不動産ファイナンス入門
2-2. 不動産の投資収益

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目次

不動産に投資するときに、よく表面利回りだけを口にする人がいます。投資利回りが4%とか5%とか言いますが、その投資利回りが何を意味しているのかは注意しなければなりません。プロの投資家でも表面利回りだけを見て投資する人がいますが、それによって将来大きなリスクを抱えることがあります。

最初に、NOIとNCFという概念について解説します。NOIは「Net Operating Income(ネットオペレーティングインカム)」、NCFは「Net Cash Flow(ネットキャッシュフロー)」の略です。

不動産投資では、初期の投資額に対して翌月から家賃収入が入ってきます。しかし、この家賃が手元に全額入るのではなく、この不動産を管理運営していくために日々の清掃費用、水道光熱費、損害保険料、固定資産税を始めとする各種税金の支払いが発生します。このような費用を全部差し引いたうえで手元に残るお金が収入になります。つまり、総賃貸収入から管理運営に要した費用を差し引いた「純収益」、正味の営業収益がNOIになります。

さらに不動産を長期間にわたって保有する場合、5年や10年に1度のタイミングで、建物の機能を維持するための長期修繕投資が必要となります。経済的な価値を維持するだけでなく、突発的な故障による修繕や法令によって決められたメンテナンスもあります。NOIから長期計画修繕費や修繕積立金などの「資本的支出」を控除したのをNCFといいます。

不動産投資では、「Yield(イールド, 利回り)」という言葉が出てきます。不動産価格に対するリターンの割合が「イールド」ですが、価格の定義によって違いがあります。リターンといっても、インカムだけのリターンなのか、キャピタルも含むのか。NOIやNCFを価格で割った値なのか、最初の投資金額(簿価ベース)で割った値なのかでも異なります。

不動産の価格は常に変動するので、それによって生じる不動産の売買差損が「キャピタルリターン」です。1億円の不動産が1億1,000万円に上がっていれば「キャピタルゲイン」、9,000万円に下がっていれば「キャピタルロス」になります。このキャピタルリターンに投資期間中に得られる収入の「インカムリターン」を足したものが「トータルリターン(総合収益率)」です。

ここでも、何のリターンなのかは注意する必要があります。簿価ベースのリターンなのか、不動産鑑定評価によって評価し直された現在価値のリターンなのか。不動産投資のプロであっても、定義を確認しなければ、思わぬコミュニケーションロスに陥ります。

不動産投資では「キャップレート(Capitalization Rate)」という言葉もよく使われます。

現在価値を評価する指標の1つである直接還元法(Direct Capitalization Method, DC法)は、将来のキャッシュフローが一定の値で永久に発生すると仮定して価格を決定する方法です。このとき、収益を価格で割って算出される指標がキャップレートです。このキャップレートも、NOIのキャップレートなのか、大規模修繕積立金(CAPEX)が反映されたNCFのキャップレートなのかを確認する必要があります。

同様に、Discount Rate(ディスカウントレート, 割引率)もよく聞く言葉です。

不動産鑑定評価のところで説明したDCF法は、一定期間に発生する将来のキャッシュフロー(トータルリターン)を現在価値に割り戻して「価格」を決定する方法です。このDCF法で、将来の収益を割引現在価値に割り戻す時にディスカウントする割合が「割引率」であり、これが「期待総合収益率」になります。

不動産ファイナンスの第一人者であるペンシルベニア州立大学准教授の吉田二郎氏は、キャップレートと割引率の関係を、次のように解説しています。

キャップレートと総合収益率の関係を投資的な視点で見たときには、投資家が見ているターゲットである「期待総合収益率」は、キャップレートに期待価格変化率、いわゆるキャピタルリターン(成長率)を加えたものになります。

①期待総合収益率=キャップレート+期待価格変化率(成長率)

この数式は、どの資産でも成立する関係です。

割引率は、時間価値とリスク保証の要素が入るため、安全利子率にリスクプレミアムを足し合わせたものになります。

②割引率=安全利子率+リスクプレミアム

安全利子率は、日本国債のような安全資産の利回りを考えるのが一般的で、これに不動産固有のリスクプレミアムを加えたものになります。

キャップレートは、①の数式を変形すると、期待総合収益率から期待価格変化率を引いたものになり、

③キャップレート=期待総合収益率(割引率)-期待価格変化率

これに②を合わせると、下記のように表すことができます。

③キャップレート=安全利子率+リスクプレミアム-期待価格変化率

上記のキャップレートの数式は、取引事例の利回りで観測されるキャップレートが、時間価値である安全利子率、リスク保証であるリスクプレミアム、将来の価格変化による収益を暗黙の裡に反映していることを示しています。

土地の増価(地価の上昇)が、建物の減価を上回らない限りは、期待価格変化率はマイナスになってしまいます。それによってキャップレートが高くなり、全体の不動産価格は下落していくことになります。

では、地価はどうすれば上昇していくのか。建物価格の減価する速度が速くならないように、将来にわたって価値を維持できるのかが重要になります。

実務の世界でよく使われるようなシートの各項目を見ると、水道光熱費のように収入面、費用面の両方に出てくるものもありますが、運営収益には家賃収入のほかに駐車場収入が含まれますし、空室が発生すれば損失が計上されます。

運営費用は、維持管理費、水道光熱費、修繕費、プロパティマネジメントフィー、テナント募集費用、公租公課、損害保険料やその他の費用などを足し合わせたものになります。これらの運営収益から運営費用を引いたものがNOIになります。

不動産投資では、建物そのものの性能評価も重要です。将来的に発生する大規模修繕費用が違ってくるためです。通常は、建物の状況を把握するエンジニアリングレポートが付いてくるので、不動産投資の専門家はそれにもとづいて費用を見積もっています。

ここで、アメリカのビジネススクールで使われている、直接還元法で不動産価格を評価するときの例題です。

鑑定対象物件として、グロス(総)収入で6万ドル、運営費用の割合が39%であるとすると、NOIは6万ドルから39%の費用を差し引いた3万6,600ドルであることが分かります。この物件の割引率を計算するのに、比較対象となる物件の売買価格、グロス収入、運営費用の比率、NOIが分かれば、このNOIを実際の売買価格で割ってキャップレートを計算できます。

キャップレートは、割引率と近似できるので、比較対象物件の1番のキャップレートが8.4%、2番が9.4%、3番が9.9%なので、鑑定対象物件は9.5%、つまり0.095ぐらいが適正な割引率と実務的に判断できます。それによって鑑定価格は、NOIの3万6,600ドルを割引率0.095で割った38万5,263ドルと算出できます。

では、DCF法による不動産価格の評価はどうなるでしょうか。

DCF法では、不動産投資の最初にマイナスが計上され、その後から家賃収入が入ってきます。経験的に家賃収入(NOI)に対して割引率rが12%で現在価値を実現できるので、1年目の現在価値は[NOI/(1+0.12)]で計算されます。2年目以降のキャッシュフローを見通して、NOIを割引率で現在価値に割り戻した価値を計算。9年目の最後の額には、売却想定額の現在価値を足して、これら9年間の現在価値の合計が鑑定評価額になります。

このときにNOIの計算が非常に重要になりますが、かつては鑑定機関や運用会社によって収支項目の定義がバラバラでした。

2006年の国土審議会で、私が座長代理を務め、証券化不動産の鑑定評価の基準を統一するため収支項目の標準化を行いました。エンジニアリングレポートの位置づけも明確化し、これによって不動産鑑定書の比較が可能になったのです。

日本の不動産鑑定評価制度では、国によるモニタリングが行われています。金融庁ではアセットマネジメント会社に対して運用に関する監督指針を示し、監督する責任を負っていますが、国土交通省も不動産投資のリターンを計算するのに必要な鑑定評価書をしっかり監視しています。

全国不動産鑑定士協会連合会では、実務指針を更新しながら、社会のニーズに合った鑑定評価制度を整備し、日本の不動産市場の透明化に取り組んできました。実際に投資を行うときには、証券化不動産の鑑定評価基準の運営収益と運営費用の内訳にも目を通しておくとよいでしょう。

投資とは一体、何であるのか。それは「将来にわたって、広義のキャッシュフローを得ることだ」といえます。賃料や売却代金はキャッシュフローをもたらすからこそ価値があり、そこに価格が存在します。一方で、リスクもあります。価格変動などによって将来キャッシュフローのブレが生じるので、リスク量に見合ったリターンを追求することで、私たちはリスクを保有できるのです。

不動産投資のリスクも、ファイナンスと同様に、統計学の技術を使って測定できるようになってきましたが、投資とはあくまでも人間が行う行動です。AIが進化して人間の頭脳を超えて投資ができるようになったとしても、どこかに必ず「アート」が必要になります。市場は、1人の天才によって支配されることがないためです。マジョリティが支配する市場で起こる問題を捕らえ、そのリスクを測定し、マネジメントしていく必要があれば、統計学の知識を一定程度身に付けることをお勧めします。

不動産ファイナンス入門 2-3. 不動産金融商品のリスクとリターン

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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