不動産市場分析―理論とデータ
5-4.都市の集中と不動産市場
目次
都市は、不動産が集合的に存在し、そこに人や企業が集まることで形成されています。都市を成長させるキーファクターが一体何であるのか、長く議論されてきました。2009年に公表された研究論文では、「都市の成長は、そこに住む人々の性質に影響を受けている」という指摘があります。
都市を成長させるドライバーとなる人たちは、経済成長にとって必要な新しい知識や情報を持っており、それらをシェアしたり交換したりする場所が都市になります。新しいアイデアやテクノロジーを生み出すためには、人々の交流が重要です。
都市の成長ドライバーとなる人はどこに集まるか
都市の成長ドライバーとなる生産的でクリエイティブな人たちは、都市のどこに集まるのか。
知識・アイデア・テクノロジーは、企業だけでなく、都市全体の生産性を高めます。一般的に生産関数(生産物の最大可能な産出量を、生産要素の投入量に対応して表す式)を考えるうえで土地や資本が重要な要素となりますが、産業構造の変化とともに知識やアイデアの重要性が高まってきました。もちろん農業・鉱業中心の第1次産業から第2次産業(製造業など)に移るときにも知識や経験などの情報は大事でしたが、金融を中心とした第3次産業へ移行し、IT(情報技術)を中心とした第4次産業へと発展するなかで、その位置づけはますます高まっています。
このような知識や情報を持っている人たちの多くは都市にいますが、彼らは広い意味でのアメニティ(文化的な消費ができるところ)に集まっていることが分かっています。これは、コンシューマー・シティ・セオリー(Consumer City Theory, 消費都市理論)といわれているものです。
もともと、都市は生産の拠点でした。インフラとして港湾・鉄道網・高速道路網などが整備されたところに企業や人が集積されると同時に、人々は消費する機会が多い場所や魅力的な消費ができる場所に集まるようになりました。特にクリエイティブな人たちは文化的な消費ができるところに集まり、そこでアイデア・情報・技術が活発に交換されて都市が成長していく、と考えられています。
都市のアメニティを指標化
消費の視点から考えると、レストランなどの「食」は魅力的であり、それらが多く集積した場所に人は集まってきます。ナイト・エコノミー(バーやナイトライフを楽しめる場所)が集積するところにも人は集まってきますが、そのようなエリアは限定的です。ラーメン屋を含めたレストランは、人が住むところに満遍なくありますが、バー・ナイトライフは都市の中心に集中して、あまり郊外にはありません。
ファッションも魅力的な消費対象ですが、やはり都市の中心に集中しています。日本で外国の文化を消費しようとすると、東京の中でも一部にしか消費する場所はありません。
米シカゴ大学と私の研究チームで、消費する場所や要素を分類して集積状況をビッグデータによって解析する研究を行いました。消費する場所・要素を、芸術、バー・ナイトライフ、ファッション、行政サービス、教育、健康、外国の文化、美術館、博物館、水族館、さらに音楽、公園などに分類し、日本だけではなく、米国のロサンゼルス・ボストン・シカゴ・ニューヨーク、欧州のロンドン・パリ・バルセロナ・ローマなどの都市も調査して比較・分析してみました。
この研究で、それぞれの要素によって人々が集まり、結果として住宅の家賃にも大きな影響を与えることが分かってきました。それをきっかけに、米国を中心に、アメニティを指標化する動きが出てきました。
米国では、2007年にシアトルで設立された会社が「ウォークスコア」というサービスの提供を始めました。歩いて動ける範囲にどれくらいのアメニティがあるかで、生活の利便性を測定してスコア(指標)化するサービスです。それ以外に、公共交通の利便性を表す「トランジットスコア」や、自転車の利用しやすさを表す「バイクスコア」もあり、現在では米国のほかにカナダ、オーストラリア、ニュージーランドでも開発されています。
ウォークスコアでは、歩いて動ける範囲のスコアのほかに、さまざまな視点から分類して評価指標を作成しています。例えば、仕事の探しやすさ、都市の開発効果の予測、歩きやすさ、公共交通の充実度、アメニティ種類別スコア、移動時間別アメニティなどを集計・公表しています。
不動産市場の情報不完全によって生じるコスト
都市において人々が集まりやすいところや都市の性質を示すアメニティがスコア化されると、不動産市場に非常に大きな影響を与えます。
日本の不動産流通市場は情報が不完全であるため、消費者は家を探すときに、何回も家を見に行ってサーチ(探索)行動をしてきました。
売り手の場合、市場が不完全だと、なかなか売れずに「時間」というコストを払うことになります。しかし、周辺環境などの情報がきちんと整備されると、消費者はあまりスコアが高くない所には見に行かないようになります。これまで5回は見に行っていたサーチ行動を3回に減らして、購入や賃貸を決定するようになります。
売り手は、適正な価格を設定し、適正な情報を発信すれば、1カ月で不動産を売却・賃貸できるところを、情報が不完全であるために3~4カ月掛かれば、その差分の時間は無駄になります。その間の住宅ローン金利を払ったり、家賃が得られなかったりという「不完全情報」というコストが発生します。
買い手のほうも物件を見に行くためのコストとして、拘束時間や、現地までの交通費用が掛かります。消費者がサーチ行動をストップするのは、疲れてくるとか、これ以上見に行ってもよい情報はないだろうと諦めたときでしょう。このときに市場の情報が完全に整っていれば、非常に少ない回数でストップできます。
実際には5,000万円の物件を5,300万で高づかみさせられることもあるので、消費者は何回も見に行くのですが、こうした行動を科学的に分析すると、日本人がストップする平均回数は5回ぐらいになります。これを3回に減らすことができれば、不動産流通市場はもっと活性化するでしょう。
不動産市場における「正常価格」とは
消費者にとっては、不動産の価格が分かりにくいという問題があります。不動産会社から提示される価格は「言い値」であって、市場価格ではありません。価格が不透明であるために、公示地価や路線価などの鑑定価格が出てきます。
鑑定価格は、1963年に宅地制度審議会で「(不動産価格が高騰して、消費者が家や宅地がなかなか買えない状況を改善するために)適正な価格を国が作るべき」と提言されて誕生した国の官製価格です。市場が機能していない当時の状況では、鑑定価格は重要です。しかし、市場機能が働いていて取引価格が正しく開示されていれば、鑑定価格の役割は少し違ってきます。
不動産市場には、正常価格(市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で成立するであろう適正な価格)という概念があります。鑑定価格は正常価格であることを求めており、市場価格ではないことに注意しなければなりません。
鑑定価格は、鑑定士という専門家が「在るべき」と考える価格なのか、市場に代わって「在るがまま」につける価格なのか、という議論が長く続いてきました。人間が付けるので、後追い的な価格になりがちとの批判を受けます。市場が動いてから人間が認知して価格をつけるので、どうしてもタイムラグの問題が発生します。
しかし、市場には投機的に取引をして実際の水準よりも非常に高い価格で買い取る人もいれば、早く売りたいので安い価格で売る人もいます。市場の「在るがまま」の価格は、買い手と売り手の事情によって変わるわけで、そのような取引価格が開示されても、消費者は混乱するだけです。その時に、不動産鑑定士が「適正な価格はこれくらい」とのベンチマークを示してくれたほうがよいわけです。
問題は、鑑定価格が何であるのかを知らずに「鑑定が間違っている」とか、「実勢の価格が正しい」とかを性急に判断することです。
不動産の公正な価値とは何か
では、不動産の価値をどう考えたらよいのか。実際の取引価格には、さまざまな事情があります。早く売りたければ安くなるし、どうしても買いたければ高くなります。それが市場であり、市場価格になります。
市場価格は、モスト・プロバブル・セリング・バリュー(Most Probable Selling Value, 最も可能性の高い販売価格)と言うように、多くの人たちが「まあ、最ももっともらしい」と納得した価格です。しかし、それが公正な価値(Fair Value)かどうかは分かりません。
何をもって公正な価値と判断するかですが、市場の瞬間風速的な価格が、長い人生において家を買おうとしているタイミングで、自分にとって公正な価値であるかは分かりません。本来、不動産が持っている本源的な価値であるか分からないのです。
不動産鑑定士は、そのような不動産を専門家として扱っていて、市場におけるマーケットプライス・マーケットバリュー・フェアバリューを総合的に勘案して、正常価格を決めていきます。鑑定価格の決定方法も、取引価格を見ながら不動産の特性からヘドニック理論で求めたり、不動産が生み出す収益から逆算して割引現在価値としてファンダメンタルバリューとして求めたり、建物のコストを積み上げて求めたりと、多面的に決めています。
不動産価格と一口にいっても、さまざまな定義があることを知らなければなりません。
1980年代後半、熱狂的な不動産取引が行われたバブル時代には、過剰な期待が入るし、大きく儲けようと投資資金が入るし、投資的な期待もありました。鑑定士が決めた正常価格としての鑑定価格は、取引価格の6~7割、場合によっては半分だったという時代もありました。鑑定価格が間違っていたわけではなく、市場が異常に過熱したことで、このような乖離が起こることを知っておかなければならないでしょう。
不動産市場分析に市場を見る正しい目を
不動産市場を見る正しい目とは、市場のダイナミクスの中で価格はどう決定されるのか、家計や企業が立地を含めた不動産市場をどう見ていくのか、不動産価格のマイクロなストラクチャーをどう見ていくのか、そして、不動産価格の定義や測定方法はどうなっているのかを理解することです。
不動産市場には、まだまだ解明できてないことも多くあります。不動産価格は、過去からの流れからバックワードルッキングで決定されるのか、未来から憶測してフォワードルッキングで決定されるのかという問題も、実はどちらであるか解明できていません。
ノーベル経済学賞を受賞した米イェール大学のロバート・シラー教授は、「住宅価格は、バックワードルッキング的に決まる」と言っています。私が大事にしてきた現在価値モデルは、フォワードルッキングで物事を考えます。こうした問題の解明も、サイエンスの発展とともに進んでいくと思います。 不動産市場分析は、マーケットを正しく見ていくこと、適正に価格を評価していくのに必要な知識・データ・不動産の性質をすべて知ることです。不動産を正しく見る目を、サイエンスとともに身に付けていただきたいと思います。
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スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏