「英語で日本を正しく伝える」ため、柔軟に変革し続ける
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本記事では、2020年10月29日開催のシンポジウム「THE EXPO 百年の計」 に登壇いただいた、経営者・経営学者の方のお話しをさらに深堀りします。
今回は、株式会社ジャパンタイムズ 代表取締役会長兼社長 末松 弥奈子氏にうかがいます。
日本とジャパンタイムズは二人三脚
1897年に創刊された日本最古の英字新聞であり、国内のみならず諸外国でも、政府高官やシンクタンクを中心に広く購読されている『ジャパンタイムズ』。発行する株式会社ジャパンタイムズの末松弥奈子代表取締役会長兼社長は、2017年6月に同社の経営権を取得し、その任に就いた。
「ご縁をいただいて、英字新聞の経営にチャレンジすることになりました。そう決心した理由の一つは、私自身のそれまでの経験を活かせるのではと考えたからです」
末松氏は大学院修士課程を修了した1993年、インターネット関連ビジネスを起業。ウェブサイト制作やオンラインマーケティングに携わったのち、2001年にはネットによる企業の情報発信を支援する会社を設立し、長くネットビジネスを手掛けてきた。英字新聞というメディアへの参入を決めたのは、新聞社を苦境に追い込むデジタル化に、新たな可能性も感じたからだった。さらに末松氏は、ジャパンタイムズ社の経営に参画したもう一つの理由についてこう話す。
「日本に関する英語での情報量の不足は、長年指摘されてきました。そのため、当社が日本を元気にするお手伝いができれば、『ジャパンタイムズ』への注目度も高まります。いわば日本と当社は二人三脚の関係にあり、英語で日本の情報を正しく発信することが当社の使命だと思っています」
120年前と変わらぬミッションをあらためて明文化
「日本のいま、そして未来を、世界に正しく伝える」
末松氏が掲げた新生『ジャパンタイムズ』のミッションである。同紙が創刊された明治中期以降、日本国内ではいくつもの英字新聞が創刊されたが、発行人はみな外国人であり、外国人の視点で編集されたものだった。それに対し、日本人の手による『ジャパンタイムズ』は、日本の正しい姿を世界に発信し、欧米諸国に対して国家の存在感を高めることをめざした。末松氏が「ミッションは創刊当時もいまも変わらないし、この役割を担える媒体は他にはありません」と胸を張るのはこのためだが、あらためて明文化したのはなぜなのだろう。
「インターネットによって世界中の情報が瞬時に入手できる現代では、最新のニュースを新聞で読んで知ることはまずありません。もはや新聞が速報性を持っていない以上、私たちの使命は、たんにファクトを早く伝えるのではなく、情報を精査し信頼できるものにして、歴史的背景などを含めて、前後の文脈も一緒に伝えることです。これは、日本やアジアの情勢について報じる時にはとりわけ重要で、私自身が心構えとして持っていることを社員たちに伝えたかったのです」
ミッションへの理解が紙面の変化に表れた
もうひとつ、末松氏がミッションとして社員と共有したいと考えるのが、120年を超える歴史を持つメディアとしての責任だ。
「当然ですが、未来はいつか〝いま〟になりますし、今日の出来事というのは、間違いなく歴史に残ります。我々が報道したこともそのまま残るわけで、まず、メディアとしてそれを自覚する必要があります。例えば、日本について英語で書かれた文献というのは、戦中以前はとても少なく、そうした時代について書かれた論文の中には、いまだに『ジャパンタイムズ』のアーカイブを引用しているものがありますし、当紙のアーカイブは、世界中の大学や公共機関に所蔵されています。それだけ新聞には大切な役割があるのです」
末松氏は、そうした自身の思いが、社員たちにしっかり伝わっていると感じている。それは『ジャパンタイムズ』の現在の紙面に表れているからだ。いわゆるストレートニュースだけでなく、たしかな洞察力に基づいてしっかり事実を掘り下げた記事が多く掲載されている。これは末松氏の就任以降に起こった大きな変化であり、変革だという。
個も組織も柔軟であれば変化に対応できる
変革は、ジャパンタイムズ社という組織においても進められている。同社では昨年から今年にかけて、社内にあった出版や広告などの各事業部を分社、独立させた。これは、それぞれの分野でプロフェッショナルを育て、企業としてもスペシャリストになり、各分野で日本の〝いま〟や魅力を発信したいという末松氏の意図が込められている。
「これまで変化に乏しい会社でしたから、社員たちはかなり戸惑ったと思います(笑)。社員たちには〝とにかく柔軟であれ〟〝しっかり周りを見よう〟と言っています。これらは歴史のある会社では弱みになりがちなので、私自身も気をつけています」
今年のコロナ禍では、ジャパンタイムズ社でも社員の安全を守る観点から、リモートワークが導入されたが、日々の新聞の編集、発行に支障をきたすことはなかった。幸いにも昨年、新しいシステムを導入し、社外からでも新聞を編集、発行するインフラが整っていたことで、社員は自宅にいながらにして業務を滞りなく行なえたのだという。
「1年前は、多くのスタッフは新しいシステムの導入に半信半疑で、〝導入したい〟という者もいれば、〝入れても意味がない〟という者もいました。結果的にコロナにも対応できたので導入しておいてよかったのですが、そうした環境の変化も含め、組織としても柔軟に対応できるようにしたいですし、それが当社の一番の課題だと感じています」
世界に貢献できる日本であるために
〝日本〟を世界に向けて正しく発信するというミッションは、新聞事業以外でも実行されている。2018年に始めた「Japan Times Satoyama推進コンソーシアム」は、日本各地の伝統的な企業や特色のある活動をしている団体、地域に合った行政を行なっている自治体の首長などを英語で紹介する取り組みだ。ジャパンタイムズ社では、そうした人々が持つ知見をきっかけに日本国内、さらに世界の人々と繫がることを目的としている。
「私が当社の経営に携わって感じるのは、日本発の情報がほぼ東京発のものに偏っているということで、それだと日本の一面しか伝えていないと思うのです。日本という国は、人口や地域性という点で、日本人が自覚している以上に〝大きな国〟なのではないでしょうか。ですから、日本を正しく伝えるには多面的に伝えることが大切で、日本の様々な地域が世界に認知されるための支援をしたいという思いがあります」
そう語る末松氏は、日本初の全寮制の文科省認定小学校として、今年4月に開校した「神石インターナショナルスクール」(広島県)の理事長兼校長という顔も持つ。同校では、日本の小学校の学習指導要領に準拠した授業が行なわれ、外国人であっても国語の授業は日本語で受ける。日本の義務教育を高く評価する末松氏は、日本の教育の長所をベースに、スイスやイギリスなどの教育の長所を取り入れたインターナショナルスクールをめざしている。そして、そこで育てたいのが、日本の良さをしっかり理解した上で海外で発信していくことができるグローバル人材だ。これは、「日本と世界の相互理解を推進することで、より良い世界の実現に貢献する」というジャパンタイムズ社のビジョンにも重なる。
「『Japan Times Satoyama推進コンソーシアム』も『神石インターナショナルスクール』も、日本と世界の関係を良くする、あるいは、世界に貢献できる日本でありたいという願いに繫がっていると思っています」
従来の英字新聞の枠を超えた事業展開へ
先が読めないといわれる新聞業界の置かれた状況を打開するために、末松氏が掲げるキーワードもまた、「多面的」である。例えば、末松氏が長年手がけてきた、企業のニュースリリースなどの情報発信サービスは、英語版にバージョンアップしたものをジャパンタイムズキューブ社として開発中だ。また今後は、企業サイトの英語版へのアクセス数を増やすためのプラットフォームを提供するなど、企業に直接役立つサービスを充実、拡大させていく方針だという。
「ジャーナリズムが大黒柱にはなるものの、『ジャパンタイムズ』という名前にふさわしい周辺ビジネスをしっかりと展開していき、日本を世界に正しく伝えていくような事業拡大に着手したいと考えています」
日本の企業が海外に情報を発信するサポートをしたいという思いは、じつは、末松氏が現職に就く前の5年間に経営に携わった家業(ツネイシホールディングス)の造船業で、情報を有効に活用できずに中国と韓国に逆転を許した苦い経験に端を発している。そのため末松氏は「私としては、今後最も力を入れていきたい事業です」と熱く語る。
末松氏の経営者としての豊富な経験と、新聞業界を見つめる新鮮な視点。『ジャパンタイムズ』の持つ長い歴史と、ダイバーシティに富んだ組織。それらを融合させ、従来の英字新聞の枠から飛び出そうとしているジャパンタイムズ社の未来は明るい。
お話を聞いた方
末松 弥奈子 氏
株式会社ジャパンタイムズ 代表取締役会長兼社長
広島県出身。1993年学習院大学大学院修了後、インターネット関連ビジネスで起業。2017年ニューズ・ツー・ユーホールディングス社長(現任)。同年ジャパンタイムズ会長・発行人となり、20年3月より現職。20年4月、日本初の全寮制の文科省認定小学校、神石インターナショナルスクールを開校。現在、神石高原学園理事長、次世代教育開発代表取締役、弥勒の里国際文化学院日本語学校理事長なども務める。14~18年にはツネイシホールディングス取締役(15年からは代表取締役専務)を務めた。