「淘汰の時代」を生き抜く中小企業のヒント ~時代の変化に対応しながら情報を取りに行く~
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世界的なインフレ傾向、コロナ禍、ロシア・ウクライナ問題、円安――。中小企業を取り巻く環境はますます厳しさを増しています。倒産・廃業が急増する「淘汰の時代」を生き抜くには何が必要なのか、中小企業に詳しい神戸国際大学経済学部教授の中村智彦氏にお聞きしました。
旅館の8割が消滅する「淘汰の時代」が始まる
今年1月、帝国データバンクが発表した「全国企業倒産集計」は衝撃的でした。
「借入金への依存度をさらに増やしてでも事業を継続させるのか、余力があるうちに会社を畳み市場から退出を選択するのか、その判断を迫られる正念場の1年となる」
そう明言されていたからです。専門家の見解ならともかく、慎重な言い回しで知られる信用調査会社としては、かなり踏み込んだ表現です。すでに二者択一を迫られる段階なのかと、事態の深刻さを改めて実感させられました。
実際、金融関係者の話を聞いても、いわゆる「ゼロゼロ融資」はもう上限に近づいています。追加融資どころか、そろそろ返済期間が始まってしまう。それにもかかわらず、売り上げはコロナ禍以前に戻る気配がなく、自身は高齢で後継者もいない……。
そうした状況を考えれば「潮時かな」、と経営者が感じるのも当然かもしれません。
さらに、霞が関の中央省庁には中小企業をある程度精査しようとする動きがあります。近年になって打ち出された政策を見ていると、そう感じざるをえないのです。
例えば、コロナ禍の第2波に襲われていた2020年8月、観光庁が『地域旅館の面的再生に向けて』という分科会報告書を発表しましたが、そこでは全国の旅館業者のうち、今後も生き残れるのは2割程度でしかない、と指摘しています。
大変厳しい認識ですが、われわれ専門家もそうした見込みには信憑性を感じざるをえませんでした。
この報告書では倒産や廃業、吸収合併などによって8割の旅館は消滅するという見込みが示されています。そのうち、5割が「成熟旅館群」とされ、残り3割は特に事業継続の見込みが低い「衰退旅館群」と分析されていたからです。
これはマスコミなどが中小企業を対象に実施したアンケートの回答と紐づくところがあります。これを見ると、コロナ禍による売上の減少に対して「ほとんど対策を講じていない」という企業も、全体の3割程度だったのです。その偶然とは思えない合致から推測すると、それらの企業には、もはや事業を継続したいという積極的な意思が失われているのではないかと思われます。
ところで、同報告書の5割の「成熟旅館群」は合併や統合などによって生き残りの道を探ることができる、と提言しています。そうした中小零細企業を「中堅企業」へ再編しようという動きは、中小企業関連の予算からもはっきりと読み取ることができます。ほかの項目と比べて「中小企業等事業再構築促進事業」の予算額が突出しているのです。
端的にいえば、これは事業転換やM&Aによって規模の拡大を目指す企業に補助金を支給する制度です。裏を返せば、既存の事業を続けるのならある程度までは助けるけれども、そのあとは自力で、というメッセージと理解できます。政府は、すでに中小企業経営者にボールを投げかけているわけです。
もちろんこうした霞が関の考え方が全面的に正しいと私も考えるわけではありません。しかし、少なくとも中小企業政策はこの方向に進んでいる。そして経営者はこのまま事業を続けるのか、それとも退場するのか、二者択一を迫られている。現在の状況は、そう捉えるべきではないでしょうか。
大激変する自動車産業に代わるメインプレーヤーとは?
国内でも厳しい状況が増す一方、国際社会の大きな変化の波も押し寄せています。典型的な例は、製造業の中心である自動車産業でしょう。世界の潮流が電気自動車へシフトする中、日本の自動車産業は生き残れるかを問われています。しかし、残念ながらEUのように各国政府が自動車の電動化を産業政策として明確に打ち出しているのに対して、日本が出遅れていることが明らかになっています。日本の次世代産業は、どの領域にあるのか、それを見出すことが求められています。これは雇用の問題にも影響を与える重要な課題です。将来的な成長が期待されたのは航空宇宙産業でしたが、国家的なプロジェクトであった小型旅客機の開発計画は2020年、事実上、凍結されてしまいました。
もう一つ有望視されていたのは医療機器産業です。こちらは順調に成長しており、これからが楽しみな領域ですが、課題もあります。自動車産業ほどの市場規模はなく、専門分野への参入障壁が高いといわれています。それに加え、許認可に要する時間も短くはありません。有望ではあるものの全産業の牽引役としては物足りない、という印象が否めません。
では、今後、日本経済はどこに活路を見出すべきなのでしょうか。
コロナ禍後に期待されているのはインバウンドでしょう。まず、その規模です。コロナ禍の直前、インバウンド関連の市場は自動車部品や電子部品の輸出額に匹敵する大きさに成長していました。
インバウンドというと観光産業だけだと考える方が多いのですが、インバウンドには輸出産業支援としての側面もあります。海外からの観光客には、帰国後も継続的に日本の商品を購入している傾向が見られるのです。化粧品や健康食品など、いったん気に入るとほかの商品に乗り換えにくい品目が存在します。こういうものがコロナ禍以降も輸出額を伸ばしつづけています。
化粧品や健康食品など以外でも、来日した外国人が日本製の機械、装置などを体験し、輸出につながっているケースも数多くあります。今後、コロナ禍が収束した際、インバウンドは再び日本経済にとって重要な位置を占めるでしょう。そのためには、単なる観光客の来日と捉えるのではなく、海外顧客への宣伝、売り込みの機会と捉えることが重要です。
とはいえ、将来的な人口減少も考えると、おそらく日本では企業数そのものが減っていくに違いありません。産業構造も変わらざるをえないでしょう。そうした厳しい時代を生き抜いていくために、経営者に求められているものは何でしょうか。
ヒントは、やはり100年企業にあると思います。
頑張っている会社に共通する2つのポイント
仕事柄もあり、私は全国のさまざまな中小企業をお訪ねしてきましたが、地域や業種を問わず、何世代にもわたって続く企業には、いくつか共通点があるように感じています。中でも、皆さんの参考に供したいポイントが2つあります。
1つは、時代の変化に対して柔軟に対応することです。もちろん、企業理念や活動方針のように、ぶれてはいけないものもありますが、その一方で老舗企業は意外なほどに柔軟です。適応力の高さは「革新的」と表現してもよいくらいで、ブランド戦略上、のれんや伝統をアピールしていますが、進取の気性に富んだ経営者が少なくありません。変化を恐れない姿勢は、見習いたいところです。
そして、もう1つがネットワークを大切にすることです。長寿企業を訪れると、不思議なことに、たいてい先客がいます。まるで社長室や応接室が喫茶店のようになっていて、取引先の経営者や金融機関の担当者、大学時代の友人、地元の名士など、さまざまな立場の人が入れ替わり立ち替わり顔を出すのです。そこから得られる情報が、ときには経営判断を左右するくらいの材料になりえるといいます。経営者自身では気づけなかった世界を知ることができるのでしょう。
今後も厳しい環境が予想されますが、この情報が少しでも参考になり、日本が世界一の100年企業大国であり続けることを願っています。
お話を聞いた方
中村 智彦氏
神戸国際大学 経済学部教授
1964年生まれ。上智大学文学部卒業。外資系航空会社、出版社勤務などを経て、2007年より現職。専門は産業論、中小企業論、地域経済論。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画推進アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。講演会やテレビ出演でも活躍中。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ