100年企業はなぜ強いのか
~持続可能な経営・組織のあり方を探る~【イベントレポート】
目次
政府主導で検討中の「新しい資本主義」に表されているように、新自由主義的な行き過ぎた資本主義の見直しが進む現在。企業はどのようにして事業を持続できるのでしょうか。創業100年以上を誇る企業からそのヒントを学ぶべく、100年企業戦略研究所は創業153年の木村屋總本店と創業103年のキユーピーのキーパーソン、さらに2名の識者を招聘し、ディスカッションを行いました。
企業理念を大切にしながら時代に合わせて成長していく
堀内 本日は長い歴史を歩まれてきた2社にお越しいただきました。さまざまな話を通じて、議論を深めればと思います。
黒田 “100年企業”になるのは、並大抵なことではありません。何が重要だとお考えですか?
木村 やはり変化に前向きであることが、共通点ではないでしょうか。「伝統は革新の連続である」という言葉のとおり、当社も技術を磨きながら製品を日々改善し続け、振り返ってみたら節目節目でイノベーションが起こっていて、それが道となったと感じています。同時に、世の中の変化のスピードと合わせる意識も大事です。成長しているとしても、それを上回るスピードで世の中が変化していれば、取り残されてしまっているのと同じです。自分たちの知らないコミュニティーや情報も積極的に取り入れて、それを“自分ごと”として取り入れていく姿勢が旺盛であるほど、生き残れるのではないでしょうか。
中島 私が強く意識しているのは、「楽業偕悦(らくぎょうかいえつ)──志を同じくする人が仕事を楽しみ、困難や苦しみを分かち合いながら悦びを手にする」という企業理念の継続です。創業者である中島董一郎は、後に使用が禁止された人工甘味料が流行していたときも「安全性が確認できないものは使わない」という信念を貫きました。一時は売上が落ちて離職する人もいましたが、結果として志を同じくする仲間が残ったことが成長の礎となりました。それ以来、仲間を大事にし、なるべく対等な関係を築いているのが当社の特長です。
田久保 個人が掲げた志に、公共の利益に資する内容が含まれていると、周囲は共感、賛同しやすくなり、多くの仲間を巻き込んでいけるようになる。そうした志に根づいた企業理念であるからこそ、代々伝わって長く存続していくのだと思います。
海外進出には企業理念の明確化が不可欠
堀内 100年以上続いてきた企業として、さらに次の100年を展望した際、どのような社会の中でどういった事業を続けていきたいですか?
木村 木村屋總本店は、日本で生まれた菓子パン文化を世界へ発信するのが命題だと考えています。日本と異なる水質や気候であっても問題なく製造できるよう技術の水準を高め、世界のどこでもあんぱんを作れるようにしていきたい。そのため生産の各工程でさまざまなデータを蓄積し、味の再現性を高めようとしています。あんぱんという言葉を、世界で共通の言葉にしていきたいのです。
中島 当社としては国内市場で一定のシェアを獲得する一方、私たちの社是・社訓にご理解いただけるパートナーを世界各地で増やしていきたいと考えています。強い想いを込めるからこそ、優れた製品をお届けできると考えているからです。現在いくつかの工場を設けている東南アジア諸国とは共感度の高さを感じていますが、たとえばヨーロッパは各国でずいぶんと文化が異なりますから、進出は楽な話ではありません。
黒田 海外の日系企業に勤める現地従業員から、「理念のすばらしさに惹かれた」ので入社したという話をよく耳にします。日本人が大切にする価値観は、海外でも確かに伝わるのです。ただ、日本人同士のように「雰囲気」や「阿吽の呼吸」で伝わることはありません。想いを言語化して行動で示せば、異なる文化圏であっても共感を寄せる人材は少なくないのだと思います。
田久保 メッセージ力の弱さが日本人のウィークポイントなのかもしれません。つい新しいビジネス用語に飛びつきがちですが、企業理念や社是、社訓、志もとてもすばらしい言葉です。今回、話題に上がった公益性に関しても、江戸時代前中期に商人道を語った石田梅岩の時代から、多くの学者や経営者が関連する教えを説いてきたのではないでしょうか。二宮尊徳や渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫……グローバルな視野を持つためにも、今一度日本の先人たちの足跡や言葉を見返してみるのも重要だと思います。
公益性がいっそう重要視される"新しい資本主義"
堀内 岸田政権下、「新しい資本主義実現会議」が開かれています。株主至上主義や新自由主義に見られる「とにかく成長すればいい」という時代を経て、近年はESGやSDGsが注目されているように、多角的なステークホルダーの利益を同時に実現しようという考えに変化しています。お二方とも"変わりゆく資本主義"を肌身に感じていると思うのですが、いかがでしょうか?
木村 今問われているのは、公益的な資本主義社会の実現です。言うなれば「買い手よし、売り手よし、世間よし」という三方よしの、「世間よし」に重きをおこうということ。従来の日本的経営手法でも公益性は重視されていましたが、現在は貢献度を数値化する努力や中身のさらなる精査が求められているのだと考えます。当社は2022年6月、ブランドの垣根を超えて消費・生産のあるべき姿を考え、新しい経済のかたちを体現する組織PARaDE(パレード)に参画し、たとえば透明性や説明責任、持続可能性に優れた企業であることを示す国際認証制度「Bコープ」の取得を研究するなど、未来へ向けての行動を起こしています。
黒田 当社も「Bコープ」の審査を受けている最中です。木村さんが話されたように、公益性を重視する経済活動というのが新しい資本主義だと私も考えます。「世間よし」の具体的な中身は、地球環境と人間社会の2つに大きく分けられるでしょう。特に食品を扱う企業においては、格差問題が大きい。世界の10人に1人が飢餓状態にあるといわれ、ここ日本でも満足に食事できない人もいます。キユーピーでは子ども食堂を支援されていると聞きました。
中島 はい。5年前から取り組みをはじめ、物品の支援だけでなく関連団体とのネットワークの構築にも励んできました。最近では行政関係者や大学院生もイベントに参加してくれるようになり、活動の広がりを感じています。私たちが供出できる量に限りがあるのは事実ですが、世界をよりよい方向に進めたいと願っていますし、わずかでも貢献できているという感触もあります。
黒田 すばらしいと思います。「施しを与える」仕組みだと相手の尊厳を傷つけるケースもありますから、やはりより多くの人たちが自分の意思と選択のもと、食べたいものを食べられるような社会を目指すべきでしょう。そうした社会の実現に向け、ぜひご尽力いただけるとうれしいです。
田久保 これまでさまざまな企業を研究してきましたが、実際に長く続いている企業ほど企業理念に公益性を掲げているというのは事実。“新しい資本主義”にも、そうした視点は欠かせません。
時代の変化にキャッチアップする力を磨く
堀内 まだ歴史が浅くとも、会社を長く承継していきたいと願う経営者はたくさんいらっしゃいます。そうした方々にメッセージをいただけますか。
木村 コロナ禍以後、社会が変化する速度がものすごく速まりました。事業を長く続けるには、自分たちが所有する資産や技術をいかに時代とマッチさせるのか、さらには変化を恐れずチャレンジしていけるのかが問われていると考えます。
中島 企業のトップに立つ経営者は外部に有益なネットワークを構築するだけでなく、内部にも目を向けなくてはいけません。自分に対して厳しい意見を寄せてくれる仲間の存在は、とても大切です。簡単ではありませんが、私もこうした仲間づくりに努力してきたいと思っています。
黒田 裸の王様になる経営者は多く、自分を顧みる努力が不可欠です。中島さんがおっしゃられるように内部に優秀な仲間を作るほか、ルールや環境による仕組みづくりも必要でしょう。やはり経営者の力量が会社の成長につながりますから、自戒も含め、そういった努力の必要性を申し上げます。
田久保 時代の流れが早くなるということは、経験の価値の持続時間が短縮することを意味します。一定の成功体験で語れていた"正解"が、以前は5年くらい有効だったのに、今は1年ももたないかもしれない。そうなると、新しい学びを得ようとする熱意や有益な情報を得られるネットワークの重要性が高まってくる。組織を上げてそうした力を磨いた企業が、次の100年を継いでいけるのだと確信しています。
登壇者
木村 光伯 氏
株式会社木村屋總本店 代表取締役社長
学習院大学経済学部卒業、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。2001年大学卒業後、家業である木村屋總本店に入社し、翌年米国カンザス州にある American Institute of Baking(AIB)に留学し、製パン技術ならびに安全衛生管理を習得。帰国後 2006 年より現職。 企業風土の変革や事業承継を経験し、伝統企業の持つしなやかな強さの根幹を探求している。
中島 周 氏
キユーピー株式会社 取締役会長
早稲田大学政治経済学部卒業、1989年米コーネル大学ジョンソン経営大学院修士課程修了。1983年日本興業銀行入行、興銀アセットマネジメント勤務(ポートフォリオマネージャー)を経て、1993年中島董商店、キユーピー株式会社入社。現在は、中島董商店取締役社長、キユーピー取締役会長ブランド・コンプライアンス担当。また、セーブザチルドレンジャパン副理事長、キユーピーみらいたまご財団評議員長、東洋食品短期大学理事、中董奨学会評議員、旗影会理事、産業能率大学評議員、米国コーネル大学カウンシルを務める。
黒田 由貴子 氏
株式会社ピープルフォーカス・コンサルティング 取締役・ファウンダー/一般社団法人100年企業戦略研究所 理事
株式会社ピープルフォーカス・コンサルティングの創業者。1994年から2012年まで代表取締役を務めた。組織開発やリーダーシップ開発に関する企業内研修やコンサルティングを展開。経営層向けにエグゼクティブコーチングも数多く手がける。 PFC創業前は米国系大手経営コンサルティング会社でシニア・コンサルタントを務め、ソニー(株)では海外マーケティング業務に従事した。在職中、フルブライト奨学生として米国ハーバードビジネススクール経営学修士号(MBA)を取得。 慶應義塾大学経済学部卒業。
田久保 善彦 氏
グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長/学校法人グロービス経営大学院 常務理事
慶應義塾大学理工学部卒業、学士(工学)、修士(工学)、博士(学術)。スイスIMD PEDコース修了。株式会社三菱総合研究所を経て現職。経済同友会幹事、上場企業・ベンチャー企業社外取締役、顧問等も務める。著書に『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)、共著に『志を育てる(増補改訂版)』、『グロービス流 キャリアをつくる技術と戦略』、『27歳からのMBA グロービス流ビジネス基礎力10』、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』、『これからのマネジャーの教科書』(東洋経済新報社)、『日本型「無私」の経営力』(光文社)、等がある。
モデレーター
堀内 勉
一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学社会的投資研究所教授・副所長
東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インべストメントマネジメント社長を経て、2015年まで森ビル取締役専務執行役員CFO。