事業承継をきっかけに理念やビジョンを明確に

長寿企業の特徴のひとつとして、代々受け継がれてきた理念やビジョンがあることが挙げられます。ここ数十年の間に創業した中小企業のなかからも、100年、200年と続く長寿企業が生まれてくるでしょうが、それには理念やビジョンを明確にすることが不可欠です。

事業承継は、自社の理念やビジョンを明確にするよい機会にもなります。では、その機会を生かすためには、具体的にどうすればよいのかを考えていきましょう。

1.事業承継は企業風土を刷新するチャンス

事業承継では、経営者(社長)が交代するとともに、さまざまな社内制度の整備や、事業内容の見直し、新規事業の立ち上げなどを同時に行うことが少なくありません。

そうした取り組みのひとつとして、「企業風土」の刷新も挙げられます。企業風土とは、特定の企業組織において、経営トップから社員までさまざまな構成員の価値観や考え方、行動様式などの背景にある傾向やクセのことをいいます。「企業文化」とか「社風」などといわれているものも同じです。

企業風土は長年の事業を通して、さまざまな要因から形成されるものですが、外部から客観的に見えるわけではなく、当事者も漠然と当然のように感じていることが多いでしょう。

また、企業風土には、よいものもあればあまり好ましくないものもあります。時代や社会の変化によっても、その評価は変わるものです。かつて、大量生産・大量消費の高度経済成長期には、トップの号令のもと、全員が同じ方向へ向かって突進することがよい結果を生むと思われていました。企業風土においても、前向きにいえば「一致団結」、否定的にいえば「金太郎飴」のような風潮が広く見られました。

しかし、日本は少子高齢化が進み、人口も減少。消費者のニーズはどんどん多様化し、個性や感性が重視されるようになっています。企業風土についても、ワークライフバランスやダイバーシティ(多様性)が合言葉となり、こうした変化は「働き方改革」とも重なります。

今や大企業はもちろん、中小企業においても、人材の採用や定着のため、そして業務の効率化のためには、企業風土の見直しが不可欠です。

事業承継の機会にぜひ、経営者(引き渡す側)も後継者(引き継ぐ側)も、企業風土を刷新するため、理念やビジョンを明確にすることを考えるべきです。

2.「企業理念」は経営者のトップダウンで

先述したように、企業風土を刷新するための第一歩は、理念やビジョンを明確にすることです。しかし、理念やビジョンといってもその意味するところは幅広く、人によって解釈も違います。ここでは、大きく2つに分けて考えてみたいと思います。

ひとつは「企業理念」です。「経営理念」や「社是」なども同じです。「企業理念」は一般に、創業の思いや、今日まで事業を維持・発展させてきた組織の価値観などを表現したものです。

「企業理念」の大きな特徴は、経営者がつくるものであるということです。社員などの意見も聞いて、企業理念をつくるケースもあるでしょうが、基本的にはトップダウンでまとめます。

例えば、現代の名経営者の一人にあげられる京セラ創業者の稲盛和夫氏が興した「社是」と「経営理念」は、稲盛氏のリーダーシップによってつくられました。

<京セラの社是>
敬天愛人

<京セラの企業理念>
全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、
人類、社会の進歩発展に貢献すること。

社是の「敬天愛人」は、稲盛氏の郷土である薩摩(鹿児島)の偉人、西郷隆盛が信条にしていた言葉です。稲盛氏は幼少期から西郷隆盛の思想に接し、その影響を受けたそうです。稲盛氏は1959年に社員28人で京都セラミック(現・京セラ)を設立。1966年に社長に就任した際、「敬天愛人」を社是にしました。

また、会社を設立して数年後、社員からの団体交渉を経験し、そこから「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という企業理念をつくったそうです。京セラの社是と企業理念はまさに、稲盛氏のリーダーシップの賜物なのです。

経営理念の例としてもうひとつ、和菓子で有名な虎屋の企業理念を挙げておきましょう。

<虎屋の企業理念>
おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く

虎屋は室町時代後期の創業で500年ほども続く老舗です。この企業理念をつくったのは1985年のことだそうですが、それ以前から同じようなことが言い伝えられていました。それを新しく、表現しなおしたということでしょう。

この企業理念をつくるにあたっては、代々続く創業家の強い意思があったことは間違いありません。

これらの例からも分かるように、企業理念は創業の思いやこれまでの企業の歩みを踏まえつつ、経営者が信念をもってトップダウンでつくるべきものです。

事業承継にあたって、経営者(引き渡す側)と後継者(引き継ぐ側)が自社の経営理念について話し合い、必要に応じて見直し、まだないようであれば新たにまとめることは、とても有意義でしょう。

ただし、そうしてつくる企業理念は多くの人に共感してもらえる、普遍性のあるものでなければなりませんし、特に経営者の私利私欲が潜んでいるようなことがあれば、自ずと周りに分かってしまいます。

また、トップダウンでつくったあとは、それを社内に浸透させ、社員と共有すべくさまざまな取り組みが必要です。具体的には、毎年の事業計画や中期経営計画などについて、経営理念から説明するようにしたり、人材教育における基本的な考えに経営理念を反映させたりするなどが挙げられます。

3.「クレド」は社員からのボトムアップで

企業風土を刷新するための理念やビジョンとして、もうひとつ注目したいのが「クレド」と呼ばれるものです。クレドとは、「我は信ず」を意味する「credo」というラテン語が語源です。現在、経営の分野で「クレド」といえば、企業活動や仕事の基準になる信条・価値観のことを指します。

「企業理念」と「クレド」はどこが違うのでしょうか。先ほども説明したように、「企業理念」は創業の思いや、今日まで事業を維持・発展させてきた、組織の価値観などを表現したもので、どちらかといえば抽象的な表現が多いといえます(虎屋のような例外もありますが)。

それに対し「クレド」は、社員の日常業務における意思決定や行動の基準になるものであり、どちらかといえば平易な表現が多いといえます。

「クレド」が注目されるようになったのは、比較的近年になってからのことです。その背景には、企業を取り巻く経営環境の変化がありました。

先でも述べたように、日本を含む欧米先進国の経済は成熟化し、消費者のニーズは多様化しています。そのため、製造業であれサービス業であれ、ピラミッド型の組織で上からの指示・命令で動くだけでは顧客満足度(いわゆるCS)を高めることができなくなっているのです。

そこで、現場に権限を委譲し、社員の自主的・自律的な判断や行動が重視され、社員の判断基準、行動指針となる「クレド」が多くの企業に広がっています。「クレド」の目的は、自分で考え、行動できる主体的な社員を育てることであり、社員のモチベーションアップにもつながります。

「クレド」で有名なのが、世界的な高級ホテルチェーンのリッツ・カールトンです。日本にも東京、京都、大阪、沖縄の4ヶ所あり、従業員は常にクレド・カードを携帯しているそうです。

<リッツ・カールトンのクレド>
リッツ・カールトンはお客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています。
私たちは、お客様に心あたたまる、くつろいだ、そして洗練された雰囲気を常にお楽しみいただくために最高のパーソナル・サービスと施設を提供することをお約束します。
リッツ・カールトンでお客様が経験されるもの、それは感覚を満たすここちよさ、満ち足りた幸福感そしてお客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービスの心です。

この「クレド」を実践するため、リッツ・カールトンでは1日2,000ドル(約20万円)まで、従業員が自分の判断でゲストのため経費を使っていいことにしています。

例えば、こんなことがあったそうです。リッツ・カールトンに泊まったゲストが、部屋に書類を忘れてしまったところ、それに気づいた従業員がゲストの会社まで届けたというのです。ほかにも世界中でいろいろなエピソードが生まれていて、「リッツ・カールトン・ミスティーク(リッツ・カールトンの神秘)」と呼ばれているとか。

まさに、「クレド」が企業ブランディグにまでつながっているといえるでしょう。

事業承継においても、「クレド」をつくることは社員の自主性・自律性を高めるとともに、モチベーションアップにも有効なはずです。

具体的にはまず、なんのために「クレド」をつくるのか、その目的と狙い(企業活動や仕事の基準になる信条・価値観を明確にすること)を社員に説明します。そのうえで、いろいろな立場の社員にヒアリングしたり、アンケートを取ったりします。質問項目としては、仕事で大事にしていること、喜びを感じること、改善が必要だと思うことなど、現場に焦点を合わせるとよいでしょう。

また、クレドをまとめるにあたっては、社員の意見を集約し、簡潔で覚えやすい表現を工夫します。企業理念やトップの考えとのすり合わせも必要です。企業理念とかけ離れたクレドでは、持続的な効果は期待できません。

4.作って終わりではなく組織への浸透や見直しを

企業理念やクレドは、作成して終わりではなく、組織に浸透、共有されてこそ意味があります。そのためには、いずれも社内外で継続的に周知徹底していく必要があります。

具体的には、社内で多くの人の目につくところに掲示したり、ホームページや会社案内などに掲載したりといったことが考えられます。社員のみならず、取引先やさまざまな関係者に知ってもらうことで、あとに引けないようにするという意味もあります。

また、企業理念やクレドを印刷したカードを作成し、全社員に配布することもよく行われています。社員証と一緒にカードケース内に入れておくようにすれば、いつでも取り出して確認できるでしょう。

社内のミーティングなどで、企業理念やクレドを読み上げることもよいでしょう。ただ読み上げるだけでなく、企業理念やクレドをテーマに、持ち回りで簡単なスピーチをするのも効果的です。自分の番に備えて、日々の業務や新聞やテレビのニュースを見聞きする際に、企業理念やクレドを意識することになります。さらに、企業理念やクレドに関するアンケートなどを定期的に行えば、さらに定着が促されるはずです。

5.まとめ

会社経営における、理念やビジョンの大切さについて見ていきました。自社の企業理念やクレドを従業員と共有することで、会社をまた一歩上の段階へ持っていくことが可能となるはずです。

事業承継においても、ぜひ経営者と後継者が中心となり、社員を巻き込みながら、企業理念とクレドをつくり(つくり直し)、企業風土の刷新に取り組んでみてはいかがでしょうか。

著者

株式会社ボルテックス 100年企業戦略研究所

1社でも多くの100年企業を創出するために。
ボルテックスのシンクタンク『100年企業戦略研究所』は、長寿企業の事業継続性に関する
調査・分析をはじめ、「東京」の強みやその将来性について独自の研究を続けています。

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