『我々はコロナ後の世界をどう生きていくのか?』①
~堀内勉100年企業戦略研究所所長 就任記念コラム

リーマンショックから10年余りが過ぎ、世界経済の順調な成長が続いていた中で、我々は突如、新型コロナウイルスの激震に見舞われました。この深刻な危機に際して、世界の著名な哲学者、思想家、経済学者などから多くの意見が表明されています。新型コロナウイルスが問いかけるものとは何なのか、そして我々はコロナ後の世界をどう生きていけば良いのか。堀内勉氏が世界中の情報を読み解き、コロナ禍が我々に与えた気づきとコロナ後の社会の在り方について考察します。

はじめに:コロナウイルスというブラックスワン

2019年末、新型コロナウイルスという名のブラックスワン(コクチョウ)が思わぬところから飛んできました。「ブラックスワン」とは、認識論学者で元ヘッジファンド運用者のナシーム・ニコラス・タレブの著書『ブラックスワン』で紹介されている考え方です。

それまで白鳥というのは白い鳥だけだと信じられていたのが、1697年にオーストラリアで黒い白鳥(コクチョウ)が発見されたことにより、それまでの常識が大きく覆されることになった出来事から名付けられました。今では、従来の経験からでは予測できない、極端でしかも影響力の大きい現象を指し示す言葉になっています。

リーマンショックから12年が経ち、世界経済は順調な成長を続け、日本もアベノミクスという経済政策の下で長期的な成長が続いていた中、こうした形で世界経済がリーマンショックを上回る激震に見舞われることを予想していた人は少ないのではないでしょうか。*

私自身は、日本が備えるべき大きなリスクとして、南海トラフ巨大地震を想定しておくべきだとは思っていますが、まさかこのような変化球が飛んでくるとは思っていませんでした。しかしながら、人類の歴史を振り返れば、今回のようなパンデミック(伝染病の世界的大流行)は幾度となく繰り返されており、タレブが今回の危機はホワイトスワン(ハクチョウ)だったと語っているほか、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツや、フランスの経済思想家ジャック・アタリも、以前から、グローバル化が進展する中でのパンデミックのリスクについては警鐘を鳴らしていました。

*ナシーム・ニコラス・タレブは、2020年3月31日のBloombergのインタビューで、「(2001年)9月11日の米同時テロは間違いなくブラックスワンだが、今回はホワイトスワンだった」と指摘。パンデミックを各国政府は阻止できたはずだとの見解を示した。
*ビル&メリンダ・ゲイツ財団で慈善活動を行っているビル・ゲイツは、2015年のTED Talkで、「The next outbreak? We’re not ready(もし次の疫病大流行(アウトブレイク)が来たら?私たちの準備はまだ出来ていない)」というプレゼンテーションを行っており、これがまさにコロナウイルスによるパンデミックを予言していると話題になった。ゲイツは、私たちの世代が最も恐れ準備を進めるべきなのは「戦争による核爆弾」ではなく、「空気感染するウイルス」であると語っている。
*ジャック・アタリは、『危機とサバイバル』(2009年)や『2030年ジャック・アタリの未来予測』(2016年)の中で、「これまでにないタイプのインフルエンザが明日にでも流行する兆しがある。だが、そのための準備はまったくできていない。新型インフルエンザは、『スペイン風邪』と同じくらいの猛威を振るうおそれがある」と、以前から警鐘を鳴らしていた。

これまで人類を襲ってきた災厄

人類の過去を振り返ると、中世以降だけでも、14世紀の欧州・アジアでのペスト(黒死病)、17世紀のロンドンでのペストの大流行に始まり、その後は、19世紀に世界的に拡大したコレラ、20世紀のスペイン風邪、21世紀の新型インフルエンザなど、幾度となくパンデミックに見舞われています。

2019年末に中国で始まった新型コロナウイルスの世界的蔓延が、第一次世界大戦末期の1918年に始まり、1929年からの世界恐慌を経て、1939年からの第二次世界大戦へとつながる大きな傷跡を残したスペイン風邪と同様に、人類史に残る大きな災厄であるのは間違いありません。

人類はその他にも、1755年のリスボン大震災*、1986年のチェルノブイリ原発事故、2008年のリーマンショックといった大規模な戦争や経済危機を、幾度となく経験してきました。日本でも、2011年の東日本大震災と福島原発事故は、改めて国のあり方が問われる大きな災厄でした。

それでは、今回の新型コロナウイルスは人類の歴史にどのような変化をもたらすのでしょうか。我々は今、これまでの生き方や暮らし方の未来を見直す大きな構想力が問われています。また、個人のレベルでも、自分自身はこうした不透明な未来に対してどう立ち向かうのかという覚悟が問われています。

*大きな災厄が人々の精神活動に影響を与えた例としては、1755年のリスボン大震災の例があげられる。これは、1755年11月1日の聖人の日に発生した地震で、西ヨーロッパの広い範囲で強い揺れが起こり、ポルトガルのリスボンを中心に大きな被害を出した。推定マグニチュードは9.0で、5万5000人から6万2000人が死亡したとされている。ヨーロッパ随一の繁栄を誇った海洋国家の首都を壊滅させ、ポルトガル衰退の契機になったと言われている。当時の通俗的な理解では、地震とは自然現象というより神罰だった。しかし、多くの教会を援助し、海外植民地にキリスト教を宣教してきた敬虔なカトリック国家ポルトガルが、なぜ神罰を受けねばならなかったのか、なぜ祭日に地震の直撃を受けて多くの聖堂もろとも町が破壊され、善人も悪人も罪のない子供たちも等しく死ななければならなかったのかについては、18世紀の神学・哲学では説明が難しかった。
地震はヨーロッパの啓蒙思想家たちにも強い影響を与え、当時の哲学者の多くがリスボン地震に言及している。特に、フランス18世紀を代表する知識人ヴォルテールの『カンディード、あるいは楽天主義説』(1759年)や『リスボンの災禍についての詩』(1755年)が有名である。ヴォルテールは、「神は可能な限り最善の秩序を与えたと言う意味で、この世界は最善の世界である」という楽観論(最善説)を痛烈に批判し、災害によってリスボンが破壊され、10万もの人命が奪われたのだから、神(創造主)は慈悲深い訳がないと主張した。

コロナ危機への反応

今回の新型コロナウイルスの世界的流行(コロナ危機)に関しても、世界中の政治家、哲学者、思想家、歴史家、経済学者、科学者、経済人などから、数多くの意見が表明されています。

その中で最初に話題になったのは、作家のパオロ・ジョルダーノによるエッセイ『コロナの時代のぼくら』です。これは、イタリアでコロナウイルスの感染が広がり、死者が急激に増えていった2020年2月下旬から3月下旬に書かれたものです。

ジョルダーノによれば、今回、思い知らされたのは、グローバル化が進んだ今日、パンデミックに際して、我々のすることやしないことが、もはや自分だけの問題に止まらないということです。我々が心配すべき「共同体」とは、自分の暮らしている地域でも、町でも、県や州でも、国でもなく、アジアやヨーロッパやアメリカという大陸ですらなく、人類全体のことなのだということです。そのために、この時間を有効活用して、「僕らはどうしてこんな状況におちいってしまったのか、このあとどんな風にやり直したいのか?」という問いを、めいめいが自分のために、そしていつかは共に考えてみようとして、次のように呼びかけています。

「どうしたらこの非人道的な資本主義をもう少し人間に優しいシステムにできるのかも、経済システムがどうすれば変化するのかも、人間が環境とのつきあい方をどう変えるべきなのかもわからない。実のところ、自分の行動を変える自信すらない。でも、これだけは断言できる。まずは進んで考えてみなければ、そうした物事はひとつとして実現できない。家にいよう。そうすることが必要な限り、ずっと、家にいよう。患者を助けよう。死者を悼み、弔おう。でも、今のうちから、あとのことを想像しておこう。「まさかの事態」に、もう二度と、不意を突かれないために。」

『サピエンス全史』で有名なイスラエルの歴史家ユヴァル・ノア・ハラリは、立て続けに、『人類はコロナウイルスといかに闘うべきか――今こそグローバルな信頼と団結を』(アメリカTIME誌)、『新型コロナウイルス後の世界――この嵐もやがて去る。だが、今行なう選択が、長年に及ぶ変化を私たちの生活にもたらしうる』(イギリスFINANCIAL TIMES紙)、『新型コロナウイルスで、死に対する私たちの態度は変わるだろうか? いや、まったくその逆だ』(フランスThe Guardian紙)を寄稿しました。

この中でハラリは、今日、人類が深刻な危機に直面しているのは、新型コロナウイルスのせいばかりではなく、人間同士の信頼の欠如のせいでもあると言っています。信頼とグローバルな団結抜きでは、新型コロナウイルスの大流行は止められないし、将来、この種の大流行に繰り返し見舞われる可能性が高いということです。その中で、ハラリは、「今こそグローバルな信頼と団結を」として、次のように呼びかけています。

「今回の危機の現段階では、決定的な戦いは人類そのものの中で起こる。もしこの感染症の大流行が人間の間の不和と不信を募らせるなら、それはこのウイルスにとって最大の勝利となるだろう。人間どうしが争えば、ウイルスは倍増する。対照的に、もしこの大流行からより緊密な国際協力が生じれば、それは新型コロナウイルスに対する勝利だけではなく、将来現れるあらゆる病原体に対しての勝利ともなることだろう。」

他方、本年2月26日、イタリアの新聞Il manifestoにイタリアの哲学者ジョルジオ・アガンベンが掲載した『感染の発明』と題された投稿は、イタリア政府がとった「取り乱し、非合理的で、断固として不当な緊急措置」に対する告発でした。

アガンベンが、これ程、移動の自由が制限されたことは人類史上かつてなかった、第二次世界大戦中よりも厳しく制限されたと語ったことで、イタリア国内で大きな議論を巻き起こしました。アガンベンは、今回のウイルスはインフルエンザの変種に過ぎないとしてその深刻さを否定し、メディアが当局とともに「真の例外的状況」を引き起こしているのではないかとして、個人の自由を制限することで政府に権力が集まる機会を提供する、「例外状態を通常の統治パラダイムとして使用する」ことを批判しています。

アガンベンによれば、コロナ危機によって、我々は、ある日突然、疫学的感染モデルや健康保健システムのデータのひとつになり、生活習慣のすべてが犠牲になってしまいました。例外的な状態が社会のルールとなっている今の状況は、ある意味、世界中の人類が収容所に閉じ込められたようなものです。確かに、死刑が廃止された国での最高の刑罰は、移動の自由の制限、即ち、刑務所に収監されることですから、我々はある意味で刑罰を受けているのと同じと言えるかも知れません。

こうした一連の言説について、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは、社会の道徳に関わる重大な問題を、科学的事実だけを理由に避けて通ってしまう今の政治の危険性を指摘して、社会が持つべき道徳的事実の重要性を訴えています。そして、本年3月26日のスイスの新聞Neue Zürcher Zeitungに『緊急事態―都市封鎖は正当化できるのか?』*と題する寄稿して、次のように述べています。

「ウイルスは私たちを攻撃しているわけでない。ウイルスなりの計画的な行動を繰り出しているだけで、それはウイルス学的・疫学的には検知可能なものだ。だから、私たちが戦争状態にあるというのは、簡単にバレる政治家の嘘だ。非常事態体制はもちろん、民主的に規定されているものだ。ドイツでは感染保護法、スイスでは疫学症保護法に基づいている。しかし、感染症に向かって開戦することはできないのである。・・・突如として多くの政府が同じ見解に到達している。つまり、例外状態や緊急事態法案、そして、私たちの健康を完全に監視するためのデジタル化の無制限の加速が、コロナ危機に対処するための唯一の方法だというわけだ。数週間のうちに、ポスト真実的な放心状態とアイデンティティ・ポリティクスという精神的ウイルスは、世界を席巻するこうした政策で克服されたかのようである。ニューヨークの私の友人は、こうした政策を「科学を信奉する北朝鮮」と呼んでいたが、ともかくも政府は生物学的実在論から新しい政治的客観主義を引き出している。しかし、ここにこそ、最大の疑念がある。だからこそ、イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンや技術預言者のユヴァル・ノア・ハラリが、現在の可能性の一つであるディストピア的展開を示すべく、声をあげたのだった。・・・ウイルス学的命令だけで民主的公共圏を弱体化させる措置が(たとえ一時的であっても)正当化されるわけではない。なぜなら、今の状況で無視されがちだが、少なくとも同じくらい重要な医学的および安全技術上の命令が他にも存在する。外出禁止令によって起こる経済ショックによって医療制度が危機に瀕する。これをどうするのか。孤独に暮らす依存症の人々にどう対応するのか。庭のある安全な家に引きこもる余裕などなく、外出禁止令によって家庭内暴力や虐待に直面している人々については、どうだろうか。・・・暗い時代に何をすべきで、何をすべきでないかは、自然科学的事実だけに基づいているのではない。道徳的洞察も必要となる。道徳的・哲学的反省と批判政治理論の適度なそよ風を通して道徳的事実が明らかにされる。それが啓蒙の核心である。社会的な距離を置く外出禁止令などによって人類は生命を維持しているが、それと同様に、この啓蒙の核心を短期的な計算のために、犠牲にしてはならないのだ。」

以降は連載第2回に続きます。

[参考文献]
ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラックスワン:不確実性とリスクとの本質』,望月衛(訳),ダイヤモンド社,2009年
ジャック・アタリ『危機とサバイバル:21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』,林昌宏(訳),作品社,2014年
ジャック・アタリ『2030年ジャック・アタリの未来予測:不確実な世の中をサバイブせよ!』,林昌宏(訳),プレジデント社,2017年
公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構 研究調査報告書『リスボン地震とその文明史的意義の考察』,2015年
ヴォルテール『カンディード、あるいは楽天主義説』(『カンディード他五篇 』に収録), 植田祐次(訳),岩波文庫,2005年
パオロ・ジョルダーノ『コロナの時代のぼくら』,飯田亮介(訳),早川書房,2020年
ナシーム・ニコラス・タレブ『コロナ危機は「ホワイトスワン」、予見可能なリスク無視』(2020/3/31), Bloomberg
  https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-03-31/Q81349T1UM0X01(2020/7/24検索)
ビル・ゲイツ TED2015『もし次の疫病大流行(アウトブレイク)が来たら?私たちの準備はまだ出来ていない』,TED Ideas worth spreading
  https://www.ted.com/talks/bill_gates_the_next_outbreak_we_re_not_ready/transcript?language=ja(2020/5/11検索)
フラヴィア・バルダリ『Covid-19緊急事態に関する4人のイタリアの哲学者のコメント』(2020/3/17)
  東京カレッジ https://www.tc.u-tokyo.ac.jp/weblog/1158/ (2020/6/18検索)
ユヴァル・ノア・ハラリ『人類はコロナウイルスといかに闘うべきか――今こそグローバルな信頼と団結を』, TIME,柴田裕之(訳),
  Web河出 http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/(2020/6/20検索)
ユヴァル・ノア・ハラリ『新型コロナウイルス後の世界――この嵐もやがて去る。だが、今行なう選択が、長年に及ぶ変化を私たちの生活にもたらしうる』,
  FINANCIAL TIMES,柴田裕之(訳),Web河出 http://web.kawade.co.jp/bungei/3473/(2020/6/20検索)
ユヴァル・ノア・ハラリ「新型コロナウイルスで、死に対する私たちの態度は変わるだろうか?いや、まったくその逆だ」, The Guardian,柴田裕之(訳),
  Web河出 http://web.kawade.co.jp/bungei/3492/(2020/6/20検索)
マルクス・ガブリエル『緊急事態―都市封鎖は正当化できるのか?』(Neue Zürcher Zeitung),斎藤幸平(訳),
  集英社新書プラス https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/news/8626 (2020/6/18検索)

著者

株式会社ボルテックス 100年企業戦略研究所 所長堀内 勉

多摩大学社会的投資研究所教授・副所長
東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長を経て、2015年まで森ビル取締役専務執行役員CFO。田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、日本CFO協会主任研究委員 他。
2020年7月、株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所所長に就任。
ライフワークは資本主義とソーシャルファイナンスの研究。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、東洋経済などで複数の書評を連載している。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)

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