長寿企業は永続のために何を大切にしているのか【セミナーレポート】

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目まぐるしく変化する経営環境の下で、企業が継続するために大切な要件は何でしょうか。中国古典研究家の守屋淳氏と、日本の長寿企業を調査研究する田久保善彦氏に、思想や経営理念が時代を乗り越えどのように受け継がれていくのかについて語り合っていただきました。

『論語』がもたらす3つの問題点

田久保 経営者に最も読まれている中国古典といえば『論語』です。多くの方は、当然「良いことが書いてある」と思って読んでいます。

ところが、守屋先生は『論語がわかれば日本がわかる』というご著書の中で、『論語』の負の側面について鋭く指摘されています。『論語』の教えを大事にしすぎると、どんな問題が出てくるのでしょうか。

守屋 『論語』はもちろん素晴しい教えなのですが、じつは問題点も存在するという議論は明治時代からありました。明治の啓蒙思想家である西村茂樹は、『論語』をベースとした儒教教育の問題点として「男尊女卑すぎる」「上の者に都合がよすぎる」「保守的すぎて新しいものが生まれない」の3つを挙げています。これは日本社会が現代まで引きずり続けている課題でもあります。

女性議員の割合、管理職への女性の登用など、ずいぶん前から指摘されているにもかかわらず、他国に比べて日本は少ないままです。

田久保 30年以上前にノルウェーを訪問したとき、国会議員の35%程度が女性と聞いて驚いたことを覚えています。日本も少しずつ改善されてはいますが、数字を見るとまだまだですね。

守屋 さらに『論語』は和を重んじるので、上下関係や序列を重視します。これ自体は必ずしも悪い考え方でありませんが、これが強まりすぎると、「上の人間は無条件に偉い。だから上の考えを下に押しつけてもよいのだ」という話になりかねません。

ある外資系の経営者に指摘されたことがあります。たとえば、5つの事業所があり、各事業所には最低でも社員が2人必要であるのに、今は5人しかいないとします。このとき、欧米では、社員を10人に増やすか、事業所を減らすか、その選択が経営判断であると考えます。

ところが日本の場合、無理やり現状の5人で5つの事業所を回そうとする。社員は「上の命令は絶対だから、がんばって何とかしなければならない」と無理をして、一人で回してしまう。このような行き過ぎた現場主義が日本の経営をおかしくしているし、経営者がトレードオフを判断できない元凶になっているというのです。

3つ目の「保守的」であることも、けっして悪いことではありませんが、これが行き過ぎると、「先輩が築いてきたものはどんなことでも受け継がなければならない」という考え方につながり、赤字の垂れ流しになったり、ムダを排除できなくなったりします。

これらが、儒教文化の悪い面が表れた典型的なケースです。

権力を持つ者が緊張感を失わないための仕組みをどうつくるか

田久保 よいものは残しつつも、変えるべきところは変えなければ、企業は社会の中で存在を許されなくなります。そういう意味で、日本の長寿企業は、守屋先生のおっしゃる「論語の功罪」の「罪」の部分をうまく打ち消し、上手に活用しているのではないかという印象を私は持っています。

私は、数年前に長寿企業(創業300年以上、売上50億円以上)の調査研究を行いました。興味深かったのは、その多くが神事、仏事、祭事などをとても大切にしていることです。中には亡くなった社員の法要を50回忌までやるという会社までありました。先祖の霊や先輩諸氏の功績に畏敬の念を抱き続けるという、そのあたりに長寿企業である所以(ゆえん)を感じたものです。

守屋 今のお話を中国古典的な切り口で見れば、「権力のある人間にいかに緊張感をもたせつづけるのか」という話につながってくると思います。持てる権力が強くなればなるほど、堕落のリスクも大きくなるのが人間の性(さが)です。

だから「よき諫言役を持て」と警鐘が鳴らされます。いま『貞観政要』という古典が人気です。これは、唐の皇帝・太宗に対して部下たちが諫言する場面を集めた問答集です。唐の皇帝といえば絶大な権力者です。どんな振る舞いをしても許される、だからこそ堕落の危険性を理解していた太宗は、どんなに耳の痛い諫言でも受け入れ、結果的にすばらしい政治を行ったということです。

企業研修でこの話をすると、とても興味を持たれます。権力者が緊張感を失うと会社の存亡に関わるということを、誰もがわかっているのです。にもかかわらず、不祥事が止まらない。そこをどう止めればよいのかに関心が寄せられているのです。ですから、長寿企業のやり方はとても参考になると思います。

田久保 当事者に聞くと、「なぜ長寿企業になったのかわからない」とおっしゃいます。当たり前のことを当たり前にやっているだけというのです。

ただ、細かく聞いていくと、毎朝神棚に向かって礼拝し心を調えるとか、毎晩仏壇に手を合わせてその日の行動を振り返るなど、「あらがえない存在」の前で自分自身を戒(いまし)めるという姿勢がどこかに必ずありますね。

理念を継承するために大切なこと

田久保 長く続いている会社は、理念や社是が脈々と息づいているものですが、『論語』は2000年以上もの間、読み継がれています。このように大事なコンセプトが伝承されていくためには、何が必要なのでしょうか。

守屋 『論語』の起点は孔子ですが、孟子や荀子など優秀な後継者たちによって、その価値が後世につながれていったことが大きかったと思います。

田久保 たしかに、会社でも経営トップの考えを、別の人が語り始めたときに本当の浸透が始まるのかもしれません。たとえば、松下幸之助には高橋荒太郎、本田宗一郎には藤沢武夫という強力なナンバー2の存在がありました。

守屋 ある団体トップは「経営理念をつくるまではみんな熱心にやるけれども、出来上がったら神棚に飾っておくだけになる」と苦言を呈されていました。それを別の場所で話したら、「中期経営計画もそうですよ」と(笑)。

田久保 似たような話はよく耳にします。やはり理念を言うだけではダメで、実行、実践する姿をトップ自らが見せることが大事なのでしょうね。

ある長寿企業では、「投資」と名のつく案件で1万円以上のものはすべて会長の目を通すというルールがありました。それを入社4年目の26歳の社員が一所懸命語ってくれました。若手社員が語れるということは、全社にそれが浸透しているという証です。

よきナンバー2を持つこと。よき諫言役を持つこと。そして自ら理念を実行、実践する姿を社員に見せること。それが企業永続の、大事な柱になってくると言えるのではないでしょうか。

登壇者

守屋 淳 氏

作家/グロービス経営大学院 特任教授

早稲田大学第一文学部卒業。『孫子』『論語』『韓非子』『老子』『荘子』などの中国古典や、渋沢栄一などの近代の実業家についての著作を刊行するかたわら、グロービス経営大学院アルムナイ・スクールにおいて教鞭をとる。編訳書に60万部の『現代語訳 論語と算盤』(筑摩書房)や『現代語訳 渋沢栄一自伝』(平凡社)、著書にシリーズで20万部の『最高の戦略教科書 孫子』(日本経済新聞出版)など多数。2018年4~9月トロント大学倫理研究センター客員研究員。
▶オフィシャルウェブサイト https://www.chineseclassics.jp/

田久保 善彦 氏

グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長
/学校法人グロービス経営大学院 常務理事

慶應義塾大学理工学部卒業、学士(工学)、修士(工学)、博士(学術)。スイスIMD PEDコース修了。株式会社三菱総合研究所を経て現職。経済同友会幹事、経済同友会・規制制度改革委員会副委員長(2019年度)、ベンチャー企業社外取締役、顧問等も務める。著書に『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)、共著に『志を育てる(増補改訂版)』、『グロービス流 キャリアをつくる技術と戦略』、『27歳からのMBA グロービス流ビジネス基礎力10』、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』、『これからのマネジャーの教科書』(東洋経済新報社)、『日本型「無私」の経営力』(光文社)、等がある。

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