人手不足も解消する労務管理の秘訣
〜適応力を磨いて、次の100年へ〜

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「日本型雇用」の限界が指摘されながら、いまだ旧来の慣行から脱しきれていない企業は少なくないといわれます。今の時代にふさわしい働き方とは、どのようなものなのでしょうか。労働法や企業の実情に詳しい弁護士の倉重公太朗氏に伺いました。

「JTC」の労務管理では人手不足に陥る

終身雇用や年功序列といった昔ながらの雇用慣行は時代に合わなくなっています。そのことは多くの経営者にとって、もはや共通認識ではないでしょうか。そこで、企業でも旧来の慣行をあらためようとする動きが広がっています。その一方、本質的には変われていない企業も少なくありません。それは、労働条件や職場環境を変えなくても、これまでなんとかなってきた経験があるからでしょう。

しかしながら、そうした状況はすでに限界が近づいています。古い体質の企業は、人材確保が難しくなってくるでしょう。おそらく、今後5年程度の間に旧来型の雇用慣行から抜け出さなければ、企業間に決定的な格差を生むことになると思われます。

近頃、ネットの世界では、旧来型企業のことを「JTC(Japanese Traditional Company)」と呼んで揶揄しています。具体的には、長時間労働やサービス残業、ハラスメントなどが常態化した「伝統的日本企業」と皮肉っているわけです。昨今はSNSで瞬く間に情報が広がる上、ネットの世界では過去の情報も容易にたどれます。いったん悪評が広まれば、人材採用において致命的な障害になりかねません。

さらに、旧来型雇用慣行から抜け出せないと、多様な人材の活用が難しくなることも大きなデメリットとなり得ます。

今は、ある程度、成長への道筋が保証されていた時代とは異なります。先行きの不透明感が高まる中で、これまで評価されてきた人材の持つ素養が、そのまま同様に優れた実績につながるとはかぎりません。そうした中では、性別や年齢、国籍などにかかわらず、さまざまな属性の人材が、多様な価値観のもと、それぞれの持ち味を発揮して“化学反応”を起こさなければ、成長の推進力となるイノベーションは生まれないと考えるべきでしょう。ここに新しい働き方が求められている理由があります。人材の数で勝負する「足し算」の時代ではなく、人材を「掛け算」で活用する時代なのです。

そのような職場では、すべての従業員を一律に管理する旧来型の労務管理はふさわしくありません。個別の事情に応じて、一人ひとりがパフォーマンスを発揮しやすい職場環境を整える必要があります。今の時代にふさわしい働き方を実現することは、単なる労務政策ではなく、喫緊の経営課題と捉えるべきでしょう。

「最高人事責任者」を設けて経営に参画させる

では、具体的に経営者は何をどう変えればよいのでしょうか。

ポイントは、必要な知識と経験を持つ人材を人事労務担当の役員に据えて、しっかりと権限を与えることです。

現在、取締役会に人事のトップは参加していますか? これからの人事戦略は経営戦略そのものですから、当然、経営会議に人事のことをわかる者が入ることが必要なのです。

欧米では、CHRO(Chief Human Resource Officer)と呼ばれるポジションを設ける企業が増えています。これは、部門業務だけを統括している人事部長と比較すると、「最高人事責任者」として経営に参画するという点において、役割が異なります。つまり、これからの日本の人事戦略は、経営戦略の一環として描く必要があると考えます。

そうした人材が見つからない場合は、弁護士や人事コンサルタントなど、社外の専門家に協力を求めるのも一案です。かつては専門家に依頼する場合、紹介者が必要になるなど簡単に相談できませんでしたが、最近はマッチングサービスなどを利用すれば比較的、容易にコンタクトを取ることができます。

ただし、新たな働き方を確立する過程では、自社の文化や風土に対する深い理解が不可欠です。その専門家が信頼できるのかどうかが大前提ですが、加えて、経営者自身が積極的に関与し、専門家にすべてを任せきるのではなく、その取り組みをサポートする必要があります。課題は現場にあるのですから。

労務管理に普遍的な「正解」を求めてはいけない

取り組みやすいものとしては、人材採用から見直すのがおすすめです。

もし自社が「人材を選ぶ側」に立っているという発想なのであれば、その認識は改めるべきです。企業はすでに「人材から選ばれる側」に立っています。

企業は、就職を希望してくれた人材に対して、人生の貴重な時間を託す価値のある会社であることを理解してもらうべきなのです。近ごろでは、結果的に採用には至らなかったけれども、応募してくれた人材には自社商品を提供し、謝意を伝えている企業もあります。

人的資源が限られている中小企業にとって、HRテクノロジーが福音となる可能性も大いにあり得ます。HRテクノロジーとは、最先端のデジタル技術を人事関連の業務に応用するという概念で、AIを活用した人事評価システムやエントリーシート評価システム、エンゲージメントスコア評価システムなどが該当します。大手企業に比べ、経営者が本気になれば、すぐに導入できるというメリットもあります。今後、日本でも急速に普及すると見られますので、まず情報を集め、自社に合うかどうか検討するだけでも企業間で、大きく差が出るでしょう。

いずれにせよ、人事制度の改革や労働環境の整備に取り組む上で最も大切なのは、普遍的な「正解」を求めないことです。欧米の企業に追随する必要はなく、流行の制度や仕組みを取り入れればよいわけでもありません。また、他社における成功例が自社にとっての最適解とは限りません。課題が各企業によって異なる以上、最適解もまた、企業ごとに異なるのです。

極論すれば、旧来型の雇用慣行が最適解であるケースさえあり得ます。旧来型の雇用慣行の問題点は、「日本型」という国ベースの単純な問題ではなく、社会構造やビジネスパーソン個人といった複合的な価値観から乖離しているが故に、変革が指摘されているのです。そうした意味で今、求められているのは企業ごとの新たな雇用慣行といえるのかもしれません。

江戸時代から続く老舗企業であっても、江戸時代の働き方が今もそのまま受け継がれているわけではないでしょう。時代の変化に対応しながら、制度や仕組みを柔軟に変えてきたからこそ、100年企業として生き残ってきたはずです。見習うべきは、自社が有する普遍的価値は残したまま、時代に適応する、その「適応力」なのです。人事制度は組織の土台となるだけに、自社にとって有用な知見を積極的に取り入れて、今の時代にふさわしい快適な職場環境を整えていただきたいと思います。

お話を聞いた方

倉重 公太朗 氏(くらしげ こうたろう)

KKM法律事務所 代表弁護士

慶應義塾大学経済学部卒業。2018年より現職。第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、労働法基礎研究部会長。日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事。専門領域は労働法。主に経営者側での労働訴訟や団体交渉、労災対応などを得意分野とする。『週刊東洋経済』「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」人事労務部門第1位。『HRテクノロジーの法・理論・実務』(労務行政)『雇用改革のファンファーレ』(労働調査会)『日本版 同一労働同一賃金の理論と企業対応のすべて』(労働開発研究会)など、著書は30冊以上。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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