『ベンチャー型事業承継』で新規事業の基軸をつくる ~先代との「並走期間」が生み出す信頼関係のつくりかた~

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表具店の4代目として、伝統技術を活かした新規事業を成功へ導いた清華堂の岡本諭志社長は「ベンチャー型事業承継」の成功例としても注目されています。「ベンチャー型事業承継」とは、若手後継者が家業の経営資源を最大限に活用し、新規事業をはじめとした新たな領域に挑戦して価値を生み出す、事業承継の新しい形です。なぜチャレンジするに至ったのか。岡本社長に、自身の経験にもとづく事業承継の考え方をお聞きしました。

後継者は「汗」でしか周囲の信頼を勝ち取ることができない

企業の寿命を30年とする説もあるように、産業の栄枯盛衰は30年くらいで一巡するという捉え方があります。一方、親から子への世代交代も、おおよそ同じ周期であることを思うと、同族で事業を承継する場合、バトンタッチのタイミングに前後して新規事業が立ち上がるのは、決して不自然なことではないでしょう。掛軸や屏風といった美術工芸品の修復・保存を手がける「表具」が本業の弊社でも、3代目である父から私への代替わりに並行して、抗ウイルス・抗菌コーティング事業をスタートさせました。

とはいえ、本業を維持しながら新規事業を軌道に乗せるのは、容易ではありません。その点で、当代と次世代の経営者が役割を分担できる「並走期間」は貴重な時間です。弊社でも、知識と経験が不可欠な表具の仕事を父がしっかり守ってくれていたからこそ、私は新規事業に挑戦することができました。

将来、家業を継ぐと決めてから、私は父のもとで働く時間の確保を何より大切に考えてきました。創業以来、蓄積されてきたものを学び、吸収するためにも、並走期間として、少なくとも3年間は欲しいというのが実感でした。

すると、自分が何歳までに何をすべきなのかがわかります。仮に、64歳で亡くなった祖父を基準に考えてみます。その前提を父と私に置き換えた場合、私たちの年齢差は30年ですから、遅くとも私が31歳までには家業に戻っておく必要がありました。実際、勤めていた建築会社を辞めて家業に戻ったのは、2017年。私が31歳の年です。

家業に戻るにあたって意識したのは、周囲の目に映る自分の姿でした。もし、私が従業員として後継者を迎える立場でも、その人が信頼に値する人物かどうか、おそらく慎重に見極めようとするでしょう。そういう思いから、家業に戻る際に自分は「31年目の従業員」として、その「社歴」にふさわしい言動を心がけようと気を引き締めていました。

どんな世界でも周囲の信頼を勝ち取るために必要なのは、結局のところ「汗」だと感じます。小さな仕事にも懸命に努力する姿を示さなければ、なかなか受け入れてはもらえません。今どきにしては泥臭い手法かもしれませんが、朝は誰よりも早く出社し、夜は最後に帰宅することを徹底する毎日でした。

あえて本業の境界線をぼかして新規事業のタネを活かす

抗ウイルス・抗菌コーティング事業が本格的に始まったのは2019年以降ですが、実はその数年前から美術工芸品に対するコーティングサービスは行っていました。その後、老舗の高級ホテルから「シャンデリアの明るさを蘇らせたい」という相談をいただいたり、美術館から「蔵をカビから守る方法はないか」といった相談を受けたりしたことがきっかけとなって、建築空間のコーティングも手がけるようになります。さらに、バスの車内や鉄道車両などにも対象が広がっていきました。それはお察しのとおり、コロナ禍によって抗ウイルス・抗菌施工の需要が急増したからです。

そうした点において、弊社の新規事業は一種の特需に背中を押されて軌道に乗ったといえます。ただし、その原型となったコーティングサービスの成り立ちにまでさかのぼると、カギは弊社の文化的な土壌にあったと思います。社風と言い換えてもいいでしょう。

おそらく創業者の代から培われてきたのでしょうが、弊社にはお客様の要望を「断らない」文化があります。あえて仕事の領域を限定せず、むしろ境界線をぼかしておくことで、本業の裾野に散らばっている新規事業のタネを活かすことができる。抗ウイルス・抗菌コーティング事業も、まさにそうして生まれた新規事業といえます。

実は、私も入社して間もない頃、初めて知った仕事が2つありました。これらはお客様の要望から生まれたものです。

1つは、美術工芸品をお客様が指定する場所に「設置する」という仕事です。料亭などを訪ねて、季節ごとに掛軸を掛け替えます。毎回裏口からこっそりと入り、誰にも会わず、ただ掛け替えて帰るのです。もう1つは、美術工芸品をA地点からB地点へ「移動させる」という仕事です。とても近い距離の場合でも依頼を受けています。

これらの根底には美術工芸品に対するお客様の愛情と緊張感があります。不測の事態を考えると、扱いに慣れたプロフェッショナルに託したい。そうした要望に対して、弊社も全力で応えてきました。その結果として、表具の本来的な仕事にはなかった仕事が生まれたのだと思います。

経営者としてのゴールは後継者が「継ぎたい」と言う瞬間

2023年、弊社は創業100周年を迎えます。その節目に立ち会う者として、今後、私が力を尽くすべきは次世代へのスムーズなバトンタッチだと考えています。

もちろん、具体的な承継はまだまだ先のことですが、目指すべき方向性が企業の永続であることに間違いはありません。必ずしも同族での承継にこだわってはいないものの、私は、いつか息子が「継ぎたい」と言ってくれる場面を経営者としてのゴールに設定しています。主体性を持って家業の発展に貢献してくれる後継者は必要です。

弊社では、創業者、2代目、そして父も、結果として代表を務めてきた期間が32年でした。これはまったくの偶然なのですが、3世代にわたり、奇しくも33年目に次世代へバトンタッチしてきたわけです。

もし仮に、私もそのリズムの中に生かされているのだとすれば、世代交代と創業130年の節目が重なることになります。そのとき、次世代の若者の目に清華堂が「面白そうな会社」と映るかどうか。そう感じてもらえる魅力的な会社にすることが、今後の私にとって最大の課題だと思っています。

お話を聞いた方

岡本 諭志 氏おかもと さとし

株式会社清華堂 代表取締役社長

1986年生まれ。慶應義塾大学大学院修了。建築会社勤務を経て、2017年、家業の清華堂に入社。2021年、4代目社長に就任。清華堂は、掛軸や屏風、ふすま、障子などの修理や張り替えを行う表具店として、岡本社長の曽祖父が1923年に創業。現在では、伝統的な表具加工のほか、美術工芸品のデジタルアーカイブや保存・展示環境のコンサルティングなども行う。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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