不動産ファイナンス入門
2-1. ファイナンスの意味

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目次

「不動産投資を科学する」今回のテーマは「不動産ファイナンス入門」です。最初に、ファイナンスの概念と、実物不動産への投資における収益とリスクについて考えます。次に、金融商品化された不動産に投資するときのリスク・リターンの考え方、最後に不動産ファイナンスで重要な「レバレッジ」について解説します。

ファイナンスの意味を考えるうえで、原理原則となる基礎的な理論がどのように発展してきたのかを見てみましょう。

現代のファイナンス理論の発展に貢献した米国の経済学者に、アーヴィング・フィッシャー(1867~1947年)がいます。彼は、経済活動における信用市場の基本的機能の概略を説明するために「時間」の要素を取り入れました。「ファイナンスとは、時間の中で資源(Resource)を配分するための手段である」と考えました。

経済学の巨頭の1人であるジョン・メイナード・ケインズ(1883~1946年, 英国)や、ジョン・ヒックス(1904~89年, 英国)、ニコラス・カルドア(1908~86年, 英国)らの経済学者は「不確実性」という要素を取り入れました。未来に向けた投資の不確実性に対応するために資産を分散させる「ポートフォリオ理論」の概念が、1930年代に登場します。

この伝統的なファイナンス理論を発展させたのが、数学者のハリー・マーコウィッツ(1927年~, 米国)でした。ゲーム理論のための基礎概念である「不確実性下の意思決定理論」に基づいて、投資に「測定」の概念を導入し、「リスク」の数値化を可能にしました。それによって、リスクを取ることを愛好する人、リスクを強く回避したいと思う人、その中間的な人が、明確に分かれるようになりました。

ジョン・フォン・ノイマン(1903~57年, 米国)、オスカー・モルゲンシュテルン(1902~77年, 米国)、ハリー・マーコウィッツらは「期待効用理論」を発展させました。その基本的な考え方は、「投資」という行為の結果が、不確定な状況下において「経済主体である投資家は、効用を確率で加重平均した期待効用を最大化するように選択をする」というものです。

マーコウィッツは、現在の投資理論の基礎となるモダンポートフォリオ理論に「ファンダメンタルズ」の考え方を取り入れました。経済の基礎的諸条件である「ファンダメンタルズ」が将来どうなるのかという期待・見通しに、リスクは依存するからです。

1950年代後半から1960年代に入ると、ジェームス・トービン(1918~2002年, 米国)、ウィリアム・シャープ(1934年~, 米国)、ジョン・リントナー(1916~83年, 米国)らが、「Capital Asset Pricing Model(CAPM, 資本資産価格モデル)」を開発します。すべての資産と市場のインデックス(指数)との共分散(2種類のデータの関係を示す指標)さえ計算できれば、最適ポートフォリオを構成できるという理論です。

共分散をそれぞれの変数の標準偏差で割ると相関係数を求めることができ、例えば株Aと不動産Bの2つのデータの相関関係がどうなっているのかが分かります。市場の平均的なインデックスである日経225やTOPIXとの関係を計算できれば、最適なポートフォリオを計算できることになります。

1970年代になると、ロバート・マートン(1944年~, 米国)がアイキャップエムと呼ばれる「Intertemporal(インターテンポラル, 異時点間)CAPM」を、スティーブン・ロス(1944-2017年, 米国)は「アービトラージ(裁定取引)」という考え方を提案します。フィッシャー・ブラック(1938~95年, 米国)とマイロン・ショールズ(1941年~, 米国)は「ブラック・ショールズ方程式」で、さらにブラックとショールズ、マートンの3氏によって提案された「オプション価格理論」では、ショールズとマートンが1997年にノーベル経済学賞を受賞しました。

株式市場では、企業を資産として見れば、2つの企業の資金調達が違っても、その生産計画さえ同じなら、両社の市場価格が同じになる。この定理は、フランコ・モジリアーニ(1918~2003年)、マートン・ミラー(1923~2000年, 米国)が発見した「モジリアーニ・ミラー定理」です。このようにして、ファイナンスの世界が進化してきました。

それでは、ファインナンス理論の次に、「投資とは何か?」を考えてみましょう。米スタンフォード大学教授を務めたデヴィッド・ルーエンバーガー(1937年~, 米国)が執筆したファイナンス理論の教科書には、次のように書かれています。「投資とは、のちの利得を得るために、現時点で行う資源の契約である」と。さらに「ある期間にわたる支払いと受け取りのフローを最適化していくこと」ともいっています。

いま、ここで100万円投資することは、その100万円をいまは使わずに、将来の利得を得るために100万円の契約をすることです。この100万円で投資期間にリターンとして入ってくる金額をキャッシュフローといいます。投資を行ううえで、このキャッシュフロー流列を未来に向かって望ましい姿に作り上げることが重要になります。

ルーエンバーガーは、Investment Science(投資科学)という考え方を提唱しました。投資に科学的な道具を適用していくという意味です。ファイナンス理論の裏側にも、必ずMathematics(数学)とStatistics(統計学)が存在しますが、統計学は「The Grammar of Science(科学の文法)」といわれます。この2つの道具を駆使しながら、美しい形でキャッシュフロー流列を作り上げるのです。

しかし、サイエンスだけでは投資のリターンをコントロールすることはできません。そこには各固有分野に精通したエキスパートの力が必要です。これを私は「アート(芸術)」と呼んでいます。投資の何を分析し、その数値をどう取り扱うかを知っているスペシャリスト(アーティスト)が、サイエンスと融合して投資の世界は成熟していくのです。

投資とは「のちの利得を得るための現時点で行う資源の契約」であると同時に、「ある期間にわたるキャッシュフローを美しい形で作り上げていくこと」だとお伝えしました。キャッシュフローの源泉は、金利、リース、企業、株、不動産などがありますが、不動産においては不動産ファイナンス、不動産投資がその源泉です。だからこそ、不動産市場に対する深い理解が求められるのです。

キャッシュフローを作り上げていくうえで、「現在価値」という概念が非常に重要になります。将来に発生する利益を現在の価値に換算したときに、いくらぐらいになるのか。これが現在価値の概念です。

次にお伝えするのは、現在価値PV(プレゼントバリュー)の求め方です。現在価値に割り戻すための金利rが割引率を表すとします。

キャッシュフローを考えるとき、単利と複利の違いも理解する必要があります。預金口座に金額が残っているときに、n年後の価値の合計が単利rではいくらになるのか。それが複利では金額は幾何的に上昇していきます。

連続複利で年5%・10%・15%の金利を比較すると、5%であれば資産が2倍になるまでに14年掛かりますが、10%では7年、15%ではわずか5年で2倍になります。

実際のキャッシュフローはどうなるか。例えば1億円の不動産を購入すると、購入経費などの支出はありますが、1年目は家賃収入がないので、キャッシュフローはマイナスです。1年経つと、家賃収入が入ってくるようになり、このキャッシュフローがリターンになります。しかし、家賃相場の変化や空室発生などで将来のキャッシュフローは不確定であり、その変化やブレを予測する必要があります。

ファンダメンタルズ価格とは、現在価値に割り戻したときの現在価値PVになります。1年後に110円(FV, 将来価値)受け取ることと、今100円(PV)を受け取り、1年間金利10%で銀行に預けると、同じだけの価値が手元に残ります。つまり、PV=FV/(1+r)という数式が成り立ちます。

キャッシュフロー流列は、最初に不動産をいくらで購入し、1年目2年目以降にどれぐらいの収入があるのか。投資を行うことは、現在の価値が将来どのぐらいの価値になっているのかを見ていくことになります。

将来にわたって発生するキャッシュフロー流列の現在価値である「ファンダメンタル価格」と実際の市場価格は乖離することがあります。そのため、不動産鑑定士と呼ばれる人たちがさまざまな方法で不動産投資の価値を算定します。投資期間中のキャッシュフローを積み上げて、現在の価値に割り戻すのが「ディスカウントキャッシュフロー(DCF法)」です。ほかに周辺でいくらぐらいの価格で取引しているのかを見る「取引事例比較法」、土地と建物を開発した時にどれぐらいのお金が掛かるのかと見る「原価法」などがあります。

内部収益率(IRR)は、投資期間を通じて、いくらのリターンがあるのかを見る指標です。例えば、投資期間中に多額の家賃収入が得られた場合、買った価格よりも売った価格が低くなったとしても、それを上回るリターンがあれば、この投資は失敗したことになりません。IRRとは、先ほどの数式で現在価値PVを0とする利回りrを計算することになります。

キャッシュフロー流列が[-2, 1, 1, 1]となるような不動産に投資する人はいないと思うかもしれませんが、必ずしもそうではありません。投資期間中のリターンが十分にありますので、キャピタルだけを見て投資するのは間違った判断になります。ファイナンスのリターンをどう見るのかが、不動産投資を行ううえで重要になるのです。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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