるのは諦めました。しかし、今では機械化やキャッシュレス化が進み、お札を数えている銀行員はほとんどないといわれています。
同様に、事務職員にはどのようなスキルが必要だったでしょうか。当時はタイピングできることでした。1980年代に日本語ワードプロセッサーやパソコンが普及するまでは、学校でもタイプライターの授業がありました。紙に直接、文字を打つので、一度打ち間違えると修正することができません。タイピングには、間違えずに正確に早く打つことが求められました。今では一般企業においてタイピングする仕事はほとんどなくなってきています。
テクノロジーの進化とともに人間とAIの評価も変化
評価されるタスクは、企業や社会が変わることで変化してしまうこともありますが、人間のほうが得意でもやりたくない仕事もあります。例えば、勤務ローテーションの決定は、人間の感情が入る仕事です。お店の店長がパートやアルバイトのローテーションを決める、病院の看護師長が看護師の夜勤勤務を含めたローテーションを決める。きっとAIよりも、ベテランの店長、ベテランの看護師長の方がローテーションを決めることは得意かもしれません。それは情報量が豊富だからです。
企業において、プライベートに関する個人情報をすべて記録することは難しいでしょう。しかし、日常の付き合いの中で、店長や看護師長には1人1人の個人情報が自ずとインプットされます。子供が何歳ぐらいで、今どういう状況で、何らかの障害を持っていたとしても、企業の中の情報には記録されません。結婚相手がどのような状況で、単身赴任しているとか、いま親の介護をしていて、午前中は介護サービスを使っているので時間があるが、昼を過ぎると都合が付かないといった個人的な事情は、企業の中にある情報だけでは分からないことがあります。
それらをすべて加味したローテーション作りを、ベテランの店長や看護師長はやっています。それをAIがやると、もちろん個別の配慮はできませんから、AIはベテランの店長、看護師長に負けてしまうでしょう。
しかし、人間がどんなに得意でも、人間が行うことで「誰誰が贔屓されているのではないか」と言われてしまったり、「自分は冷遇されているのではないか」と考えたり、さまざまな感情が出てきてしまうことがあります。「そのローテーションはAIが決めたんだから…」と片付けることができれば、人間がやるよりもAIがやったほうが、円滑に仕事を回すことができるかもしれません。
一方で、機械のほうが得意だけど、まだ機械に任すことができない仕事もあります。自動運転はその1つでしょう。すべての車が自動運転になったときには、交通事故はなくなるかもしれません。極限までいけば事故がなくなるでしょうし、今の段階でも事故の絶対数を減らすことができると思います。
しかし、自動運転で、もし事故を起こしてしまった場合、「その責任は誰が取るのか」といった社会的な制度ができていません。そのような状況の下では、まだ完全にAIだけに運転を任せることはできないのです。
AIと人間がもたらす人の評価と機械の評価はテクノロジーの進化とともに変質していきます。この変化を見通したうえで、社会制度の変化なども見据えながら、経営者は人間と機械の分業を決めていく必要があります。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏