長寿企業の条件を探る

創業100年を超え、さらに200年、300年と栄え続ける企業があります。何度も訪れる経営環境の変化の中で、なぜ会社は存続できたのか。長寿企業を現代的な経営論の切り口で研究してきたグロービス経営大学院の経営研究科研究科長、田久保 善彦氏に聞きました。

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自社のコア能力を見極める

世の中は必ず変化します。しかも、時には世界の景色が一変するような出来事が起こります。近年を振り返ってみても、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災、そして2020年の新型コロナウイルスと、100年に一度といわれるようなことが、立て続けに起きました。

企業にとって、自社を取り巻く環境が変化すれば、それまで提供していた価値も変化します。それまで売れていたものが売れなくなるのは、時代や顧客のニーズの変化に対応していないからといえます。

長寿企業は、この変化への対応力に長けています。これまで提供していたものやサービスの価値が下がっても、別の価値を創出することで生き残ってきたのです。

なぜ別の価値を提供できるのかというと、自社が価値を生み出すために持っている根本的な力――私はこれを「コア能力」を呼んでいます――を把握しているからです。

200年、300年という長寿企業ではありませんが、わかりやすいのは、富士フィルムとコダックの例です。

どちらも写真フィルムのメーカーでした。しかし、デジタルカメラが急速に普及して、写真フィルムの需要が激減します。コダックはデジタル化の波に対応できず、結局破綻してしまいました。自社のコア能力を「写真フィルム製造能力」ととらえていると、フィルムがなくなれば会社が提供する価値はなくなります。

富士フィルムの場合、コア能力を「薄い膜を重ねて高品質につくり込む力、転じてファインケミカルのコントロール力」であると認識します。すると、化粧品やサプリメントなど、写真フィルム以外でこの能力を生かせる分野を見出し、新しい事業構築に成功したのです。

富士フィルムが、写真フィルムのメーカーから、健康・医療の会社へと変貌を遂げられたのは、自社のコア能力とは何かをしっかり見定め、それをベースに顧客への提供価値を変えることができたからです。

変化に対しては、コア能力をベースに提供するものを変えていくことで、顧客価値を継続的に創出する。これができた会社が長く生き延びています。

「身の丈経営」と「価値観の継承」

長寿企業の特長として、もう一つ「身の丈経営」が挙げられます。これは、必ずしも「冒険しない」ということではありません。チャレンジすべき時には、通常ではありえない規模の投資をしたりもします。多くの長寿企業が重視しているのは、繰り返しになりますが、自社のコア能力を見極め、それと関連の薄い事業にはむやみやたらに手を出さないということです。

例えば、創業350年を超える岡谷鋼機(愛知県)では、かつて官営事業が民間に払い下げられるタイミングに何度か遭遇しています。間違いなく儲かるというときでも、社業と無関係であることを理由に断っています。自社が何を生業(なりわい)とする会社なのかというアイデンティティが強く浸透しているからです。

長寿企業は、このような傾向を強く持っています。だから、バブルの時代に不動産や株に安易に手を出すことも少なかったのです。

そういう意味で「価値観の継承」がしっかりなされていることも、長寿企業の大事な要素です。

社是・社訓・理念を大事にして、価値観の浸透を図るのは長寿企業の共通点です。それも、形式的に唱和したり、研修を行うなどのオフィシャルな活動だけではありません。

例えば、社員寮があったり、社員旅行やクラブ活動、飲み会など、多様なアンオフィシャルなコミュニケーションの場が設けられ、部門を超えた交流が図られたり、先輩の背中を見ながら自然な形で伝えられたりしています。理念の浸透というとトップダウン的なイメージがあるかもしれませんが、これらの会社ではヨコのつながりを大切にしているのが特長です。

今、GAFAMといったアメリカの巨大IT企業は、クラブ活動や社員旅行など社員間のコミュニケーションを円滑にするために多額の予算を投じています。もともと日本企業のお家芸だったはずですが、この10年20年の間に、多くの企業でやめてしまったのは残念なことです。

多様化・グローバル化の中でどう価値観を共有していくか

ダイバーシティ&インクルージョンが企業にとって重要な時代を迎えました。このような中で価値観を共有することは、どの企業にとっても難しい課題です。

多様な人を採用すればするほど、価値観の共有は難しくなります。一方で、多様な人を入れないと、新しい発想やイノベーションは生まれにくい。今はどちらかというと後者に危機感があるため、外国人取締役、国籍、女性の比率などが問題になっています。

今までの日本企業は、単一の価値観を掲げ、その価値観に合う人を採用し、それに合うトレーニングをしてきました。それがグローバルになり、国籍も宗教も違う人を採用しなければならなくなってきた時に、どうすればいいのか。

一つ参考になるとすれば、スイスに本社を置く世界最大の食品会社ネスレです。ネスレの本社では常に数十の国籍を持つ人たちが本社の中で働いています。まるで国連みたいな組織です。公用語は英語ですが、ネイティブは10%もいない状況です。

このような環境下で、「どうやって価値観を共有するのか」と尋ねると、そのとき返ってきた答えは「シンプルワード」と「KPI(重要業績評価指標)」でした。

グローバルに貫かれたKPIの設定は、企業として当然必要です。

シンプルワードとは、理念や目指すゴールを、英語を母国語としない人たちに、いかにわかりやすく説明し共感を生み出すかということだと思います。

日本企業であれば、日本人にしかわからないような言葉やニュアンスをいくら繰り返しも、日本人以外には伝わりません。シンプルワード――丁寧にわかりやすく英訳して伝えるなど、国境を越え宗教を超えて、価値観を共有する工夫が必要です。

日本企業には、もともと社是や理念を大切にしてきた風土があります。多様化の時代にこそ、その原点を見直し、時代に合わせてバージョンアップさせてほしいと思います。

田久保 善彦 氏  グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長/学校法人グロービス経営大学院 常務理事

慶應義塾大学理工学部卒業、学士(工学)、修士(工学)、博士(学術)。スイスIMD PEDコース修了。株式会社三菱総合研究所を経て現職。経済同友会幹事、経済同友会・規制制度改革委員会副委員長(2019年度)、ベンチャー企業社外取締役、顧問等も務める。著書に『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)、共著に『志を育てる(増補改訂版)』、『グロービス流 キャリアをつくる技術と戦略』、『27歳からのMBA グロービス流ビジネス基礎力10』、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』、『これからのマネジャーの教科書』(東洋経済新報社)、『日本型「無私」の経営力』(光文社)、等がある。

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