『ワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル』知識創造から「知恵」へ、人間中心経営への進化

ワイズカンパニーワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル
野中 郁次郎(著/文)、竹内 弘高(著/文)、黒輪 篤嗣(翻訳)
発行:東洋経済新報社
発売日:2020年8月28日

 

本書は、経営学者の野中郁次郎と竹内弘高による世界的ベストセラー『知識創造企業』の四半世紀ぶりの続編である。ナレッジマネジメント分野では最も重要な文献の1つとされるこの前著では、新しい組織的知識がSECI(セキ)(共同化 Socialization、表出化 Externalization、連結化 Combination、内面化 Internalization)のプロセスを通じていかに創造されるかが示され、単なる情報やデータと「知識」との違いが論じられている。

そして今回の『ワイズカンパニー』では、変化の激しい世界に対処するために、さらに高次の暗黙知である「知恵」の重要性が説かれている。その中心にあるのが、古代ギリシアのアリストテレスの「フロネシス」(実践知)という概念である。

本書は、実践知が組織経営上で果たす役割に注目し、企業が知識の実践をどう行うべきなのかを説明している。

西洋では、経営における知識観は、「われ思う、故にわれあり」というデカルト的な主観と客観、心と体、精神と物質という二元論に支配されてきた。これに対して日本では、抽象的で客観的な理念よりも、直接的、個人的な体験に重きが置かれてきた。

こうした文脈の中で、野中と竹内の知識創造理論は、人間と自然は1つである(主客一体)、体と心は1つである(心身一如)、自己と他者は1つである(自他統一)という日本の知的伝統、とくに西田幾多郎の哲学に基づくものと受け止められてきた。しかし西洋でも、知識を実践する段階では二項対立の図式はなく、この点で、東西の文化には多くの共通点が見いだせるのだという。

2人の知識創造理論は、情報から知識へ、知識から知恵へと進化し、本書において、人間中心の経営(身体的な経験、感覚、直観、信念、理想、勘、主観、関係、モラル、価値観が重視される経営)に到達した。

現実の世界には、言葉にするのが難しい、豊かな感受性を要求される倫理的な問題が数多く存在する。そのため、われわれはそれらの問題のニュアンスや心理学的な特質、文化的な要因に対して、つねに感覚を研ぎ澄ましていなければならない。

これは、世界の不確かさや複雑さ、断絶が深まり、デジタル化が進むにつれ、世界はAI(人工知能)に支配されるようになってしまうのかという問いでもある。著者らが高次の暗黙知である知恵という概念に到達したことで、アリストテレスに由来する「共通善」の概念が組み込まれたSECIは、社会モデルにまで拡張されることになった。

人間の脳には過去の経験から得られた知識を活用する「深化」能力と、新しい可能性や未知の選択肢を探る「探索」能力が備わっている。この事実を発見した神経科学者のデイビッド・イーグルマンらは、「われわれは今の現実を理解することと、将来の現実を想像することのバランスをとり、絶えず今日という柵越しに、未来の景色をのぞいている」と語っている。

本書は、こうした哲学的知見と経営を橋渡ししてくれる稀有な経営書であり、複雑化する経営環境の中で、われわれに一筋の光明を与えてくれる貴重な指針でもある。

※週刊東洋経済 2020年10月31日号掲載

著者

株式会社ボルテックス 100年企業戦略研究所 所長堀内 勉

多摩大学社会的投資研究所教授・副所長
東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長を経て、2015年まで森ビル取締役専務執行役員CFO。田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、日本CFO協会主任研究委員 他。
2020年7月、株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所所長に就任。
ライフワークは資本主義とソーシャルファイナンスの研究。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、東洋経済などで複数の書評を連載している。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)

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