林屋コンクリート工業の堅実経営と変化への挑戦
~牛車で運ぶ建材店からおよそ100年。受け継がれる経営理念~

目次
1929年、牛車で砂利やセメントを運ぶ町の建材店として東京都板橋区で始まった林屋コンクリート工業株式会社は、戦後の成長期を経てコンクリート製品の“プレキャスト化”を武器に、全国のインフラを支えてきました。現在は約2,800種類の金型を保有しながら、自社の鉄鋼部門によって最短30分で製造に着手。在庫も常に確保することで、現場からの「すぐ欲しい」に応える、駆け込み寺のような存在にもなっています。さらに、近年は遊休地を活用してダチョウ牧場をオープンして新規事業にも着手するなど、さらなる発展を見据えています。創業からもうすぐ100年。同社のこれまでの歩みと、受け継がれてきた経営理念、次なる挑戦を聞きます。
牛車からのはじまり。「現場打ちさせない」事業の基本
道路や下水道などのインフラ整備に使用されるコンクリート製品を通じて、街を支えている林屋コンクリート工業株式会社。縁石や側溝、マンホールといった製品の製造を主軸に、代理店として鉄蓋や化粧ブロック、生コンクリートなどの販売も行っています。これまでに東京駅や国会議事堂、赤坂御用地、歌舞伎座などをはじめとした全国の名だたる施設のインフラ整備に同社の製品が使われてきました。
創業は1929年。現社長である林重信氏の祖父が、町場の建材店「林屋商店」として立ち上げました。当時は砂利や砂、セメントといった建築・土木用の材料を販売しており、牛車で現場まで運んでいたといいます。
そして、戦後の高度成長期のさなかにあった1963年、コンクリート製品の製造販売会社として「林屋コンクリート工業株式会社」に組織変更しました。当時、急速に経済が発展する中で、自社事業の付加価値向上のため、多くの建材店が「生コン会社」か「コンクリート製品製造会社」のどちらかに事業内容を定めていったのだといいます。同社は戦前・戦中にセメントで瓦屋根を手作りで製造していたことから、製造会社になる道を選択し、現在まで成長を続けてきました。
そのような同社は、自らの役割を「お客様が『現場打ち』や現場加工をしなくて済むようにすること」だといいます。従来、コンクリート製品は現在のように工場で作るのではなく、施工現場で型を組み、生コンを流し込んで固める「現場打ち」が当たり前でした。しかし、工事現場で製作した場合、コンクリートは練ってから必要な強度が出るまで4週間ほどの養生期間が必要で、時間も手間もかかってしまいます。高度成長期で各地のインフラ整備が急ピッチで進む中、この制約がボトルネックとなっていました。
それと前後して、1949年には工業標準化法が制定され、日本工業規格(現・日本産業規格、JIS)ができたことによって全国の製品の規格が統一化。これをきっかけに、コンクリート製品を工場であらかじめ製造しておき、現場に運んで組み立ててすぐに使えるようにする「プレキャスト化」が進みました。この製法は現在でも主流となっています。
とはいえ、依然として規格品では収まりきらない製品はあり、その場合は『現場打ち』で対応されているそうです。そのような特殊な製品についても、「なるべく工場で作ることで、現場で作ったり加工したりする手間を省こうというのが、私たちの基本の考えなのです」と林社長は話します。
「すぐに欲しい」をかなえる設備と備え
同社の大きな強みは、「早さ」と「豊富さ」にあります。コンクリート製品には、国のJIS規格だけでなく、国土交通省や防衛省、さらには都道府県や市町ごとに異なる仕様があります。それぞれ必要な金型も異なるため、作るには費用も時間もかかります。また、汎用品以外は出荷量が少なく採算が合いにくいことから、多くのメーカーはあまり多くの種類の金型を揃えてはいません。
そのような中、同社では関東圏を中心に幅広い規格に対応し、約2,800種類もの金型を保有しています。さらに、新たな金型を作る費用と時間を抑えるため、社内に鉄鋼部門を設置。外部に依頼すると金型を作るだけで数カ月かかりますが、社内でなら1週間ほどで作ることができ、費用も半分以下に抑えることができます。また、数多くある金型から必要なものをすぐに取り出すための独自の管理システムを備え、最短30分で製造が開始できるスピードも実現しました。
さらに、同社は在庫を常に用意しておくことで、「すぐに欲しい」というお客様からの要望にも応えています。コンクリート製品は養生期間を必要とするため、在庫がない状態では急なニーズに応えられません。しかし、同社は他社と比べて豊富な種類の製品をあらかじめ作り、即納にも対応。工期が迫った現場にとっては特にこれが大きな魅力となっており、関西や四国、九州といった遠方からも相談が寄せられる、駆け込み寺のような存在になっています。
林社長は「コンクリート製品はすぐに作れないからこそ、生産や在庫の計画が重要だと思っています」と話します。金型を持ち、すぐに生産する。在庫を持ち、すぐに届ける。現場打ちを減らすための同社の備えこそが、大きな競争力となっています。
「安売りしない」価格と、拡大より存続を優先する経営
林屋コンクリート工業には、創業者の代から続く「堅実な経営」の姿勢があります。同社の経営理念は「いたずらに拡大を求めず、安定と存続を優先した経営を目指す」です。
高度成長期、日本中でインフラ整備が進む中、事業の拡大のために多くの同業他社は本社から離れた場所に次々と工場を建設し、事業を拡大していきました。土地価格も上がっていた時代だったため、既存の工場を担保に銀行から資金を借りて拡大するのが「成長のセオリー」だったといいます。
その後、1960年代後半から1980年代前半にかけて、ある程度インフラ整備が終わると需要は急減。増やしすぎた工場を閉鎖せざるをえなくなった一方、土地価格の下落により、処分にも苦労する企業が続出したといいます。
一方で同社は、3つ目の工場建設を計画していましたが、土地のみの購入でそこから話を進めなかったために、そのような苦労をせずに済んだのだといいます。その背景には、創業者から受け継がれてきた堅実な経営の理念がありました。
「先代は、7割の自己資金が貯まらなければ新しい設備を増やさないという方針でした。他社と同じように土地を担保にすれば、3つ、4つと工場を増やせたと思いますが、借金をしてまでやることを嫌がったんです。でも、そのおかげで財務状況は悪化せず、今までほぼ無借金の状態で続けることができているのだと思います」
いたずらに拡大を求めない。その理念が会社を守ってきたのです。そうした堅実な経営の姿勢は、現在も変わりません。同社の価格は「東京で一番高い」といわれているといいます。その理由は「安売りしたくない」からだと林社長は話します。同社の主要工場は埼玉県朝霞市にありますが、東京都内までわずか4~5キロという立地。土地代も人件費もほぼ東京水準となるため、それを踏まえた価格にして収益性を確保しています。
加えて、今の価格を貫く背景には、林社長自身の過去の経験もあります。
「私もこの会社で営業を経験しましたが、お客様に買いたたかれることがいちばん辛かったのです。製品に価値がないからだ、売っているお前にも価値がないからだと言われているような気がしました。私は、営業をする従業員にそんな思いをさせたくない。だからこそ、安売りはしないと決めています。
しかし、ただ高く売りたいと言っても同じ商品・同じサービスでは高くは売れません。同じ商品・同じサービスなら、安いほうが良いに決まっていますから。つまり、高く売るためには商品とサービスに何らかの付加価値を付ける必要があります。その点において、中小企業が取れる戦略は差別化しかないと思います」
秘訣は、時代に応じた変化を見極めること
とはいえ、同社は何も変えずにここまできたわけではありません。インフラ整備が急速に発展した1980年代後半ごろまでは、汎用品を作っているだけで仕事が十分にあり、ある程度の利益も出るような業界だったといいます。
しかし、その後インフラ整備が一段落し、新設から維持補修へと市場ニーズが変化。企業として生き残るためには、何かしらの変化が求められました。当時について、「事業の転換には大きな苦労がありましたね」と林社長は振り返ります。
同社では、時代の変化に適応するために、従来現場打ちで対応していた製品の工場製品化を進めるとともに、製造や運搬などの工程全体の見直しも続け、自社の付加価値を追求しながら利益を生み出してきました。
無理な拡大を求めず、しかし、変化に合わせてしっかりアップデートするその姿勢こそが、約100年の間続いてきた秘訣なのです。
ダチョウを通じた新たな挑戦。新事業軸を創出
同社はさらに、新たな挑戦にも着手しました。それがダチョウの飼育です。2020年、埼玉県美里町にダチョウ牧場「美里オーストリッチファーム」をオープンし、一般の人たちの体験の場や、事業創出の基点となっています。
この牧場は、もともと工場用地として購入したものの、工場建設を見送り、遊休地となっていました。手つかずの状態で雑草が生い茂り、草刈りをしきれないほどだったといいます。そのような時に先代が目にしたのが、「ダチョウは雑草をよく食べる」という情報でした。調べるうちに、数百羽のダチョウを飼育しても2~3人の人員で回せる可能性が見えてきたことから、ダチョウ牧場を始めることに。1万坪以上ある牧場は、国内ではトップクラスの規模となっています。
現在は、ダチョウの卵やスイーツ、肉、革小物などダチョウ関連の商品を販売しているほか、ダチョウと触れ合う体験スペースやワークショップも提供しています。さらに、ダチョウのオイル化粧品も開発。人間の皮脂に近い性質を持ち肌なじみがよく、保湿力と香りのよさが評価される製品となっています。ふるさと納税の返礼品としても活用し、事業としての黒字化を目指しているといいます。
堅実に、でもリスクは取る。将来を拓くために必要な姿勢
コンクリート製品の将来について、林社長は「ほかの材料に取って代わられる可能性はほぼありません」と言い切ります。
「コンクリートほど機能と経済性を兼ね備えた材料は、ほかに存在しません。コンクリートは、ほぼタダともいえる砂をセメントで接着して固めただけですから。もちろん、鉄やプラスチックのように、コンクリート以上の強度や軽さを持っている素材はありますが、コストも含めてトータルで見たときに、コンクリートに取って代わる材料はないのです」
同社は、コンクリート製品の将来を見据え、今後も変わらずに事業を進めていく考えです。そして、ダチョウ事業などの新たな収益源の育成にも取り組み、変化しながら、これからも存続する会社を着実に作り上げていこうとしています。
戦前から、その時代の変化に対応し、成長し続ける同社。現代において、次世代のリーダーは何を大切にすべきか。林社長は次のように語ります。
「あまり不必要な無理をせず、堅実に。ただし、状況によっては思い切った変革に対してリスクを取ることが必要だと思います。どのぐらいリスクを許容できるかを読み、その範囲内で取るべき時はリスクを取っていかなければ、事業を継続していくことは難しいと思うのです」
戦前の町場の建材店から100年近く歩んできた同社。その歩みには、「いたずらに拡大を求めず、安定と存続を優先する」という経営理念と、「必要な時にはリスクを取る」という、一見相反するようで実はどちらも支えとなっているこの2つの姿勢があるのです。

お話を聞いた方
林 重信 氏(はやし しげのぶ)
林屋コンクリート工業株式会社 代表取締役社長
1954年東京都生まれ。早稲田大学卒業。1977年に林屋コンクリート工業株式会社へ入社し、工場で製造や試験室などすべての部署を経験。その後、本社の営業部、総務部を経て、2013年に代表取締役社長に就任。また、業界団体である東日本セメント製品工業組合の理事長を12年間勤め、その功績により2019年春の叙勲において藍綬褒章を受賞。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ










