世界はインフレとどう闘っているのか
〜最前線から見る世界経済〜

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昨年2023年、日本経済はインフレに転じました。デフレ時代の経営者にとっては「未知の経済」ともいえる環境です。先んじて急激なインフレが生じた諸外国では、今、いったいどうなっているのか。1年の大半を海外で過ごす著作家の宇山卓栄氏に、海外で体感したインフレ事情を聞きました。

地下鉄駅のホームレスが象徴する格差社会の実態

私は著作家という仕事柄、歴史的な遺跡や国際情勢などを取材するため、1年の大半を海外で過ごしています。2023年は9カ月間で18カ国を訪れたのですが、世界的なインフレと円安という二重のコスト高には、かなり苦しめられました。

たとえば、アメリカの主要都市ではピザ1枚やパスタ1皿、ラーメン1杯がおよそ15ドル(2,100円/1ドル=140円として換算。以下同)です。おおむね日本の2倍という感覚でしょうか。庶民が日常的にレストランを利用するような雰囲気ではなく、カフェですら気軽に立ち寄ることができません。とりわけ、若者たちは生活費を抑えるために量販スーパーで廉価な食料を調達していました。しかし、日本のスーパーに比べれば、それも決して廉価とはいえない価格でした。

参考までに、2022年秋ごろにロサンゼルスのコリアンタウンにある大型スーパー「Ralphs(ラルフズ)」を訪ねた際に書き留めた商品価格を示しておきます(表参照)。ニューヨークなど、東海岸の主要都市でもほぼ同じ水準です。

大型スーパー「Ralphs」の卵の価格。1パック12個入りで586円相当は、なかなか渋い金額だ。

ニューヨークを訪ねたときには現地の不動産業界で働く知人に会い、インフレ事情を取材しました。ニューヨークのマンション価格は、一等地の坪単価が250万〜400万円とのことです。東京の一等地も350万〜500万円程度とされるため、ニューヨークのマンションの販売価格が飛び抜けて高騰しているわけではないようです。ただし、あくまで実感的な印象ですが、マンションの家賃に関してはニューヨークが東京を上回っているように思われました。

不動産の販売価格に大きな差が認められないにもかかわらず、なぜニューヨークでは東京よりも物価が高いのでしょうか。理由の1つは、人件費だといわれています。マクドナルドのアルバイトの平均時給は15ドルです。

ニューヨークと同じく物価が高いロサンゼルスでも、富裕層向けの郊外型ショッピングモール「The Grove(ザ・グローブ)」では、手頃なノンブランドのワイシャツ1枚が約1万円で店頭に並んでいます。レストランではパスタ1皿が7,000円でした。

こうした物価の高騰は、社会にひずみを生みます。ロサンゼルスでは地下鉄の駅がホームレスたちの巣窟となっており、そのすさんだ光景は社会の深刻な分断を象徴しているようでした。もともとアメリカは格差社会といわれていましたが、近年のインフレはその荒廃を加速させているように思われます。

途上国でもキャッシュレス化が進展する理由

こうしたインフレに対して、各国政府は経済政策により物価の安定に力を尽くしていますが、民間企業も対策を講じています。その顕著な動きが、各国で急速に進むキャッシュレス化です。物価高騰の大きな要因である人件費を抑えるため、近年、民間企業は大幅な人員削減に取り組んできました。その結果としてキャッシュレス化が進み、現金での支払いを受け付けないケースが急増しているのです。

実際、ラテンアメリカ諸国のような途上国でも、日本より電子決済システムが浸透していました。スタッフがお客の注文を受ける飲食店はまれで、たいていはお客がスマートフォンで二次元コードを読み取り、電子メニューでオーダーします。支払いも交通系ICカードやクレジットカードに限られ、電車やバスなどの公共交通機関でも現金は受け付けていませんでした。新たな技術やシステムの導入によって省人化に努め、インフレと闘おうとする民間企業の経営努力には、参考とすべき点もあるのではないでしょうか。

もっとも、ラテンアメリカ諸国でキャッシュレス化が進んでいる背景には、脱税などの犯罪を防ぐという意味合いも強いようです。民間企業に対して、政府が決済システムの電子化を奨励しており、システムの導入にあたっては助成金を支給するなど、積極的にバックアップしています。

円安の長期化で日本経済復活のチャンスが訪れる

ご承知のように、これまでアメリカはハイペースな金利引き上げで極端なインフレに対応してきました。しかし、5%超の高金利は企業や家計に重い負担を背負わせています。消費者物価指数(CPI)はピーク時の9%超から3%台まで下がったものの、昨今の中東情勢の悪化によりインフレの再燃も懸念されています。

情勢がさらに悪化すれば、アメリカはイランに対する制裁の発動を迫られ、イラン産原油の輸入国に対しても何らかの圧力を加える可能性があります。対するイランも、アメリカの友好国に対して原油の輸出を制限することが予想され、サウジアラビアの動向次第では原油価格にどのような影響が及ぶのか、先行きは不透明といわざるを得ません。

さらに、ウクライナ戦争も大きな不安要素です。世界有数の産油国であるロシアに対する経済制裁で原油や天然ガスの供給が滞っており、とくに天然ガスをロシアに依存してきたヨーロッパ諸国では、依然としてエネルギー価格の高騰が続いています。

経済制裁は長期化すると見られており、今後はヨーロッパ諸国にとどまらず、世界的なエネルギーの供給不足が予想されています。日本の資源エネルギー庁の『エネルギー白書 2023』も、2025年にかけてエネルギーの逼迫が予想されるため、エネルギー価格の世界的な高騰が続くとの見通しを示しました。こうした経済状況は、2024年秋に行われるアメリカ大統領選挙にも影響を与えるでしょう。

そして、2024年における最大の経済リスクとなるのが中国です。不動産融資の制限による住宅価格の下落や大手不動産会社の株価の暴落など、中国の国内総生産(GDP)のおよそ4分の1を占めるとされる不動産部門で混乱と低迷が続いています。日本企業は中国に対する過度な依存から脱却し、早急にサプライチェーンの再構築をはかるべきでしょう。

振り返ってみれば、2000年に九州・沖縄サミットが開催されたとき、G7の中で1人当たりGDPが最も高い国は日本でした。しかし、2023年の広島サミットでは最貧国に転落しました。残念ながら、世界経済に占める日本の地位は大きく低下したわけですが、今後は歴史的にも地政学的にも、チャンスが到来する可能性があります。

世界が中国の脅威を認識し、日本経済の強化を望む風潮が高まる中で、円安傾向は継続的に容認されるでしょう。円安が続けば、海外に流出していた製造拠点の国内回帰が促され、日本が再びアジアにおける経済成長のエンジンとなることが期待できるのです。また、世界的なインフレの中で円安はインバウンド需要を刺激することとなり、日本経済を浮揚させる可能性もあります。

歴史的な転換局面で経営者に求められるもの

経済史的に見れば、インフレは産業や企業の競争を促す社会転換の局面と捉えることができます。つまり、設備投資やコスト削減、技術革新など、適切な対応に成功した企業がインフレを跳躍台として飛躍し、一方で従来のビジネスモデルに安住し続けた企業は淘汰されてきたのです。そうした意味で、現在は脱デフレの時代を見据えて経営の最適化に挑戦する時期といえるでしょう。

ただし、急激な改革が従業員のロイヤルティ(愛社精神)やモチベーションの低下につながっては本末転倒です。自社の核心的な技術やサービスの価値を損なわないためにも、企業風土や文化への配慮は不可欠といえます。また、デジタル化や合理化への偏重が協調性や勤勉性といった日本企業の強みを打ち消してしまわないような工夫も求められます。

いずれにせよ、日本経済はこれまで30年近く続いたデフレからインフレへと転換しつつあります。デフレ時代に習慣化された守りの経営から脱却して、積極的に拡大や成長を志向する経営に変わるべき時代なのではないでしょうか。

(お話を聞いた方)

宇山 卓栄 氏(うやま たくえい)

著作家

1975年大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務めたのち、著作家。テレビ、ラジオ、雑誌、ネットなど各メディアで時事問題を歴史の視点からわかりやすく解説している。『大アジア史』(講談社)、『世界民族全史』『民族で読み解く世界史』(以上、日本実業出版社)、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『経済で読み解く世界史』『朝鮮属国史』(以上、扶桑社)など、著書多数。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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