金融政策と不動産市場
8-1. 金融市場と不動産市場との連関

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目次

これまで、地価がどのように決まるのかについて、マクロモデルや人口動向などの視点から解説してきました。地価のファンダメンタルズ(基礎的な条件)は、土地が生み出す将来収益の割引現在価値に等しいと考えることができます。

土地が生み出す収益は、土地の賃料です。実際に数式で計算する場合は、国全体が生み出す収益を考えてGDP(国内総生産)で土地の賃料を代替します。将来の土地・不動産市場の成長見通しから計算される期待演算子に基づいて未来の地価を計算します。

将来の収益と未来の地価を、現在の価値に割り戻したものが、現在の地価です。このとき、永続的にバブルが続くことはなく、必ず平均に回帰することが前提です。実際に、バブルが起きてもいずれ必ず崩壊し、ある一定の水準に落ち着いてきます。深刻な停滞があったとしても、いずれ平均的な成長過程に戻ってくることが歴史的にも、多くの実証研究でも明らかになっています。

地価は、将来の収益をある一定の割引率と成長率で割り引いた現在価値として計算されますが、この割引率に対して長期金利が大きな影響を与えているため、金融政策が重要となります。

現在まで金融市場と不動産市場がどのような連関を持っているのかについて研究が行われてきましたが、なかなか本質的な解明には至っていません。私たちの研究チームも、この問題を解決するため、ビッグデータを集め、マクロ的なトレンドを解明しようとしています。

最初に金融政策について考えてみましょう。中央銀行である日本銀行は、どういう役割を担っているのか。日本銀行法の第2条で「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」と謳っています。

日銀は、物価の安定に対して非常に大きな役割を担っており、ターゲットとなるCPI(消費者物価指数)を見ながら、その安定を図っています。実際には中央銀行が物価を直接にコントロールすることはできませんが、しばしば政策金利が上がると、不動産価格が暴落するとも言われてきました。

これは本当なのか。もし中央銀行の力がそれほど強く、万能な力を持っているのなら、1990年のバブル崩壊後、なぜ日本は30年間も「デフレ」に悩まされてきたのかという疑問が出てきます。

この事実を考えれば、中央銀行の金融政策は万能ではありません。「2%のインフレを目標にしたい」と言って金融政策を変更しても達成ができませんでした。中央銀行が政策金利を変えても、不動産価格を直接押し下げないと考えたほうがよいでしょう。

では、インフレーションとは何であるか。インフレは経済全体に関わる現象で、経済の交換手段の価値に関わるものです。物価の水準が上昇すると、貨幣価値を減少させ、1円で買える財・サービスの量が以前よりも少なくなります。

これまでも、資産価格と財・サービス価格(物価)との関係を解明することが試みられてきました。1990年に出版された『日本の株価・地価』という本があります。

書影_日本の物価・地価

これは、後に日本銀行副総裁を務めた東京大学名誉教授の西村淸彦先生と同大名誉教授の三輪芳朗先生が編集し、日本で最初に計量経済学を教えた同大教授で経済学部長を務めた中村貢先生の退官記念論文集でもあります。

中村先生の教え子には、西村先生、三輪先生をはじめ、日本銀行で活躍された翁邦雄先生がいます。日本における計量経済学のパイオニアであり、私自身も、日本大学の学部・大学院で指導を受け、中村先生の紹介で西村先生と出会い、博士論文を書きました。

『日本の株価・地価』が出版された1990年はバブルのピークで、株や地価の高騰が日本経済に大きな混乱をもたらしました。その後のバブル崩壊が日本経済を大きく痛めてきたのは確かでしょう。

書影_日本の物価・資産価格

『日本の物価・資産価格』は、西村先生の古希(70歳)をお祝いし、東京大学の前経済学部長で日本の物価研究の第一人者である渡辺努先生と私が編者となって、2023年に出版しました。現在、世界中で物価が非常に大きな問題になっており、長くデフレが続いてきた日本でも影響が出てきているので、その解明に取り組みました。

長期的な経済停滞はなぜ起こるのか?

資産価格と物価の間で、非常に重要な役割を果たしているのが住宅市場です。

The most important link between asset prices and goods & services prices is the one through housing rents.
(資産価格と商品・サービス価格の最も重要な関連性は、住宅賃料によるものです。)

これは、イギリス中央銀行の政策委員も務めたチャールズ・グッドハート氏が言った言葉です。カナダ・ブリティッシュコロンビア大学のアーウィン・ディワート教授も同様の指摘をしています。

政策ターゲットのCPIで、一番大きな割合を占めているのが家賃です。日本の場合は25%ほどで、多くの国の平均も25~30%です。家賃が、資産価格である住宅価格を映す鏡であるならば、CPIの中に資産価格の変動が織り込まれていることになります。

しかし、実際にはどうでしょうか。バブル期からバブル崩壊後を見ると、住宅価格は高騰した後に暴落しました。一方で、家賃は、バブル期にもゆっくりとしか上がらず、バブル崩壊後もゆっくりと下がり続けています。これを見る限り、住宅価格と家賃は「鏡映し」ではないことが明らかです。

冒頭で「資産価格は、家賃から得られる将来収益の割引現在価値である」と述べましたが、この2つが連動していないと思われるかもしれません。割引現在価値は、割引率である金利、不動産税、リスクプレミアムによって変換されるので、金利が重要な要素となります。金融政策と不動産市場の関係を考えるうえで、近年では「セキュラー・スタグネーション(Secular Stagnation)」という長期的な経済停滞の問題を考える必要が出てきました。

バブル崩壊後、日本は30年に渡って長期的な経済停滞に苦しんでいます。不動産価格の上昇と下落を伴う経済不況は通常の経済不況よりも長く深刻であることが、その後の研究によって明らかになってきました。

2008年のリーマンショックから始まった世界同時金融危機の翌年、2009年に開催されたG20(金融・世界経済に関する首脳会合)で、IMF(国際通貨基金)のレポート『Financial Stability and Information Gaps(金融の安定と情報のギャップ)』に基づき、不動産の価格指数を整備していくことが決定されました。その後、BIS(国際決済銀行)でも、この問題に取り組むことになりました。

不動産市場と金融の背後にあるメカニズムとは?

なぜ、不動産価格が高騰・暴落する過程で、長期的な経済停滞をもたらしてしまうのか。この問題に関する研究も進められてきています。その代表的な研究が、米ハーバード大学のロゴフ教授らによって書かれた論文『This Time is Different』です。

この中で、多くの国の歴史的な事実やデータから見られた金融危機がもたらす世界的共通現象として、収益を超えて不動産価格の高騰が出現することを指摘しました。それによって負債が所得と純資産との比較の中で相対的に上昇し、社会全体のレバレッジが高まること、資本の流入が持続すること、生産性の上昇が資産価値や負債の増加に比べて遅れることも起きています。

IMFのレポートでも、この問題が注目され、不動産価格の高騰・暴落をともなう不況は、非常に長く続き、落ち込み幅も大きくなるため強い影響があると指摘していました。

この2つの関係をどう見るか。その背後にある構造が「クレジットサイクル」のメカニズムです。米プリンストン大学教授の清滝信宏先生らが行った1997年の研究で明らかになった理論です。

私が2009年にプリンストン大学を訪問して、日本の不動産市場が停滞したことでなぜ、経済そのものが長期停滞を迎えたのかについて議論した時に、清滝先生は次のようなことを述べていました。

「最初の段階として、需要が低下する。何かのショックがあって、不動産市場の需要が低下すると、需要と供給の関係で賃料が決まっているとするなら、賃料が下がります。」

「第2段階として、需要のショックで将来の見通しが悪くなると、期待が低下してしまいます。資産価格の数式には、将来の期待演算子が入っていましたが、期待の低下はリスクプレミアムを押し上げるように働きます。リスクが上昇して割引率が高まる結果、不動産価格を暴落させてしまいます。」

「第3段階として、需要が戻ってくれば、これほど長く資産価格が下がり続けることはなかったはずです。しかし、長期的停滞は、生産性との関係を見る必要があります。」

バブルが起きた時に社会全体のレバレッジが高まり、企業などの負債比率が高まります。その時に重要なのは、どのような企業の負債が大きくなるのかです。生産性の高い、成長性の高い企業ほど、負債の比率は高くなる傾向があります。

金融的なショックが起きた時、金融機関はそのような企業の負債を貸し剥がしていきます。不動産を担保として融資を受けていれば、貸し剥がしによって不動産を処分することになる。

その不動産は誰が買うのか。負債が小さい企業が買うことになりますが、そうした企業の生産性は低いものです。つまり、生産性の高い企業が持っていた不動産が生産性の低い企業に移り、土地そのものの生産性が低下してしまう。結果として、不動産価格は長期的、経済的に下落してしまうことになる。これが、不動産市場と金融の背後にあるメカニズムです。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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