DXは5つのステップで着実に進む
〜中小企業の経営者が知っておきたい変革のヒント〜
目次
これからの企業経営にAIの導入やDX化は不可欠。そうした言葉はよく聞かれるものの、AI技術を取り入れ本格的なデータ活用を行っている日本企業はまだ一部に過ぎません。その理由はどこにあるのか。DXを進めていく上で経営者に求められているものは何なのか。AI技術を日本社会に浸透させ、AIの民主化を目指すパロアルトインサイトを率いる石角友愛(いしずみ ともえ)氏にお聞きしました。
ITベンダーへの依存体質が強い日本企業
DX後進国、日本。AI導入率においても他の先進国と比較すると大きく後れを取っています。この現状を解決すべく、「戦略的なAI活用やDXを推進することで日本企業を元気づけること」をミッションに掲げてパロアルトインサイトを立ち上げたのが石角友愛氏です。
起業のきっかけはある経営者からの相談でした。「データはたくさんあるが活用方法がわからない」。これを聞いた石角氏は、日本企業の経営者には自社の技術的な課題を壁打ちする相手がいないことを痛感。同じような問題を抱えている日本企業に最先端のAI技術をかゆいところに手が届く形で届けたいと考え、起業に至りました。
そもそもなぜ日本ではAIやDXの浸透が遅れているのでしょうか。その理由を石角氏はこう指摘します。
「大きな要因として考えられるのは自社にソフトウェアエンジニアが少ないこと。ソフトウェアエンジニアの7割がユーザー企業に属しているアメリカに対して、日本では大部分がITベンダー側に所属しています。自分たちでゼロから開発する仕組みがないんですね。10年前ならそれでも十分でしたが、第4次産業革命が進行し、産業構造や競争の在り方まで大きく変わってしまった現在では通用しません」
技術的な課題はITベンダーに外注して丸投げ。ITベンダーへの依存体質が強い日本企業の多くでは、最高技術責任者(CTO)やデータサイエンティストなどの役職が設けられていません。IT人材も予算も、さらには上司の理解も少ない。DXやAIを進めていく上で不可欠なリソースが絶対的に欠けている。それが日本企業の現状といえるでしょう。
5つのステップで段階的にDXを進めよう
リソース難の日本企業がDXを推進していくためには、どこから着手すべきでしょうか。石角氏は「まず自社のコアを見極め、その領域の内製化から始めては」と語ります。その上で、DXの準備を5つのステージに分けて進めていくことを勧めます。
「第1ステージは基礎の段階。部署内のプロセスの一部を自動化・省人化します。次はサイロー(縦割り)ステージ。縦割り組織でトランスフォーメーション化を図る段階ですね。第3ステージは部分的統合です。会社横断的な組織構成でDXを協力して進め、次の第4ステージで全社的な統合を進めます。ここまでは飛行機でいう離陸の段階で、最後の第5ステージでデジタル化によって産業や企業を本質的に変革します。DXという飛行機の正常運行はこのステージからがスタート。真のDXとは経営者自らが会社の文化や体制を変えていくことでしか実現しません。小手先ではなく、非常に抜本的な改革が求められます」
いきなり全社的なDXを進めようとするのは現実的ではありません。まずはITツールを活用して一部のプロセスをアナログからデジタルへと移行してデジタイゼーションを行い、小さな成功モデルをつくる。その上で、「自動化・省人化→縦割り組織→部分的統合→全社的統合」とステップを踏み、デジタル化されたデータを活用して作業の進め方やビジネスモデルを変革。最終的には自社のビジネスモデルのデジタル化を図り、企業文化にまで高めていくゴールを目指します。
この5つのステージを段階的に登っていくために不可欠なのが経営者のビジョンです。
「『デジタル化=DX』ではありません。D(デジタル)を使って会社をどのようにX(トランスフォーメーション)させるのか、それが真のDXなのです。経営者はまず、そのビジョンを定めること。Xをした上で『こうなりたい』というビジョンが明確になければ、手段のはずのDがゴールになってしまいます。Xから逆算して、Dをこんな風に使っていこうという順番が肝心です」
DXが失敗に終わってしまう企業には共通点があります。一つにはDXに対する経営層の無理解です。「流行りだから」「よそもやっているから」という理由でDXを強引に進めようとすれば、現場の混乱を招いてしまいます。
「DXには現場の協力が欠かせません。どういった業務フローが適切なのかを理解するために上流工程から現場の声を聞く体制をつくってほしいと思います。DXに対する本質的な理解やDXに対する明確な期待値がなく、丸投げする企業は失敗に陥りやすいですね。経営者に必要なのは技術への深い理解ではありません。技術的なことを経営課題として理解すること。たとえばAIの技術であれば、それを使ってどのようにビジネス課題を解決していくのか。ビジネスの文脈で何ができて何ができないのか、を考えることです」
データを会社の資産として活用し、新たなビジネスモデルへ
DXの本質を理解した上で明確なビジョンを持ち、現場の声に耳を傾け、当事者意識を持ってDXにあたる――これを実現した企業こそがDXを成功に導くことができます。
たとえば、施工業者向けにエアコンやエコキュート、エネファーム、暖房機器などの部材販売を行っているベストパーツは、FAXによる受発注業務の効率化を図るため、FAXの手書き文字を認識して機械学習するAIを開発し、「FAX受注自動化プロジェクト」を遂行。実現に至りました。
「円密度が高いデータ(会社の売り上げまたは利益に大きく影響を及ぼすデータ)をデジタル化することで、システムが発注忘れを認識して、クライアントに注文をリマインドすることができるようになりました。データを会社の資産として活用し、新たな提案型ビジネスモデルに拡張できる技術基盤とした事例です」
コロナ禍で変化した消費者需要を予測するためにDXに着手した会社もあります。外食チェーンのリンガーハットでは、過去3年分の売り上げデータや直近4〜5日分の売り上げデータの変化が反映される需要予測システムを共同開発し、「自動発注アプリ」や「店舗シフト管理アプリ」のテスト運用も行っています。売り上げ300億円を超える大企業ですが、石角氏はDXには会社の規模も、そして業種も一切関係ないといいます。
「共同でダイナミックプライシングモデル(最適な価格設定を探す仕組み)を開発・導入し、3カ月で利益を倍増させた中小企業もあります。重要なのはテクノロジーを使って会社を変革させたいという意思。まずは会社のコアを見極めて、再定義した上でDXを進め、変革を図ってほしいですね」
お話を聞いた方
石角 友愛 氏(いしずみ ともえ)
パロアルトインサイト CEO
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手がけ、順天堂大学大学院医学研究科客員教授(AI企業戦略)を務める。毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。 ▶パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
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