不動産ファイナンス入門
2-3. 不動産金融商品のリスクとリターン
目次
最後に、不動産金融商品のリスクとリターンを考えます。2001年に日本でも「リート(REIT, 不動産投資信託)」が上場して以来、不動産の金融商品が広がってきました。REITは「エクイティ」という株の一種ですから、純粋に不動産のリスク・リターンを扱っているわけではありません。これまでは現物不動産のリターン・リスクを考えてきましたが、不動産の金融商品は、現物不動産とは異なるリスク・リターン構造を持っています。
非常に重要な概念に「ストラクチャードファイナンス」があります。不動産をストラクチャード(仕組み)として、デットという借金の部分と、エクイティという株式の部分に分割するという考え方です。これは金融商品化された上場REITだけでなく、私募REITといわれるものにも適用されます。
不動産の現物100を考え、これを金融機関からの借金であるデット70、上場リートであれば株式市場から購入するエクイティ30に分けてみましょう。このデットの部分をいくらに設定するかで、レバレッジ効果によるリターンが大きく変わります。
デットの部分は金融機関が保有し、エクイティの部分は投資家が持つところになります。このデットも証券化されて金融商品になることもありますが、ここでは単純にエクイティの投資だけを考えてみましょう。
エクイティ30、デット70の金融商品で、不動産の現物価格が100から120に上がったとします。これによって、借金であるデットの部分が変化するわけではありません。現物価格の増加分は、エクイティの部分に組み込まれます。つまり、現物価格が20%しか上がっていないのに、エクイティの30は50に上がるので、増加率は67%になります。これが実際にリターンとなって投資家に返ってきます。
逆に、不動産の現物価格が80に下がった場合はどうなるでしょうか。価格が下がっても、デット部分の70は減りませんので、30だったエクイティが10になります。現物価格は20%しか下がっていないのに、エクイティは67%も下がったことになります。このような現象を「レバレッジ(梃子)効果」と呼びます。
次に、不動産金融商品の「オプション性」について解説しましょう。ある特定の商品を将来のある時点(権利を行使する日)で、あらかじめ定めた価格で買う権利を「コールオプション」、売る権利を「プットオプション」といいます。
不動産が証券化されると、ある意味オプション性が備わります。オプションの保有者である投資家は、自分の都合がよい時は権利を行使し、そうではない時は権利を放棄できます。これが不動産金融商品の強みであり、魅力であるといえます。
エクイティ投資をする時に、現物不動産をデット70とエクイティ30に分けましたが、現物不動産の価格が30下がるとエクイティは0になります。しかし、30以上下がっても、権利者はそれ以上のマイナスを保証する必要はまったくありません。自分が持っているエクイティの権利を放棄すればよいのです。残念ではありますが、放棄してしまえば、それ以上の損失を受けることはありません。
デットを保有している金融機関はどうなるでしょうか。70のデットに融資しているので、必ず回収する必要があります。回収できなければ不良債権になります。権利行使日に不動産の時価が行使価格以上であれば、金融機関は権利を放棄してデット部分の借金70をそのまま返済してもらい、その間の利子収入が金融機関のリターンとなります。
しかし、時価が70を切ってしまうと、金融機関は権利行使して融資を回収することになり、現物不動産の保有者の権利は金融機関に渡ってしまいます。金融機関にとっては不良債権になるオプション性をもった商品ということができます。
つまり、現物の資産をエクイティとデットに分割することは、「それぞれのリスクを取れる人が取ればよい」という考え方にもとづいたものであり、これがストラクチャードファイナンスの特徴といえます。
投資家は、自分が現物不動産を買っているのか、レバレッジが効いている金融商品のエクイティを買っているのかをしっかり意識する必要があります。では、不動産投資のプロは、どのようにリスクマネジメントしているのでしょうか。
「バリューアットリスク(VaR, Value at Risk)」という概念が、今から20年ぐらい前から少しずつ導入されてきました。金融機関は、BIS(国際決済銀行)の規制のもとでビジネスを行っています。国際業務を行う場合は、必ずBIS規制をクリアしなければなりません。先ほどのデット部分に融資する行為では、リスクを正しく評価し、保有するリスク量を一定程度に制限しないと、金融機関の健全性を担保できないので、その範囲内でのリスク管理が求められます。
バリューアットリスク(VaR)は、市場リスク管理の分野で発達してきました。最初に対象となる保有期間中に一定の確率で発生する最大損失額の推定値を求めます。例えば「99%の確率で、この先1年間で発生しうる最大損失額が1億円」と計算できれば、その範囲内で、引き当てを積んでおけば、融資の健全性を担保できます。
特徴としては、市場の変動性を客観的に反映できること。異なる商品間でリスクの客観的な比較や合算を可能となり、異なる商品から成るポートフォリオのリスクも把握できるようになります。このVaRを構成する各要素が妥当であって初めて、有効なリスク管理指標となり得るわけで、そのようにして広く使われるようになったのです。
99%の確率で発生しうる最大損失額とは、1%の確率でしか起こらないことを意味します。つまり、まず起こらないであろうリスクをコントロールできていることになります。
リスクの確率分布を計算するときは、期待収益率と標準偏差の数値が必要になります。期待収益率は、過去から計算してきた期待値のアベレージ(平均値)として考えます。標準偏差はリスクのブレを表し、これがリスク量となります。平均値と標準偏差が与えられ、確率分布が正規分布であると仮定した場合、その分布を計算で作り上げると、エクイティ、デット、現物不動産の分布が分かります。
プロのリスクマネジメントをしているアセット(資産)マネージャーの方々は、このような分布を見ながら、プロパティマネジメント(不動産管理)しているので、投資する時には、どのようなリスク管理体制を敷いているのかを知ることも必要です。
先ほどのオプション性の問題に重ね合わせると、現物不動産の価値をエクイティとデットに分解し、バリューアットリスクは99%の確率で起こるリスク量で考えると、最大限のリスクがどれぐらいなのかを計算できるようになります。例えば、現物価格が100億円の不動産で、期待収益率0%、標準偏差17%、LTV(資産額に占める負債残高の割合)70%の証券化資産のVaRは、エクイティ27億円とデット13億円で合計40億円となります。
オプションの価値には、将来に値上がりするかもしれないという期待に対する「時間価値」があります。ブラック・ショールズの方程式では、収益率が幾何ブラウン運動を行っており、収益率の変化の分布を作成できます。この分布の形を理解できれば、コール価格・プット価格のそれぞれの分離を計算してリスク管理ができるようになり、不動産市場がさらに発展していく可能性があります。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏