不動産が持つ外部性を知る~企業は不動産とどのように向き合うべきか③

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企業不動産戦略は、市場が効率的に機能するのであれば、前回に説明した「第二定義」が適用できます。つまり「取引費用、地代、所得の3つのパラメーターの中で最適な意思決定を行い、時間の経過とともに生じる企業のライフサイクルと不動産のライフサイクルの不整合を解消する」ように戦略を策定すればよいわけです。しかし、ここに「外部性」という要素が加わります。

経済学では「外部性」が存在する場合は、正しく市場が機能しないと考えます。不動産市場では、事業への外部性(externality to business)、空間・スペースなど都市への外部性(externality to spatial)、社会への外部性(externality to social)の3つの外部性が存在します。

事業への外部性

まず、事業への外部性であるFinance & Asset Valueについて考えてみましょう。不動産は、金融資産としての側面を持っています。投資資産として不動産の価値が上昇した時には事業に利益をもたらします。また、企業融資を受ける担保としての価値もあります。実際に使っていない土地でも、抵当に入っている場合もありますし、いざという時に資金を借りる際、借り手の信用力の補完となり融資審査が通りやすくなる場合もあります。

単純に不動産を所有するか賃貸するかの問題だけではなく、1990年後半からはセールス&リースバックや不動産証券化などの様々な手法を組み合わせながら、企業は不動産に向き合うようになってきました。

ある生命保険会社は、本社ビルを売却してリースバックすることで、新しい所有者に家賃を払うようにしました。不動産を売却すれば、地価の下落リスクから解放することができます。一方、もし将来的に値上がりが発生すれば、その値上がり益は放棄することになります。

都市への外部性

都市への外部性であるLandscape & Social Costはどうでしょうか。自社ビルがデザイン面でシンボル性を持っている場合は、それを企業の付加価値として人材採用がやりやすくなるかもしれません。東京・丸の内、大手町のようにブランド性のある場所に立地することで、企業イメージを向上させることができます。アーリーステージの企業にとっては、銀座に土地を買って象徴的な本社ビルを建てることで社会的信用を獲得することもあるでしょう。

一方で、負の外部性もあります。所有する不動産から土壌汚染やアスベストなどが発生したり、回転ドアに子供が挟まれて死亡する事故が起きたりすれば、不動産所有者の責任になり、企業の信用にも関わってきます。

遊休地で問題が起きる場合もあります。ある大手損害保険会社が、もともと社宅であった不動産を取り壊して保有していたら、そこに雑草が生えて害虫が発生し、地域住民から苦情が寄せられました。それによって企業の信用を失うこともあります。

遊休地であれば「すぐに処分すべきだ」「何かに有効利用すべきだ」となるかもしれませんが、「どのタイミングで開発したらよいのか」という問題もあるわけです。それらの問題を全て考慮しながら意思決定していくことが「外部性」への対応になります。

社会への外部性

社会への外部性であるCSR & Environmentとは何か。ここには地球環境への配慮が入ってきます。不動産の取得・売却において総合的なデューデリジェンスや、取引過程における適正な主体の選択と手続きも重要になります。

1990年にドイツ・ベルリンで起きた、日本の大手企業の事例を見てみましょう。ちょうどベルリンの壁が壊れて東西ドイツが統一される時に、ある大手企業がベルリン市から土地の払い下げを受けて、大規模開発をしました。しかし、その土地取引が不明瞭だったと批判が噴出。国家が混乱している時に不当な土地取引を行ったとして、EU法に抵触するという指摘を受けたわけです。そのようなことが起これば不買運動にもつながります。やはり正しい不動産の取引プロセスが重要となります。

地球環境に負荷を与えながら事業を行っている企業は、消費者との接点の中で、環境問題でどのようなリスクに晒されるか分かりません。例えば、ある大手電力会社は国立公園の約4割を保有して保全する活動を行っています。環境に配慮した企業であることを周知することで、リスクを低減させるような行動を取っていると考えられます。

企業不動産戦略を修正する

企業不動産戦略の「第三定義」は、「事業・都市・社会との外部性を吸収しながら、取引費用、地代、所得の3つのパラメーターをその時々において最適な資源配分を実現し、企業のライフサイクルと不動産のライフサイクルの不整合性を解消するための戦略」となります。「外部性」への配慮こそ、これからの時代の企業不動産戦略といえるでしょう。

残された課題は何か

残された課題について考えてみましょう。まず「取引費用、地代、所得の3つのパラメーターに関して、その時々で最適な資源配分を行う」には、企業の中にどのような組織を作って対応するのがよいのか、従来の管財部で本当によいのか、などを考える必要があるでしょう。

「事業・都市・社会への外部性を吸収する」には、コンプライアンス部門との連携が必要になります。「時間の変化に応じた企業のライフサイクルと不動産のライフサイクルの不整合を解消する」には、ダイナミックリサーチ、つまり経営企画部門が中長期戦略をどう作っていくかも重要でしょう。

ICT(情報通信技術)を活用し、不動産をどう管理して情報化するのかという課題もあります。建物の情報をどのような技術を使って管理するか。今なら、3次元のBIM(Building Information Modeling)の活用が考えられます。さらには金融技術の習得も必要です。

不動産市場は、効率的な市場ではありません。不動産の価値を評価する時に、多くの企業は路線価で資産を管理していますが、それでは財務戦略を立てるうえで間違った判断を下すことにもなりかねません。

不動産の有する社会的費用を織り込んで意思決定できるような制度環境を整備していく必要もあります。企業不動産戦略を推進していくために、不動産市場そのものを育成して、企業の持続的な成長ができるような土台を作っていくことが重要になっていくと思います。

国土交通省では、2008年3月にCRE戦略を実践するためのガイドラインを策定しました。ガイドラインには、企業がCRE戦略を導入の必要性をどう考えるのか。企業会計制度、会社法制との留意点も含まれています。企業におけるCRE戦略の実施体制をどうするか。CREの最適化マネジメントをどう実践できるのか。CRE戦略と不動産分析をどうするのか。これは「経営層へのメッセージ」として作成しました。

国土交通省の「合理的なCRE戦略の推進に関する研究会」で、ガイドライン作成のワーキンググループの座長を私が務めました。ガイドラインには「環境不動産」のような考え方も盛り込みました。

様々な形で企業戦略の中に、様々な形でCRE戦略を入れ込んでいく必要性はますます高まっていくでしょう。これから日本では高齢化が進展し、人口が減る中で不動産の価値が大きく変容しようとしています。そのような中で、企業不動産戦略をどう策定するのか。経営者にとって重要な意思決定になるのではないかと思います。

著者

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

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