人気商品を育て上げる桃屋の戦略
〜老舗ロングセラーの秘密に迫る〜
目次
誰もが知るロングセラーやベストセラーをいくつも抱え、高い知名度を誇る食品メーカーの株式会社桃屋。日本の食卓に寄り添い、価値ある商品を提供してきた老舗企業は、次の100年を目指して商品価値の再伝達に注力しています。なぜ「再伝達」が必要なのか。目指す未来はどのような光景なのか。社長の小出雄二氏にお聞きしました。
美味しいものをつくるためなら労力をいとわない
「ごはんですよ!」や「味付榨菜」など、日本人なら誰もがこれらの商品を食べたことがあるのではないでしょうか。日本の食卓に深く浸透している「食」メーカー、それが1920年創業の株式会社桃屋です。
漬物類や壜缶詰を製造販売する桃屋商店として生まれた同社は1950年に「江戸むらさき」を発売して売り上げを大きく伸ばし、以後もヒット商品を連発。毎シーズン、大量の新商品を投入するのが常の食品業界にあって、桃屋の商品は少数精鋭です。クオリティの高さ、ロングセラーの多さ、根強いファンの存在は同社の大きな特徴であり、最大の魅力といっていいでしょう。
三代目社長として経営の指揮を執っているのが小出雄二氏です。2011年に株式会社味の素から桃屋に入社。その後、代表取締役社長に就任しました。
「妻が桃屋の創業者の孫という関係ではあったものの、味の素には定年までいるつもりでした。ただ50歳を目前に会長から継いでほしいと言われ、深く考えた末にその申し出を受けることにしました」
桃屋のブランドは後世に伝える意義がある。そう考えた小出氏は、社長就任を決意します。
「桃屋に来て特に驚いたのは商品づくりへのこだわりでした。手間のかけ方が想像以上で、伝統的なつくり方を大事にしています。例えば『味付榨菜』は、10数種類の香辛料とともに甕に詰め込み、約1年間発酵熟成させ、時間をかけてあの味を出しています。榨菜は中国・四川省の食べ物ですが、このつくり方を続けているのは、世界でもウチぐらいではないでしょうか」
既存商品は育てないと育たない
素材の持ち味を引き出し、手間を惜しまない。桃屋の商品の多くは発売当初の味付けを守り続けています。
「発売前に徹底的に吟味し、完成された味で市場に投入しています。その味を気に入っていただいているお客様がたくさんいるのですから、メーカーの都合で勝手に味を変えては申し訳ない。ただし、改善の余地があると判断すれば、すぐに改良に着手します」
その好例が2009年に発売した「辛そうで辛くない少し辛いラー油」です。“ごはんにかけて食べるラー油”という新しいコンセプトを打ち出した同商品は、一時、爆発的な人気を得たものの、小出氏が桃屋に入社した2011年当時は売り上げが落ち着き始めていました。
いったい何が原因なのか。リサーチを重ねて小出氏はある結論に達します。
「中に入っているフライドガーリックの食感が保存中に変化して、歯にくっつきやすくなっていたのです。そこで1年かけて改良し、サクサクとした食感をキープできるようにしました」
消費者の反応は正直です。新しくなった「辛そうで辛くない少し辛いラー油」はすぐに売り上げを回復。現在も揺るぎない人気が続いています。
「『辛そうで辛くない少し辛いラー油』の売り上げが落ち着き始めていたとき、実は別のラー油の新製品を出すという案も出ていました。しかし、まずは既存商品を売っていくことが重要です。既存商品は育てないと育たない。たとえヒットしても、潜在顧客はたくさんいるはずですから、育てる努力が欠かせません」
小出氏がさらに力を注いでいるのが、商品の価値を伝達する活動です。始まりは小出氏の奥様のレシピでした。
「桃屋の商品については彼女がよく知っていますから、普段から家でも料理のアレンジに使っていました。そのレシピを店頭販売でお客様に伝えると、非常に好評だったんですね。冷蔵庫にある材料と桃屋の商品を使って、1ステップ2ステップで失敗なくつくれて美味しく食べられるレシピです。これを弊社では『かんたんレシピ』と呼び、お客様に積極的にお伝えするようにしました」
「ごはんですよ!」だけで味付けしたチャーハンをつくる、スペアリブの味付けに「キムチの素」を使う。手をかけなくても、誰でも失敗なく美味しい料理がつくれるのは、桃屋の商品が原料と製法にこだわり、圧倒的な時間と手間を費やして完成している「簡単ではない」商品だから。完成された味の力を借りるからこそ、誰もが失敗なくアレンジできるのです。
「かんたんレシピ」の数はすでに360種類におよび、店頭で伝えるだけではなく、ホームページにも掲載され、書籍としても出版されています。「かんたんレシピ」は桃屋商品の地平線を広げたと言っても過言ではありません。
すべての家庭に桃屋の商品がある未来
同社の企業理念は2つあります。1つは良品質主義、もう1つは広告宣伝主義。
前者は、こだわりの原材料を使い手間と時間をかけた商品づくり、そして他社がまねできない商品、桃屋でしか発売できない商品作りを大切にするという趣旨です。後者はCMだけを指しているわけではありません。CMや営業、販促活動などすべてを通して商品価値の再伝達を図る活動を意味しています。
「お客様にとってのベネフィットを伝える活動と言い換えてもいいかもしれません。そのためにCMも方針を変更しました。アニメを使った以前のCMは認知度アップには効果的でしたが、現在はその先の価値を伝えることに重きを置いています。使い方、美味しさ、品質の良さを訴求する形ですね。またお客様の食のスタイルも変化していますから、『ご飯のお供』に加え『料理のお供』としても桃屋の商品を位置づけています」
ご飯をメインにおかずを食べる食スタイルから、ご飯もおかずもあれこれいろいろ食べる食スタイルへ。消費者の変化に食品メーカーは鈍感ではいられません。アレンジ法を提案する「かんたんレシピ」はこうした変化を背景にした販促活動の一環です。
社長就任以来、小出氏は営業パーソンと1対1の面談を欠かさず続けています。これも良品質主義や広告宣伝主義の本質を理解し、営業活動に生かしてほしいと考えるからです。
「面談では、相手の話を聞くのが先決ですね。会社の考え方をダイレクトに伝える機会ですが、私の話はその後です(笑)。社内外さまざまな相談を受けますが、社内の相談に関しては早急に関係部署に連携し、少しでも早く不安が解消できるよう対策を打っています。不安なく働ける環境を整えて営業のスキルアップに努めてもらいたいと考えております」
小出氏は社長就任後、3つの方針を発表しています。1つ目は売れる仕組みをつくり結果を出すこと。2つ目は、桃屋の強みをより強くすること。3つ目が、ワイワイガヤガヤの闊達な組織をつくること。
「商品の価値の伝達にはいま以上に力を入れていきます。海外展開もさらに進めていきたいですね。海外には辛いソースはあっても、当社のキムチの素のようなうま味のある辛い調味料はほとんどありません。全体に占める輸出の売上比率は5%程ですが、欧米では着実に伸びています。BtoCの販路開拓は、現地のディストリビューターなどを通して切り拓いていきます」
最後に小出氏に次の100年に向けての目標を聞いてみると、即座に明瞭な答えが返ってきました。
「日本のどのご家庭の冷蔵庫にも、桃屋の商品を1品は入れたい」
どこの家庭にも醤油やマヨネーズ、ケチャップがあるように、冷蔵庫を開けば当たり前のように桃屋の商品が並んでいる。そして、それらが気軽に楽しく手間なく日々の料理に活用されている。そんな光景が日本はもちろん、海外にも着実に広がっていきそうです。
お話を聞いた方
小出 雄二 氏こいで ゆうじ
株式会社桃屋 代表取締役社長
1961年栃木県生まれ。1985年に慶應大学商学部を卒業後、味の素株式会社に入社。海外食品事業開発部、加工食品事業部などを経て、2011年に株式会社桃屋の代表取締役社長に就任。
[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ