危機を乗り越える企業に共通する戦略とは ~世界トップを走る素材産業の強さ~
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日本の素材産業は100年企業に支えられているといっても過言ではありません。時代の荒波にさらされながらも粘り強く新規事業を育み、生き残ってきた素材メーカーは地域創生にも大きく寄与しています。こうした長い歴史を持つ100年企業の特徴とは何か、そして地域はいかにあるべきか。産業タイムズの代表取締役会長・泉谷渉氏にお話を伺いました。
素材産業をリードする日本の長寿企業
日本企業の競争力低下が指摘されています。かつて市場をリードし、世界を席巻していた日本の組み立て産業や部品産業ですが、韓国や台湾勢の台頭で苦境に立たされ存在感を失う一方です。EVにおいても日本企業の劣勢が報じられ、日本のモノづくり産業は一見、前途多難のように見えます。
しかし産業の中核を成す素材分野に目を向けてみると、そこから見えてくるのは、まったく異なる光景だ、と泉谷氏はいいます。
「素材産業においては日本企業の技術力は他国を大きくリードしています。しかも、太陽電池やLED、環境エネルギーなどに使う先端素材の分野では不可欠の技術です」
一例として泉谷氏は半導体産業をあげます。
「1990年頃には世界の53%のシェアを持っていた日本の半導体産業は、その後、大きくシェアを落としましたが、材料分野では負けていません。半導体の三大材料であるシリコンウエハー、フォトレジスト、フォトマスクの市場はほぼ日本企業が占有しています。半導体の装置産業においても東京エレクトロンがトップです。日本企業の技術力がなければ世界で半導体はつくれません」
液晶分野も同様の構造です。ディスプレイのシェアは中国と韓国に奪われたものの、液晶の製造装置や液晶材料の大半は日本から供給しています。自動車用の板ガラスも旭硝子、日本板硝子、セントラル硝子で世界の80%のシェアを有し、ガラスの中の中間膜では積水化学が、自動車用の薄板では新日鉄住金が世界シェア1位。日本のメーカーから材料の供給が途絶えれば、世界で自動車は生産できないのです。
トップを走り続ける企業に共通するもの
素材産業で比類のない強さを誇る日本企業。その顔ぶれを見ると、共通点として「歴史の長さ」が浮かび上がります。100年以上もの歴史を持つ企業が多いのです。
その理由を泉谷氏は次のように分析します。
「素材産業は種を巻いてから刈り入れするまでに非常に時間がかかります。その意味で、100年企業と素材産業の相性は非常によいのです」
日本には創業100年を超える企業はおおよそ3万社といわれています。これらの企業には5つの共通点があると泉谷氏は指摘します。
「まずは企業文化の継続性が高いこと。トップが変わっても企業文化は継承されます。2つ目に、欧米の企業のように儲からないからといって簡単に売却するということが少ないこと。従業員を大切にして、できるだけ雇用を守ろうとするのも同じ考えによるものです。自分の世代では無理でも次の世代で結果を出せばいいとロングレンジで物事を考えられるのは、日本人ならではの特徴でしょう。3つ目は、あきらめずに待ち続けることのできる忍耐力。結果が出るまで粘り強く辛抱することができるのも日本人の特質です」
今年で創業95年目を迎えた東レは周知のように炭素繊維で世界シェアNo.1を誇っていますが、この事業をスタートしたのはいまから60年も前の1961年。すぐに利益に直結しない事業を諦めることなく継続し、我慢に我慢を重ねて花開かせた好例です。
「4つ目の特徴は、トップが暴利を貪らないこと。社長だからと、何十億円もの報酬を得ることはなく基本的には下に合わせています。団結力やチーム力が強いのも特徴のひとつで、勝ち負けよりも、一丸となって事に臨むことを重視します。それがよくわかるのは甲子園でしょう。勝ったチームよりも負けたチームへの拍手のほうが大きくなる傾向があります。たとえ負けても皆がひとつになれれば悔いはない、という考え方は100年企業にも通底しているものです」
泉谷氏はこうした特徴を備えた企業の代表例として、1931年に創業した旭化成をあげます。100年には及ばないものの、繊維から総合化学産業へと転じた旭化成は、リーマンショックの折には主力のケミカル事業で赤字を出しながらも、トータルでは黒字化を果たしました。救世主となったのがメディカル分野です。
「旭化成は、19世紀後半にドイツで生まれた再生セルロース繊維技術、ベンベルグ®を1928年に取り入れ、血液透析用人工腎臓の中核技術に活用しました。現在、この分野では世界のトップを走っています。途中で事業からの撤退を考えこともあったようですが、新しい技術開発は従業員の努力によってもたされるという意識をトップが持ち、継続してきました。これぞ日本の100年企業の考え方であり、素材産業の強さでしょう」
※「ベンベルグ®」は旭化成株式会社の登録商標または商標です。
地域を支える企業のネットワーク戦略
企業文化を継承して長期的な視点で事業と雇用を守り、忍耐力とチーム力を発揮して危機を乗り越え、歴史を刻んできた100年企業。そこには地域創生に貢献しているモノづくり企業も数多く存在します。
泉谷氏がクローズアップするのが、半導体ベンチャーとして急成長を遂げている熊本・八代の桜井精機です。
「ベンチャーといいながら、もともとは江戸時代に船大工として創業しています。明治に入ってから木造船の発動機を手掛け、その後、半導体を利用したFRP船や太陽熱温水器へと事業を転換してきました。汎用メモリーの代表格であるDRAMの製造に携わったのを契機にブレイクを果たし、2002年には20億円だった売上がいまでは300億円に達しています。リチウムイオン電池や半導体検査装置など最先端の機械の一部を担う技術力には定評がありますが、注目すべきは終身雇用を貫き、かつ熊本県下の中小企業に声をかけてネットワーク化に尽力している点です。ときには自社が受注した仕事を他社にまわして売上向上を促進し、地域全体を盛り上げているのです。その甲斐あって、熊本は日本で半導体企業が多く集積するエリアとして注目を集めています」
1889年に創業した繊維産業のセーレンは地場産業が強い福井で生まれ、時代とともに業態を変え、地域とともに育ってきました。先端分野を強化し、現在では売上の半分を車両用のシートファブリックが占めています。北陸地域の繊維産業の活性化にも熱心に取り組んでいます。
両社に共通するのは、新しいモノを育てようという文化のある土壌です。
「ブリジストンを生み、東芝の創業者や孫正義を送り出した久留米もそうですが、地域が人や企業を創ります。100年企業も同じで、生み出す地盤が肝要です」
企業の強みを最大限に活用し、100年続くための支援をいかに展開するか。どれだけ積極的なサポートを実現できるか。いまこそ、地域全体でのアクションが求められています。
お話を聞いた方
泉谷 渉 氏いずみや わたる
株式会社産業タイムズ社 代表取締役会長
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など多数ある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会理事副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
[編集]株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所
[企画・制作協力] 東洋経済新報社ブランドスタジオ